タキシード(西陣)
■大当り確率195分の1
ファンキーセブン で人気だった(当時としては)カラフルデジタルを採用した電役機。
ゲーム性は至ってオーソドックスでデジタル揃う→右打ちで右肩チューリップ入賞
→以後は中央2段電チューが連動を繰り返す。というものでした。
残念ながら電役機自体があまり人気のあるジャンルではなかった為、設置はあまり
伸びなかったのですが、元々の高確率と大当り中もデジタルが始動するという特性
から、自力連荘が期待できました。
記事によってははっきりと「連荘機」という紹介をしているものもありましたが、自分が
打った限りでは意図的なものは(周りも含めて)見かけなかったような気がします。
この台、基本的には右打ち消化となっているのですが、ゲージ構成上右チャッカー以
外は普通に打っても入賞させる事が可能です。又、右打ちしていてもスタートチャッカ
ーを狙えるようになっていた為、大当り中はストロークの打ち分けで出玉増や(自力)連
荘が狙えるようになっています。
あまり露骨な調整をしているお店は見かけませんでしたが、技術介入性は結構高かった
印象が残っています。
■おまけ動画
*画像と動画はRASさんのブログ から転載しています
フィーバーフラッシュSP(三共)
■大当り確率210分の1
おまけチャッカー機が完全に禁止されてから登場した新要件(16R)機。
この辺りの移行状況は少しうろ覚えなのですが、初の新要件だったフィーバーチャレンジ が
登場した頃はまだ、新旧がごちゃ混ぜで設置されていたのを覚えています。
恐らく今のパチスロの状況と同じで新台で設置できるのは新要件のみ、旧要件は撤去期限
までに全て入れ替える事になっていたのではないかと??
おまけチャッカーは釘曲げ問題も絡んできますので、恐らく一発台の撤去期限と同じだったの
ではないでしょうか。
それ以前にも新要件は幾つか打っていたはずなのですが、自分の記憶にはっきり残っている
のはこの台が最初です。というのも、旧要件のヒット機種フィーバーフラッシュ のリメイクとして
登場しているからです。従って両方打って見るとその違いを結構如実に感じる事が出来たのです。
先ず最初に思ったのは、「大当たりが長いなぁ・・・」とw
出玉自体はそう変らないのですが、やはり初めて体験する16Rは一体いつ終わるの?っていう
感じでダラケタ気がしました。
又、通常時の消化効率が若干速くなったのではという印象が強く残っています。旧フラッシュⅠと
比べて全てのテンポがアップしていた感じがした為です。
この頃になると既に連荘を意図的に狙えるような機種はほとんど登場しなくなっており、この台も
保留玉で結構な連荘性を見せてくれたものの、それはもう完全に(非合法ながら)スペックとして
平等に発生するものであり、技術や知識で太刀打ち出来る物ではありませんでした。
新要件に移行した事により、従来の機種よりもデジパチの熱さが希釈された印象だけが残ってお
り、自分はここからしばらくはあまりデジパチを打たなくなったような気がします。
といってもパチンコを止めたというわけではなく、大量出玉の羽根物や生まれ変わった権利物の
方に魅力を感じていたのだと思います。
しかし、当時は既にホールの主役はやはりデジパチであり、最初に感じた違和感もいつしか忘れ
再び連荘デジパチに魅了されるようになったわけですが・・・
余談ですが新要件に移行した際、おまけチャッカーの再発を恐れた為か、デジパチは「アタッカー
の下に入賞口を設けてはならない」という決まりがありました。
特別話題になる事ではなかったのですが、以後デジパチのアタッカーは盤面の一番下というのが
暗黙の了解みたいになっていました。
ところが最近は結構上部にもアタッカーが配置されていたりしますよね。
もしかしたらどこかのメーカーが(検定の隙をついて)おまけチャッカーを復活させてくれないかなぁ・・
ちょっと甘い期待を抱いていたりします♪
フィーバースピリットⅠ(三共)
■大当り確率247分の1
おまけチャッカー末期、(確か)フィーバーフラッシュⅠ と同じ頃に登場しました。
全体の雰囲気はレクサスシリーズ に近い物があり(自分は勝手に後継機だと思っていました)
保留玉での連荘もありましたが、前述したフラッシュが大人気だったのと比較して、この台は
設置も稼動もあまりなかったような印象があります。
どちらかというと次世代ドラム機への橋渡し的な役割として登場したのかも知れません。
というのも、この台は細かいスペックで色々と冒険的なシステムを採用していたのです。
先ずドラム部分なんですが、中央と斜めが有効の3ライン機となっています。これはフラッシュ
と同じですね。フラッシュの場合、有効ラインを削減する事で左停止の時点で必ず大当り図柄
が停止するようになっていました。
スピリットの場合はそれとは逆に左右に大当り図柄を偏らせる事でトリプルリーチが発生する
ようになっていたのです。レクサスⅦで好評だったダブルリーチの発展系という感じでしょうか?
しかし、ドラムのサイズ自体が変わっていない為、大当り図柄を並べると各図柄のサイズが小
さくなってしまい、想像したよりもインパクトは薄い物となってしまっています。それまでのドラム
機は外れ図柄のサイズを小さくする事によって大当り図柄が際立つように工夫されていたので
すが、それが出来なくなってしまいましたので・・・
まぁドラムに関しては好みの問題もあるのですが、この台は保留玉連荘機でありながら、意図
的に狙うのが非常に難しかったのも敬遠された理由かもしれません(というか、恐らくこれが
理由でしょうw)
連荘手順自体は登場直後に解析で発覚していました。従来の単発打ちで大当りを狙うというだ
けでなく「保留消化した最後の玉で大当りさせる事」が条件に加わったのです。
一応効率よく連荘を狙うのならば「保1のみ点灯→消化」を繰り返すだけでもいいのですが、
点灯中に大当りしてしまうとその時点で連荘を否定する事になりますから、実質連荘率は単発
連荘機に比べ半減してしまいます。大当り確率の辛さもあり、比較的回る台が多かった割に
連荘効率の悪さから攻略法を使用する人から敬遠されたのも仕方ありませんかね?
フラッシュ同様、この台も不公平感のない連荘機として生み出されたのだと思いますが、その
システムのバランスの悪さが致命的だったのかも知れません。
あくまでも私見ですが、ドラムをもう少し大きい規格でデザインし、連荘システムをフラッシュと
同じにしていればもっと評価されていたような気がします。恐らく新要件への移行の兼ね合いか
らそこまで時間がかけられなかったのかも・・??
レインボー(マルホン)
■大当り確率245分の1
ゲージ構成を見るとデジタル付き羽根物?と勘違いしそうですがれっきとした
デジパチです。
当時の常識であった「デジタルは3桁」を覆した異色のマシン。
デジタルは赤と緑の2色があり、赤のぞろ目で大当りとなります。従って左に
緑が停止→外れ。赤が停止→リーチ、と非常に分かり易いゲーム性になって
います。但しこういう変則的な台というのは設置機種のアクセントとしては良いの
ですが、主流になる事はありませんでした。
この台は、専門誌で見ただけで実際に打つ機会はなかったのですが当時の大当り
確率は「表示上との乖離が±10%以内」とされています。従って2桁で245分の1
を再現する為には右図柄にかなりの外れ図柄が使用されていたのではないでしょうか?
緑には「・」つきあり水増しされていましたが、もしかしたら赤図柄で奇数揃いのみが
大当りだったのかも知れません。
赤10個、緑10個、「・」付き緑10個の計30個の組み合わせでそのうち奇数揃いの
5種類が大当り・・・ん~これだと180分の1位になってしまうのかぁ・・・
確か数字だけでなくアルファベットもあったような印象があるので、図柄は12種類位
あったのかも??
改めて考えて見ると結構ややこしい台だったんですねぇ(汗
そういえばレインボーの場合、後のマルホンの代名詞とも言える「大量出玉」が可能な
ゲージであった為、見た目の奇抜さもあり一発台感覚で使用される事が多かったような
気がします。
当時は仮にノーマル機であっても「マルホンだから何かあるかも?」そういう期待感を
持たせてくれる非常に魅力的なメーカーとしてマニアックな人気を誇っていました。
それだけにオーソドックスなタイプよりもこういう見た目の怪しい台の方が不思議と客が
つくんですよねぇ・・・w
ファルコン(三星)
RASさん が所有されている三星初の羽根物。
これって、もしかしたらメーカーにも実機が残っていないかも知れませんね。
確か三星は過去の機種を全て保管しているはずなのですが、以前台風によって
倉庫が浸水してしまいましたので。
見た事もないですし、それよりも三星が羽根物登場させていたという事実にも
驚きです。当時のマイナーメーカーは「開発に金のかかる羽根物には手を出さない」
というイメージがありましたし・・・
当時は大手(平和・西陣・三共)が圧倒的な設置力を誇っており、他のメーカーは
残ったシェアを細々と奪い合う・・・というような印象がありました。
地域的な営業力の差もありますが、それらを個人的な考えとして準大手とマイナー
メーカーに振り分けるのならば、違いは「どのジャンルの機種を開発しているか」に
よるものだったのではないでしょうか?
大手は当然の事ながらデジパチ・羽根物・権利物とバランスよく登場させていました。
(意外にもこの頃は一発台にはあまり力を入れていなかった)
そういう意味で当時の準大手と言えば「三洋」「大一」「マルホン」「京楽」「ニューギン」
「奥村」辺りになるのでしょうか?
「高尾」「三星」「竹屋」「豊丸」等は関西ではたまに一発台なんかを見る位で、当時は
羽根物を登場させていた事すら知りませんでした・・・(汗
その後、デジパチ人気が高まり連荘機時代に突入した事で、様々なメーカーの機種が
設置されるようになりましたが、新台入れ替えが年に数回程度だった羽根物全盛の頃っ
てホールも導入に関してはじっくり検討していたようで、必然的にシェアの高いメーカー
の物を優先していたような気がします。
そういえば「銀座」は当時から独自の地位を気付いていたようで大阪では結構人気が
あるのに、それ以外では全く設置がありませんでした。といっても導入されているのは
ほとんどがジャンケンポン だったんですけどねw
当時の大阪って他の地域にはあまり導入されていない「一発台」やパチスロ(0号機)も
結構設置されており、非常に魅力的な場所だったのです♪
自分は(金もないのに)そういう見知らぬ台を打つ為によく出掛けていました。
■おまけ動画




