へざこの独り言 -20ページ目

へざこの独り言

気になる事、ふと疑問に思った事、日常がメインです。

ソウルメイトJが国へ帰る前日に、「学校のロッカーに荷物が残ってるから、


もしよかったらそれを送ってほしい」とメールを送ってきまいた。


急いで帰ったのもあったので、仕方ないとは思ったけども、


送ってほしいって言ったものがジャケットと、靴の箱。


これまた 「???」 それくらい持って帰ればいいのに・・・


と思ったのは言うまでもありません。


学校のビルが連休で閉まっていた関係ですぐにはロッカーに行けず、


今日行こうと思っていました。


Jに荷物を送る前に他に必要なものがないか聞く為に電話をしました。


「今日ロッカー行くけど、他に必要なものない?」と聞くと、


「んー、ジャケットと靴の箱だけでいいよ。」から始まり、


ちょぼちょぼ話をしてもう切るって時に、


「そう言えば、ロッカー行った?」


「・・・・・だーかーらー、今これから行くって言ってるじゃん・・・


っていうか、なんでそんなジャケットと靴の箱なんて一緒に持って


帰ればよかったのにー」 と言う私に 「えへへ。」とだけ返して来ました。


学校に行って、ロッカーを開けてびっくり。


そこには、手紙とお守りと、びっくりするぐらい大量の小銭。


Jは私を泣かせるのも、心を温かくするのも得意の様です。


Jの気持ちにいたく感動しました。


小銭には笑わされました。さすがトンチがきいてらっしゃる。


お守りを買ってたとこまで一緒だなんてね。


家に帰ってきて電話をしました。


どうしてもありがとうって伝えたくて。


何万回言っても足りない位のありがとうを贈ります。


ペタしてね  

次の日、彼が国外に出る為に成田へ向かう日。


どうしても話したくて電話をしました。 


無事でいてほしい事、7月か8月には渡米する事、


渡米したら彼の家に遊びにおいでと言われていた


事の確認 等。


私が「じゃあ家に行ったら、料理作ってあげるね」


というと、「何作ってくれんの?」というので、


「シリアル食べる時に、ミルク注いであげる♪」


とふざけたら、大爆笑。「そんなの料理じゃない!」


という答えがすかさず返ってきました。


「そんなの嘘に決まってるじゃないか。


私が得意なのは唐揚げです。」というと、


またすかさず「肉食べないくせに肉の調理の仕方知ってんの?!」


と返ってきます。


「私今ダイエット中で肉食べてないだけですー。本当は


ジャンクフード大好きですー。」


などとくだらない事を言って悲しみボルテージを


下げるので精一杯でした。


でもこんなにポンポンああ言えばこう言う的な会話が


出来る位打ち解けられたのは本当に大きな収穫。


出会えた事に本当に感謝しています。


彼はまさに私のソウルメイト。彼が幸せで居てくれれば


それで私も幸せです。



ペタしてね

東京駅に着き、電車に乗り換え各々の滞在先へ


帰る途中、彼と私は同じ方向でした。


別れる時間は刻一刻と過ぎて行きます。


私達も徐々に無言になっていきます。


当初降りる予定だった駅に間もなく着くという時に、


「ここ以外で乗り換えられる駅ないかな?」と言って


きました。 その数駅先でも乗り換えられる旨を伝えると


じゃあそこまで行って乗り換えると言ってくれました。


その延長した分の時間で、伝えたかった事を伝えました。


「三十三間堂で5円玉くれたでしょ?」という問いに、


彼はきょとんとした顔でうなずきました。


「その時、すごく嬉しかった。」 と私は続けました。


彼はまぶしい位の笑顔を返して私の肩に頭をもたれ


かけてきました。 きっとあれは彼なりの嬉しさの表現の仕方


なのだと感じました。


彼の降りる駅にまもなく着く時、降りる直前にハグしてお互いに


安全でいよう、またすぐ会えるからと別れました。


彼のくれるハグはいつも強くて彼の性格を物語ってるのだと


感じます。


ペタしてね

帰りのバスの中で、ようやく二人で話す機会が出来ました。


もうこのチャンスしかないと思い、ずっと思ってた事を話しました。


ずっと気になってた事、ずっと真面目に話してみたかった事、


私の目に映る彼という人、話せば話す程、少しずつお互いの扉が


開かれるのを感じました。


私の目に映る彼は、表面上は誰とでも仲良く出来るけど、


本当の友達はごくわずかで、何か抱えていて一人で


背負い込んでいる事。それを指摘された彼は肩の荷を


下ろす様に話し始めました。私は彼は一人じゃない


という事をどうしても伝えたかった。


私達はお互いに輪廻転生を信じ、全ては起こるべくして起こる


という事を信じています。


そして、この人生ではないどこかできっと出会っていたんだろうね。


だからまた会ったんだろうね。と話しながら、


「私たちはきっと双子か何かだったんだよ、きっと。」


という私の問いかけに彼は笑っていました。


私達が実感した事は、間違いなくこの出会いに大きな意味があったと


言う事。 


ペタしてね

私はあまりの嬉しさと、彼がこの地震の影響で急遽


国へ帰らなければならない事への寂しさから流れて


くる涙を抑える事ができませんでした。


でも、そんな顔は見せたくないので少しの間離れて


気持ちを落ち着かせました。


私に何か出来る事は無いかと思い、三十三間堂で


3人に身代わり守を買って、それぞれ袋に入れて


裏にメッセージを書きました。


「国へ帰る迄、無事で居れる様に、お守りが身代わりに


なって守ってくれる様にこれを贈ります」と。


それが私に出来る最大限の事でした。


その夜、夜行バスで京都から東京に戻りました。


バスを待ってる間に彼に5円玉を返しました。


もちろん貰った5円玉ではなく、私の財布から出した


5円玉です。 でも彼は5円玉を返す私に悲しそうな


ショックを受けた様な顔をしました。


彼からもらった5円玉は携帯のストラップにつけて


おいたので、それを見せて彼は嬉しそうに5円玉を


受け取りました。


ペタしてね

夜行バスで大阪に逃げ、大阪で2泊、奈良を経由して


京都へたどり着きました。


旅も終盤戦、一緒に旅を続けていた3人が、


私に感謝のしるしに何か贈りものをしたいと言ってくれました。


気持ちは嬉しかったけれど、私はその申し出を断りました。 


私は見返りを求めて何かをした事は一度も無いし、


私がしたかったから、私が一緒に旅をしたかったから


ここにいるんだし、私はお金で買えない物に大きな価値


を見出します。私の為にお金を使ってほしいなんて思って


ない。もしも感謝してくれるのであれば、私が困った時に助けて


ほしい。ただ、友達でいてくれればそれで私は幸せだと言う事を


伝えて納得してもらいました。


三十三間堂はどうしても行きたいという私とNの申し出で、行く


事にしました。帰る時間は刻一刻と近づいていきます。


出来るだけ一緒にいて話がしたかった私は彼と共に観音像を


観ていました。 千体以上ある観音像の真ん中に、一際大きな


国宝 千手観音坐像が鎮座しています。


それを観た時の感動は言葉になりませんでした。


千手観音坐像の前には、線香と賽銭箱が置いてありました。


彼が、「いくらくらい入れればいいの?」って聞くので、


「決まった額はないよ。好きな額入れればいいんだよ。でも、


人によっては縁起担ぎで、5円とか55円とか入れる人もいるよ。


5円=ご縁 55円=五重にご縁があるようにって意味だよ。」


って教えたら、賽銭箱に入れたお金とは別に、


おもむろに自分の財布から5円玉を取りだして、無言で私に


手渡して来ました。 彼の気持ちがとても嬉しくて、今までもらった


どんな高価なものよりも価値があって、尊いものでした。


ペタしてね

幸運にも一緒に居て話す時間は少しずつ増えていき、


少しずつ、あれ? あれ? と思う事が増えていきました。


学校の旅行で2泊3日金沢・高山に旅行に行きました。


その間も仲良しグループとしてずっと一緒に居る機会があり、


彼と一緒に居る時間はとても心地良かったと感じました。


彼はどちらかというと、影のリーダー的な人。


しっかりしていて、みんなをうまくまとめる事が出来る人。


信頼出来るし、面白いし、優しいし、非の打ちどころがありません。


でも、どこかで 「???」 な感覚もぬぐえませんでした。


今回の地震で彼を含め数名が関西の方へ避難するという


連絡を仲良しのグループの一人から連絡をもらいました。


学校では真面目な話はしない私。 故に彼ともそんな


真面目な話したことありませんでした。


でも、真面目にこの人と話してみたいという気持ちは常に


あったので、私はこのチャンスを逃したらきっと彼と話す事も、


会う事も無くなってしまうと感じ、私も一緒に行く事を決めました。


1週間一緒に旅行をしていく中で、不思議な理由が徐々に


分かってきました。


不思議の理由、それは共通点の多さ。


話せば話す程共感、共鳴出来る事が沢山あって、驚き


以外の何物でもなかった事。


好きとか嫌いとかの感覚ではない無条件に惹きつけられる


感覚。  中でも一番驚いたのは、写真。


私のファインダー越しに見ているものと彼の惹かれる被写体が


酷似していた事。 私が惹かれる物を同じ様に惹かれる人が居る


事が嬉しかった。


ペタしてね

先月、学校の友達を介して知り合った男の子がいます。


初めて会った時から不思議な子でした。


何が不思議か説明はできないけれど、とても不思議な感覚を


受けた事を覚えています。


私はその不思議な感覚の理由を知りたくなりました。


だからって、すぐ番号を聞くとか、ガンガン質問をするという


のは、私のルールに反するので(自分がされたくないから)


時間の流れるまま仲良くなればそれはそれでいいし、


仲良くなれなければそれはそれでいいし。と思っていました。


ただ、出来るだけ一緒にいて、話す時間を作れたらとは思って


いましたが。 



ペタしてね

この半年、色々な事があってめまぐるしく過ぎていきました。


あまりに多く起こり過ぎて、気持ちの整理をつけるのも時間を


要すると判断してブログも書くことを止めてしまいました。


現実を受け入れるのに半年以上もかかってしまいましたが、


トントンとは、事実上終わりました。


終わりましたと言える様になった自分に一歩前進したと


思わざるを得ません。


先週音信不通だったトントンから連絡が来ました。


彼は相変わらずでした。彼と話した事で、彼と居ても何も


プラスには進まないのだと実感しました。


でも、話す事が出来て良かった。


言いたい事もちゃんと言えたし。


深く傷ついた事は確かだし、完璧に乗り越えたとはまだ


言い難いけど、これも時間が解決してくれると思っています。


トントンが私にした事は到底許せる事ではなかったけれど、


彼と言う人間を嫌いな訳ではないので、彼にも幸せになって


ほしいと思います。



どうも、学校に仕事に忙殺されそうな へざこです パー


働けど、働けど、生活は楽にはなりません。


あれ、何書こうとしたかさえ忘れてしまった・・・


そんな日々です。


あ、そうそう。今年も終わりを数えた方が早い程


過ぎてしまいましたが、私今更ながら自分が厄年だと


言う事に気付きました 叫び どうりで体重が減らないわけだ・・・


という言い訳をしてみたり 得意げ


というのは置いといて。


良いか、悪いかと言えばどちらでもなく、半々といった所なので


なかなか実感がありませんでしたが 目


私の厄年なんてこんなもんです。10代の時の厄年も


あっという間に過ぎていてあんまり気付かないうちに


終わってたっていうね・・・。


んー。どちらかと言えば、良い方な気がする アップ

人脈も着々と広がりつつあるし、新しい経験できてるし。


そう、今月から油絵を始めました。これで将来は二科展に


入賞して、有名人です グッド! ってことではないんですが、


デザインに携わって生きていこうとしてる限り、あらゆる経験は


無駄にならないので、始めました。


日々精進です。


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