🍋 LEMON_SLICE (目次)
slice 1、気怠い黄色

 


 

 『ココの日記を持っている』



 メッセージを表示するのに時間はかからなかった。

 送信元にケイの名を確かめなくても、ためらわずに開いていたと思う。感傷に浸り、気持ちがどうかしてしまうような脆さはない。

 

 それほどの年月が経っていた。
 ただ、あの当時のことを思い出したくはないのだ。くだらないことで笑っていた日常があったことなど忘れている。歳を重ね、独りで惰性を過ごしているうちに、怒りや喜びといった雑音ノイズはキャンセルしたのだ。
 

 

 

 もう九月だというのに、暑く、だるい。

 インスタントのカフェオレに氷を多めに葬って、机の上に置いた。ヘッドホンからお決まりの曲が流れてきて、私の一日はスタートする。
 

 ケイに渡された、一冊のリングノートと何通かの手紙、メモ用紙を並べた。
 日記といっても日付けもなく、感情をありのままに書きなぐったようなもので、破り捨てた痕跡もあり、綴じていないものは順番もわからない。

 ひとことだけ書かれているのは最後なのだろうか。

 

 

 
 
 さよなら
 
 

 

 

 丸みのある文字にココの笑顔が重なる。
 じゃあねとかばいばいとかそんな軽さで、また明日があると、疑うことさえ知らずに手を振った。
 当時の渋谷という場所で、ココが生きた証を私が再び書いたとして、なにも変わらないだろう。
 色褪せた断片を繋ぎ合わせて物語にするには、まだ青く、苦味が刺すだけだ。それに私には才能がない。

 明日もあるとは限らない。
 

 断片を断片のまま、茫漠に記していく。メモとかノートとかそんなカジュアルさで。