🍋 LEMON_SLICE (目次)
いるはずなのに、存在はない。出来損ないの空箱。空っぽの私にはなにも触れず。雪の冷たさでさえも。
いつのまにか季節は変わり、安物のカップに注いだ安物のコーヒーから湯気が立ち上る。
雪が待ち遠しい。灰色のカーテンが窓に蓋をして、外の様子は何も窺えない。
十一月。小説の進みが悪いことを体調にせいにする。
もうひとりのユキに翻弄されている。いないのに、存在が大きすぎるのだ。グリッチがかった記憶は、そのままでいい。
そのまま、無音の白の中、眠り就きたい。
ユキ。
耳にすれば、私は反応する。
「あ、ごめん」
「違う、もう一人のユキのほう」
いないのに、存在が大きい。シークではいつでも話題になっていた。紛らわしさから、ユキオ、ユキロと区別された。私のほうが年上だったから「老」がついた。
ユキロは出来損ないだが、ユキオは損なってはいけなかった。神様は潰す箱を間違えたのだ。
誰とでも仲良くなり、誰にでも好かれ、その場の空気を自分のものにしてしまうらしい。
だから、ユキには「王」が付いた。
シークの壁には写真が貼ってあり、そこにいるユキはどれも中心にいた。アイドルのように愛らしい顔とさらさらの髪。無邪気な笑顔。まわりもみんな笑っていて、楽しさが伝わってくる。
一枚だけ、真剣な表情のユキがいた。なぜだか私には寂しそうに見えた。
普段何をしていたのかは謎らしい。
ケイさえも、「東京にきてからのあいつは、よくわからない」という。
「とにかくあいつは自由奔放な野良犬だったから、誰にも飼えないんだよ」
意味ありげな言い方をする。
それは、恋人だったココも含まれるのだろうか。
日記には、ユキに関する記述が少ない。破ったあとが多いことを、ユキのせいにしてみる。
ココは、私のことを「ユキ」と呼ばなかった。「キロちゃん」だったり「ローちゃん」だったり。
ぺージの一枚に見つけた「老さん」の名前。たぶん、私だ。私か。なんてあだ名だよ、と思う。
……やっぱり友達はいらない。私が死んだら、かわいそう。私が友達でかわいそう。
老さんが死んだら、私がかわいそうだよ? だから長生きしてね、老さん♪☺
音符マークとにこちゃんマークが添えられていた。本当に年寄りに言っているみたいで、泣いた☺