🍋 LEMON_SLICE (目次)
ひとめぼれした赤いバラ柄のもこもこジャケットに、膝上丈のエナメルピンヒール
ばっちりきめてきたのに、道路が割れてたとこにヒールをひっかけて、転んじゃった
空が堕ちてきたかと思った
もしかして私が堕天使ですか
世の中のお客さんを救うべく現れたのです
風俗の仕事を天職だと言って笑っていた。
周りは誰もがそう信じていたと思う。私も。それだけ明るかったから。休むことなくずっと働いていた。
ただ一日の本数を〇本、と少なめに決めていた。何本か忘れたけれど、人より少ない本数だったと記憶している。体力がもたないと嘆いていた。
ほかの女の子が迷惑がる客も喜んで引き受けていたらしい。
私が引いている顔を見て、他の嬢が言った。
「あの子のすごいのは、どんな変態が来ても順応できるところ。女の子たちが集まれば嫌な客の悪口になるんだけどさ、ココはにこにこしてる。そんなことないよ、いいひとだよ、可愛いよ、って。最初は本気か? こいつ、って思ってたんだけど、どうやら本当に可愛いって思ってるみたい。ほんとすごい。すごいけど狂ってる」
それだけお金にがめついのかといえば全然そうではなかった。
着ている服は、ブランド品でもなく、そういったものにも興味がなさそうだった。仕事中はお酒もコーヒーも飲まない、という徹底ぶりだ。爪も伸ばさない。マニキュアをしないのは、ケイが嫌がるからと言っていた。
ときどき仲間内でカラオケに行くと、歌うより盛り上げ役だった。ゲーセンに行ったり、飲みに行ったりすることもあったけれど、「私が出す~」って気前がよかった。
「みんなといるのすごく楽しくて、共有できたことが嬉しいから全然出すよ」
って本当に嬉しそうにしているココを忘れられない。
趣味はと聞くと「仕事だよ」という。ほかにはもうなににも興味がないと言っていた。
きっと生きることにも。
私たちには見せないだけで、いつ死んでもおかしくないような危うさは常にあったのだと思う。
だけどやっぱり、日記を読み進めていくうちに、天職だったのかもしれないと思わずにはいられなくなる。本当に彼女はよく笑い、特にケイといるときのココは本当に楽しそうだった。
ココの日記を読めば読むほど、本心はどこにあるのかわからなくなってくる。意味があるようでないのか、ないようであるのか。
ココは、時々、詩をうたい、時々、嘘を織り交ぜる。
全部が嘘だったのかもしれない。
ここまで書いて、キーボードから指を離した。
……
……
……なにも打てず、真白な画面を見つめていた。
ふと空を見ると、空は濁り、悲し気に私を見つめていた。今にも墜落しそうな雨を待つ。