🍋 LEMON_SLICE (目次)
slice 3、SECRET

 


 

 東京都某区。
 送りつけた段ボール箱の隅に、微々たる夢が入っていたのかもしれない。いつのまに私はいびつになってしまったのだろう。夢など、腹の足しにもなりやしないのに。雑種の私には、東京という場所がなにもかも異世界であり、それだけで満たされていた。
 ワンルームの寮は新築のように綺麗だった。紹介された隣の男性は、端正な顔立ちで、ロングヘアがよく似合っていた。スマートな挨拶とキラキラした笑顔。それがケイだった。バンドのドラマーらしく部屋にはスティックが転がっていた。
 身長も高く、性格も良く、面白い。当然彼の周りには女の子が寄ってくるのだが、ケイは女遊びをしなかった。そんなことよりも、バンドでデビューするという目標に重きを置いていた。

 私は恋愛に興味がなく、服装も男っぽいものを着ていた。恋愛の対象とするならば女性だったので、彼にしてみれば楽だったのだろう。よくつるむようになり、ケイのいきつけのロックバー『シークレット』に行くようになった。



 不思議な子。

 ココの第一印象だ。私にしてみれば“新種”だった。
 スーツ姿で、清楚な事務員に見えた。栗色の毛先はくるんと巻かれていた。
 私は毎日、シークに行くようになった。扉を開けた先のココのうしろ姿は、今でも鮮明に思い出せる。彼女もまた、毎日そこにいたのだ。
 いつも同じカウンターの席に座り、いつも同じジュースが置かれていた。あまり率先して話す方ではないけれど、常連とも仲がいいし、軽く冗談もいう。笑顔が絶えなかった。

 私の「ココの観察」が始まった。私は小説家になりたい、と常々ノートを綴っていたので、犠牲者の対象になったのである。
 正直に話すと、「ふふふ」と意味ありげに彼女は笑った。「つまらないよ。何も出てこないもん」と。
 十分になりえる存在だった。
 私は知っていたのだ。恋人のユキが事故で亡くなって、それからこの仕事をして、命を削るように生きていることを。私は彼女が立ち直るまでを描きたいと思った。
 

 
 
シークを繋いでいるのはケイだと思ってる。
 
今日もまた誰かを連れてきた。同僚らしい。訛りが懐かしい。
 あのひと東北かな、とマスターにいったら、「ココと同じじゃん、よかったね」っていわれた。 
「よかったねの意味がわかんなーい」っていったら、「俺にはわかるで」と、普段は出さない訛りを出しやがった。
まあね、仲良くなれそうです。
 
  マスターがケイのいとこなのは誰も知らない。昔、かっこよかったことも誰も知らない。ふふふ