彼女が遺した一冊のノートから言葉を拾い、ただ漫然と書いていきたい。

のちに、どんなふうにまとめて小説にするかわからない。

物語になるのかすらまだわからない。

─週末更新目標─ 

🍋 LEMON_SLICE (目次)
slice 0【前奏曲】

 

 

 からん、
 ざらつくノスタルジーをストローでかき混ぜる。グラマラスなグラスの形状にそって、水滴が落ちていった。
 こんなくだらない世の中になにかを残すという行為はひどくばかげている。そう思いつつも、私はなにかを残そうとしている。むじゅん、否、でも。
 ココはもういない。
 その事実は揺蕩う氷のように、セピア色の液体に滲んでいく。
 


 からん。
 からになったグラスの中で私のなげきが、冷ややかな温度で私をあざけている。店内は冷房が効きすぎていて、溶けるにはまだ時間がかかりそうだ。手持無沙汰でおしぼりの隅をもてあそぶほどには多少気まずい。
 なつかしい人物が目の前にいる。最後に会ったのがいつだったのか思い出せないほど年月が経ち過ぎていて、まるで初対面のようにかしこまって向き合っている。
 華奢な体付きは相変わらずだ。ウエーブがかった長髪が短くなっていた。デビューまでしたバンドは解散し、現在はドラムの講師をしているという。
 


 はるかな昔私がココのことを書き、本という形態になった。あのころは意欲にあふれていた。なにかできると思っていたし、仲間もいて、喜怒哀楽という四字もまだ自分にはあった。
 あきもせず私は小説を書き続けている。世間のへりで、誰に向けてでもなく、ブログの余白を埋め続けている。それを突きとめて行間隅の連絡先にメッセージが表示されたのは先週のことだ。


 
「ユキ」
 ふゆうした私の心を掴まえるように、ケイは名を呼び、言った。
「やっと整理がついたから」
 季節はめぐる。ケイと私を何度も通り過ぎて。
 いつだっただろう。ココと、もうひとりのユキがいなくなったのは。

 グラスのなげきはすっかり溶けて、私はそこに哀の文字をあてがった。