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まのっちゃお! season3

真野恵里菜&カントリー・ガールズ&神社巡りが大好きブログ

有松の古い町並みを過ぎて、真っすぐ歩いて行くと、国道1号線に出ます

 

 

しばらく1号線を歩くのかな~と思ったら、すぐに右の道へ外れます

 

 

…が、また、すぐ1号線に戻るという汗

 

 

そして、交差点の上を見たら、桶狭間古戦場の文字

 

 

よく見ると、100メートルほど先みたい

 

1号線を車で走ってた時は、この辺に桶狭間古戦場があるんだ~くらいしか思った事がなかったので、1号線から入ってすぐの場所にあるとは思ってなかったあせる

 

せっかくなので、桶狭間古戦場へ行ってみます

 

 

初めて来ましたけど、普通に公園っぽい場所

 

 

古戦場はそんなに広くなく、1~2分もあれば回れるくらいの広さ

 

中にはボランティアのガイドさんは数名いまして、「案内しましょうか?」と言われましたが、今回は旧東海道を歩くのが目的だったので、今回はパスさせて頂きましたけど、時間があったらガイドさん付きで見学してみたいですね

 

こんな普通の街中に、桶狭間古戦場ってあったんですねひらめき電球

 

 

国道1号線に戻り、中京競馬場の横を通り、

 

 

JOY JOYの看板がある所で、1号線から外れて右に曲がります

 

 

全然知らぬ間に、名古屋市から豊明市に入ってたけど、中京競馬場って名古屋市にあるのかと思ったら、豊明市にあるんですねあせる

 

 

そこそこ広い道を歩いて行くと、阿野一里塚がありました

 

 

説明文を読んでみると、

 

 

え?道の左右に残っている?

 

で、後ろを振り向いて見ると…ありましたひらめき電球

 

 

確かに、道の左右に一里塚があるのって珍しいかも

 

 

再び国道1号線に戻り、しばらく歩いて行くと、

 

 

伊勢湾岸道の下を歩いたところで、真っすぐ進めなくなってます

 

 

案内板を見ると、ここから先、1号線は人や自転車が通れないので、迂回しないとダメみたい

 

 

ちょっと遠回りして歩いて行くと、境川という川に、境橋という橋が架けられています

 

 

一見、普通の橋ですけど、説明文を見ると、

 

 

なんと!ここが尾張と三河の境目!

 

 

境川から左が尾張国、右が三河国という事

 

昔、ここは国境だったんですねひらめき電球

 

現在は、豊明市と刈谷市の境目

 

刈谷市って、三河だったのを初めて知りましたびっくり

 

 

刈谷市に入り、国道1号線に合流します

 

 

で、交差点を反対側に行きたいんだけど、こんな看板がありました

 

 

1号線の下を通って向かい側に向かいます

 

 

地下道を通って、1号線の反対側に着きました

 

 

ここから右に曲がり、1号線から外れます

 

しばらく歩くと、歩道橋を渡って向こう側に進む…んですけど、ちょっと休憩がてら、遅いお昼ご飯にします

 

 

1号線に戻って、とんから亭でお昼ご飯

 

 

すかいらーくグループのお店で、前から気になってたお店

 

食べたのは、ガリマヨ丼

 

 

うまうまでした音譜

 

 

歩道橋の反対側に戻って再開

 

 

しばらく歩くと、また1号線に合流するんですけど、1号線の反対側に行かないと行けないみたいなので、また歩道橋を使って反対側に移動

 

 

1号線から左に外れる道に向かいます

 

 

この道を、左斜めに行きます

 

 

 

この道、道なりにずーっと進んで行くと、また1号線に合流するんですけど、最後の方が道じゃなく、ただの駐車場みたいな場所を歩いて行きました

 

 

またまた1号線に合流

 

 

そして…やっと知立市に入ったー!

 

 

で、早速この歩道橋を渡って反対側に向かいます

 

 

すると、階段の下に、一ツ木一里塚があった痕跡がありました

 

 

ここから、しばらく1号線を歩き、こんな交差点から右に曲がります

 

 

橋を渡り、

 

 

渡り終わったら、すぐ左に曲がり、左右に道が分かれているので、ここを右に曲がります

 

 

そして、池鯉鮒宿に入る…んですけど、それらしい目印が何にもない汗

 

でも、よく見たら、なにか壊れている痕跡が…

 

 

ここから池鯉鮒宿という目印があったんじゃ…

 

古そうな石だしえー

 

まぁ、とりあえず、ここから今回の目的地、池鯉鮒宿に入ります

 

 

 

池鯉鮒宿に入って、すぐ左手に石灯籠があり、

 

 

先へ進むと、知立神社(ちりゅうじんじゃ)がありました

 

 

神社なのに、なぜか多宝塔があるという、神仏習合の色が残ってる神社

 

 

知立神社に来るのは2回目

 

以前のレポートはコチラ

 

そして、最初に話した、現在の『知立』を、昔は『池鯉鮒』と書いていたのか?

 

中日新聞の記事によると、元々『知立』と書いていたそうですが、江戸時代になると『池鯉鮒』と書くようになったそうです

 

その理由が、この知立神社の境内にある御手洗池に、鯉と鮒がたくさん泳いでいて有名だったから…と云われてるみたいです

 

 

そして、知立市公式HPによると、『片目の鯉』という話がありまして…

 

知立の西町に住んでいた娘さんが、目が悪く、「娘の目が治りますように」と、両親が何度も願掛けをしていたところ、不思議な事に目が見えるようになりました

 

その代わりに、鯉の目を娘さんにあげたので、御手洗池の鯉の片目が無くなってしまった…という話

 

それから、御手洗池の水で目を洗うと、目の病気が治ると信仰されるようになったそうです

 

写真を見ると、橋の左手に、池の近くまで行ける階段がありました

 

 

知立神社をあとにして、池鯉鮒宿を歩いて行くと、大きな通りに出るので、地下道で道路を渡ります

 

 

真っすぐ歩いて行くと、分かれ道があるので、ここを右に曲がります

 

 

曲がるとすぐに、知立古城址がありました

 

 

昔は、ここにお城があったんですね

 

他に、明治天皇御小休所址という石碑がありました

 

 

知立古城址は、現在は公園になってます

 

 

知立古城をあとにして、すぐに分かれ道があるんですけど、

 

 

道標の通り、左に曲がります

 

 

しばらくすると、T字路があり、

 

 

旧東海道は真っすぐなんですけど、ここを右に曲がると、池鯉鮒宿本陣跡があります

 

 

他に、明治天皇行在所聖蹟という石碑もありました

 

 

先ほどのT字路に戻り、真っすぐ進みます

 

 

途中に、池鯉鮒宿問屋場之跡という石碑がありました

 

 

県道51号線の道に出て、交差点を渡り、向こう側に進み、

 

 

この学習塾の右側の道を通ります

 

 

この道をひたすら真っすぐ歩くと、

 

 

一応、この横断歩道の辺りで池鯉鮒宿が終わるみたいなんですけど、これと言って何もない汗

 

 

という事で、今回の宮宿から池鯉鮒宿までの旧東海道を歩く旅は終了

 

次回は、ここからスタートして、岡崎宿方面ですね

 

 

旅は終わったんですけど、せっかく知立まで来たので、ここへ行ってきました

 

 

知立と言ったら、やっぱり藤田屋の大あんまきでしょアップアップ

 

この前は、何度も車で通った事がありますけど、お店に入るのは初めて爆  笑

 

ノーマルのあずきと、チーズ入りの大あんまきを買ってみた

 

 

いやー、安定の美味しさ音譜

 

あんこが、丁度いい甘さあんですよね~

 

 

帰りは、最寄りの名鉄の三河知立駅から帰ったんですけど、

 

 

すごい地方感のある駅

 

 

知立駅から、たった一駅でこんな田舎な駅になるんですね

 

あとで知ったんですけど、この駅、初代の知立駅らしい

 

そして今年の3月、ここから900m離れた場所に移転されるみたいです

 

 

この日の歩数は、5万歩!

 

 

歩行時間は8時間になってます

 

写真撮ったり、いろいろ見学したり、休憩したりした時間を入れると…

 

朝7時半頃に七里の渡しを出発して、三河知立駅に到着したのが6時頃

 

約10時間掛かってたびっくり

 

こんなに時間かけて歩いて、帰りに電車で名古屋まで帰るのはあっという間なんですよねチュー

 

文明の発達ってスゴイひらめき電球

 

 

次回は、池鯉鮒宿から岡崎宿まで行く予定ですけど、岡崎公園の桜を見たいので、春頃に行こうかな~

2/10は、旧東海道を歩いてきました

 

前回、関宿から土山宿まで歩いて、その第二弾!

 

前回からの続きで、土山宿から京都方面に行ってもよかったんですけど、とりあえず近場から歩いて行こうかと思って、今回は宮宿から池鯉鮒宿まで行く事にしました

 

っていうか、池鯉鮒ってなんて読むの?って思いません?

 

池鯉鮒ってどこなんだろ?と思って調べたら、これで『ちりう』と読むそうで、現在の知立市

 

『ちりう』が『ちりゅう』になったみたいですけど、なぜこの地名になったのかは、また後で…
 

 

まず、早朝に家を出て、向かったのが七里の渡し

 

 

昔は、ここから船に乗って三重県の桑名宿まで行ってたそうで、愛知県の西側の陸路はここまで

という事で、今回はここからスタートして東へ進みます上差し

 

 

現在も残ってる船着き場

 

 

現在の宮宿は、普通の住宅街

 

 

七里の渡しから10分くらい歩いた所に、道標があります

 

 

東海道を歩いて来た人は、船で桑名まで行くか、陸路で佐屋街道という別の陸路で西に向かってたみたいです

 

ここは、東海道と佐屋街道の分岐点

 

ちなみに、ここから熱田神宮が見える(奥の森みたいなとこ)んですけど、歩道橋を渡って行かないといけなく、遠回りになっちゃうので、今回は参拝せず、旧東海道を先に進みます

 

 

ここから、東の江戸方面に向かって進みますよ~アップアップ

 

 

しばらく進むと、大きな通りに出ます

 

 

ホントはここを直進したいんですけど、現在は無理なので、伝馬町の交差点まで、ちょっと迂回

 

 

旧東海度に戻り、先へ進みます

 

 

すると、すぐに鈴之御前社(れいのみまえしゃ)という神社がありました

 

 

御祭神は、天鈿女命(アメノウズメノミコト)

 

熱田神宮の末社で、東海道を往来してする旅人は、ここで身を清め、お祓いを受けてから熱田神宮へ参拝するという習わしだったそうです

 

 

しばらく歩くと、何かあるひらめき電球

 

 

裁断橋址と書いてある

 

 

昔は、この辺りに川が流れていたそうで、その川に架かってた橋が裁断橋という名前だったそうです

 

宮宿の東のはずれにあったみたいなので、ここら辺まで宮宿だったんですね

 

他に、都々逸発祥之地と書かれた石碑がありました

 

 

所々、道路にこんな感じで、『ここは東海道です』みたいな目印がありました

 

 

しばらくすると、伝馬町の一里塚がありました

 

 

一里塚とは、一里(約4キロ)ごとに、道中の旅人の目印になるような塚の事

 

大体、大きな木が植えられてますね

 

 

線路を渡り、先へ行くと、

 

 

トヨトミの本社があります

 

 

雪国出身なんで、トヨトミのストーブとか、すごく身近なメーカーでしたけど、名古屋に来るまで、トヨトミという社名は、別にそういう会社の名前なんだ…くらいしか思ってなかったんですど、この看板を見て、トヨトミって、豊臣秀吉の豊臣って書くんだ!って驚きましたびっくりあせる

 

愛知県で豊臣と言ったら、やっぱり豊臣秀吉から取ったんだろうなーと思って、ウキペディアを見たら、『豊田に臣下を尽くす』という理由みたいですけど、他にも、豊臣秀吉の名前も理由になってるみたい

 

そんなトヨトミ本社の横を抜け、パロマの本社がある交差点で、国道1号線に合流します

 

 

でも、1号線に合流したと思ったら、すぐに外れちゃいます

 

 

この交差点を右に曲がると1号線で、これから行く知立方面

 

 

だけど、旧東海道は真っすぐの道

 

 

歩道橋を使って、1号線の上を渡って行きます

 

 

歩道橋から降りてきて、この道を歩いて行きます

 

 

所々に、東海道の文字

 

 

しばらく歩くと、熊野三社(くまのさんしゃ)という神社がありました

 

 

御祭神は、伊邪那岐尊(イザナギノミコト)・事解之男命(コトサカノヲノミコト)・熊野速玉命(クマノハヤタマノミコト)

 

 

由緒書には、伊邪那美命の名前も書いてありますけど、氏子さんの話だと、現在は伊邪那岐命だけなんじゃないか?という話になってるそうです

 

境内をウロウロしてたら、話し好きそうな氏子さんが色々教えてくれました

 

これを絶対見て行って!と言われたのが、この古そうな手水鉢

 

 

昔は、この辺一帯が島になっており、白砂の景勝地で、松巨嶋(まつこじま)と呼ばれていたそうです

 

 

熊野三社の御朱印

 

 

本当は400円を納めて、後日郵送というシステムなんですけど、この日は偶然にも、「今いいですよ」ということで、その場で頂きました

 

 

熊野三社を後にして、旧東海道に戻ります

 

しばらく道なりに進むと、道標がありました

 

 

『東かさでら』と書いてあるので、この交差点から左に曲がります

 

 

名鉄の踏切があり、

 

 

しばらくすると、笠寺観音(かさでらかんのん)がありました

 

 

笠寺観音は、名古屋ではかなり有名なお寺

 

この前を何度も通った事がありますけど、中に入るのは初めて!

 

結構大きいお寺なんですねひらめき電球

 

 

お寺を後にして、脇の細い道を歩いて行きます

 

 

この道、細いわりに交通量が多いので注意ピリピリ

 

道なりに進むと、笠寺の一里塚がありました

 

 

って事は、伝馬町の一里塚から4キロも歩いて来たってこと

 

結構、あっという間

 

そして、天白川を渡り、

 

 

橋を渡ってすぐの交差点を右に進みます

 

 

真っすぐ行くと、大きな通りに出ます

 

 

ちょっと分かりづらいけど、この道を横断して、向こう側の右斜めの道へ進みます

 

すると、常夜灯がありました

 

 

ここから鳴海宿に入るみたい

 

西の端っこにある常夜灯

 

 

鳴海宿も、現在は普通の住宅街になってます

 

 

鳴海宿に入って、すぐに成海神社(なるみじんじゃ)の社号標がありました

 

 

ちょと成海神社に行ってみる事に…

 

 

旧東海道から歩いてくると、裏参道っぽい

 

表参道から入ると、大きな鳥居があります

 

 

現在は鳴海と書きますけど、昔は成海だったんですねー

 

 

成海神社に来るのは、3回目かな?

 

この神社にはちょっと思い出がありまして…

 

一眼のデジカメを買った当時、この成海神社の手水鉢を撮ったら、すげー綺麗に撮れたんです

 

で、そこから、神社の手水鉢をカッコよく綺麗に撮ってみよーって思って、そこから、神社の手水鉢の写真を撮るようになった…という話

 

ちなみに、今回撮った手水鉢

 

 

デジカメじゃないから、イマイチしっくりくる写真じゃないな~

 

前回のレポートに、上手く撮れた手水鉢の写真があるので、よかったら見てみてくださいウインク

 

だるま塚のだるま達ラブラブ

 

 

スマホのポートレート機能を使ってぼかしてみたカメラキラキラ

 

 

再び旧東海道に戻って、オートバックスのある交差点を真っすぐ

 

 

道なりに進むと、道が分かれているので、ここを左

 

 

すると、鳴海宿の本陣跡がありました

 

 

本陣とは、身分の高い人が泊まる宿

 

現在は、山車庫になってるのかな?

 

東海道中膝栗毛の弥次さんと喜多さん音譜

 

 

真っすぐ歩いて行くと、こんな交差点に出ます

 

 

旧東海道は、この交差点を真っすぐなんですけど、左手を見たら、神社っぽいのが見えるひらめき電球

 

 

ちょっと道をそれて、左に曲がります

 

すると、途中に高札場を復元した場所がありました

 

 

高札場とは、いろんなお知らせ事などが書いてある場所

 

 

そして、すぐ隣に天神社(てんじんしゃ)がありました

 

 

成海神社の御旅所になってるみたいです

 

 

他に、鳴海城址の石碑

 

 

昔はここに、お城があったんですね

 

 

天神社をあとにして、旧東海道に戻り、しばらく歩いて川を渡ります

 

 

飛脚と女性が掘られた岩

 

 

そして、交差点の角に常夜灯がありました

 

 

ここが鳴海宿の東の入り口という事で、この辺りで鳴海宿が終わり

 

 

交差点を渡り、真っすぐ歩いて行きます

 

 

すると、左手に神明社(しんめいしゃ)の社号標を発見ひらめき電球

 

 

階段を上がると…なに~!

 

 

何気に来た神社が元伊勢だったとはびっくり

 

 

結構、こじんまりとした元伊勢の神明社でした

 

 

この神明社のすぐ近くに、仁位殿社(にいどのしゃ)の社号標があったので、ちょっと行ってみた

 

 

元々、二位殿塚(にいどのつか)という塚で、お墓だった場所みたいです

 

 

旧東海道に戻り、先へ進みます

 

途中、名鉄の踏切があり、踏切を渡ると、

 

 

有松の一里塚がありました

 

 

ここから有松に入ります

 

 

有松といえば、有松絞りが有名

 

 

町全体が、昔ながらの町並みになってて、良い雰囲気照れ

 

 

左手に、有松天満社があるんですけど、


 

踏切を渡って、山を登らないといけないので、今回は参拝せず汗

 

 

有松天満社のレポートはコチラ

 

途中に、岡家住宅があり、中を見せてもらいました

 

 

見学は無料です

 

有松絞りの工程の展示

 

 

家の梁がスゴイ!

 

 

2階が左右で段違いになってるので、階段は別々らしい

 

 

昔はここで、大きな広間で対面商売をしてたそう

 

 

そして、岡家の見学をしていたら、団体客がぞろぞろと…

 

どうやら、俺と同じ、旧東海道を歩くツアーみたい

 

 

20人くらいですかね?

 

添乗員の方と地元の人が話してるのが聞こえて、「歩いて東京まで行くの!?びっくり」ってビックリしてましたけど、俺もそのうち東京まで歩いて行きますよー

 

 

しばらく歩いて行くと、歌川広重が描いた、鳴海宿の絵の場所がありました

 

 

浮世絵に書いてある店が、この写真のお店で、現在も残っています

 

 

井桁屋さんという、有松絞りのお店

 

っていうか、ここは有松なのに、鳴海宿の絵って…どういう事?

 


【その2】へ続く…

豊由氣神社の次は、矢倉神社(やくらじんじゃ)に行ってきました

 

 

鳥居をくぐって、民家に挟まれた参道を50メートルほど歩いて行くと、

 

 

矢倉神社に到着

 

 

参道を歩いて来た感じ、昔は、鳥居からずーっと神社の境内だったんだけど、いろいろあって、参道の両脇の敷地を譲ったんじゃないのかなーと想像…

 

 

境内に入ると、鳥居があり、

 

 

鳥居をくぐると、正面に拝殿と本殿があります

 

 

御祭神は、景行天皇(ケンコウテンノウ)・日本武尊(ヤマトタケルノミコト)・神武天皇(ジンムテンノウ)

 

 

日本武尊が東征する時、軍陣を布いて、武庫を置かれた遺跡と伝わります

 

 

境内には、境内社がありました

 

 

本殿の裏には、大きな御神木があったんですけど、

 

 

この御神木、めっちゃ大きい!

 

大きいし、全体への幹の広がりがスゴイ!

 

 

矢倉神社の御朱印