開運は自分を知ることから始まる 羽田一彦のブログ -24ページ目

また一人、プロを目指す生徒さんが出てきました

数年前からご相談を受けていた方が、2年ほど前から易と算命を習いたいということで、私が地元で開いているサロン的な教室に参加されるようになりました。

 

彼女は私と同い年です。結婚は2度しましたが、今は独り身。

 

お子さんはいらっしゃるけど、それぞれに独立されている。

 

あまり詳しいことは書けませんが、彼女の宿命は、それはそれは見事なまでに過酷な運勢を送るであろうことを暗示していました。

 

その彼女、最初は算命を勉強しながら、他の生徒さんたち易について話をするのを聞いていましたが、最近、自分でも易用のサイコロを購入しました。

 

そこで、私の易のテキストをお渡ししました。

 

すると日筮(日々の運勢を易に尋ねる)を出しては、今日はこんな易でこんなことがありました、と報告してくれるようになりました。

 

しかし、その日筮と日々の出来事があまりにもピタピタと合致しているのに驚きました。

 

私でも日筮は、まさにその通り! と手を打ちたくなるような時もあれば、え〜何を言ってるんだ? と雲を掴むようなこともあります。

 

が、彼女の場合、まるで易神が乗り移ったのではないかと思うほどビシビシとはっきりとした易が示されていました。

 

そこで先日のレッスンの際、彼女に「同業者になりません?」と話してみました。

 

つまり、プロの易者になりませんか? とお誘いしてみました。

 

すると、彼女がこんな話をしてくれました。

 

 

 

先日、亡夫の姉が東京に来た際に一緒に東京観光をしました。

 

姉はいくつか行きたいところがあって、その一つが巣鴨の地蔵通りにある占い師さんで占いをしたいというのです。

 

私が算命や易を習っていることは話していなかったので、私は興味ないから見てもらいなよ、私はぶらぶらしながら時間つぶすから。

 

と姉だけ、その占い師さんに見てもらったのです。

 

で、姉が終わった後、是非あんたも見てもらいな。

 

と強く奨めるので、仕方なく私もその占い師さんに見てもらったのですが、この占い師さんが「あんた、占い師になんなよ」と言うのです。

 

ドキッとしながらも、その場は、そうですか・・・としか言わなかったのですが、今日改めて先生にそう言われて背中を押してもらったような気がします。

 

これから改めて基本のきから勉強します。

 

 

実は彼女、今年が大運の変わり目で、これまでずっと大変な思いをしてきた運気からやっと抜け出せる大運に入ったばかりでした。

 

数年前に彼女を見た時に、この時(つまり今年あたり)までの我慢。ここから先はこれまでと違う風景が見られるようになるからね。

 

と励ました記憶があります。

 

そのこれまでと違う風景を見るきっかけが、なんと占いだったとは、私にも全く分かりませんでしたが、プロを目指す生徒さんがまた一人増えたことはとても嬉しいです。

 

これまでの人生で並大抵ではない苦労をされてきた彼女だけに、プロの占術家としてクライアントさんに的確かつ暖かいアドバイスが出来ることでしょう。

 

実際にプロになれるには、まだ数年必要でしょうが、これからが楽しみです。

 

思いの残った家

先日、とある初老のご夫婦の鑑定依頼をいただきました。

 

ご家族のことや経営されている賃貸アパートのことなど、あらかじめご相談内容はお聞きしていたので、それらのことを一通りお話してから、他にお聞きなりたいことはありますか、とお尋ねしました。

 

すると、もう築40年くらいになる自宅を新しく立て直したいのだが・・・

 

というお話。

 

お子さん達も結婚したり就職したりで家を出ていったし、夫婦二人には今の家は大きすぎるし、何しろ築年数も経っているから、今の家は取り壊して新しく耐震の家を建てたいとのこと。

 

そこで易を立ててみました。

 

すると、まず新しく家を建てることについては

 

澤水困 六三

 

方針が、

 

火山旅 初六

 

と、易は良い返事をしてくれません。

 

そこで時期も考えて、来年が良い、再来年が良い、3年後が良いと易を出してみましたが、どれも良い返事をしてくれない。

 

 

少々困ってしまい、今のまま住む、新築する、リフォームする、という3つの占的で易を立てたところ、新築するという占的に対して、

 

地澤臨 六三

 

という、とても激しい易が出ました。

 

地澤臨六三には

「甘んじて臨む。利することなし。既にこれを憂れば咎なし」

という言葉がついています。

 

つまり、お前は考え方が甘いから、何も良いことが無い。中止すれば悪いことは無いだろう、という意味。

 

師匠からは、「これで失敗したら監獄行きだ」と説明されたのをはっきりと覚えています。

 

なぜこれだけ激しい易で新築を反対するのだろうと思い、ふと頭に浮かんだ疑問をクライアントさんに聞いてみました。

 

「このご自宅はご主人が建てられたのですか?」

 

すると、「いえ、私の親父が建てたものです」とのお答え。

 

そこで私は、

「これはあくまでも私の推測でしかありませんが、このお家はご主人のお父様の強い思いが残っているように思われます。だからこそ、これだけ強い易で新しく建て替えることを反対するのでしょう」と話しました。

 

この話を聞いたクライアントさんは、

「そうかもしれません。家が大変な時に、大変な思いをして親父が建てた家なんですよ。いや、分かりました。では、耐震とか少しリフォームするだけにしておきます」とおっしゃってくれました。

 

 

こういったことは目に見えないことではあるし、このご自宅に対するご主人のお父様のお気持ちがどのようなものだったかなどは確かめようがありません。

 

しかし、目に見えないこともさりげなく教示してくれることも、これまで度々経験しています。

 

いつか、そんなお話の記事を書くこともあるかもしれません。

易が示す暗示

これは半年前くらいにあった話で、具体的な名称等は一切出さないということで掲載許可をいただきました。

 

以前の鑑定で、お嬢さんの結婚を見てほしい、という依頼をいただいたことがあります。

 

そのお嬢さんは、学生時代からお付き合いされている男性がいて、そのままゴールインされるそうです。

 

で、ご両親が娘の結婚についての鑑定を依頼に来られたわけです。

 

その時に出た易は

 

震為雷 初九

 

え? とは思ったのですが、これは出た通りのことをお話しておかなければと重い、この易の話をさせていただきました。

 

震為雷とはいわば地震であり、初九(つまり1番目のポジション)は本震を表します。

 

大きな地震が来て、みんながワ〜っと大騒ぎをします。でも、地震はそんなに長い時間揺れているわけではなく、すぐに収まってしまいます。

 

そこで大騒ぎしていたみんなも、な〜んだ、たいしたことなかったな〜、なんぞと話して大笑いする。

 

そんな意味のことが書かれています。

 

そして震為雷には「声あって形無し」という意味が強くあります。

 

結婚を占って「声あって形無し」ということはどういうことでしょう。

 

 

私はご依頼をいただいたご両親にこういうお話をしました。

 

「お嬢さんとお相手の方は結婚すると話しているかもしれませんが、この結婚話は、最後には消えてしまうのではないでしょうか。」

 

ご両親は

「そうですかね〜・・・本人達は結婚する気でいるようですが」

とおっしゃいました。

 

それから半年くらいした後で、このお嬢さんの結婚が正式に決まり、結婚式も挙げたというご報告をいただきました。

 

私はこの震為雷初九を思い出しながら、ふ〜ん、易も外すことがあるのかな〜・・・と、なんとなく腑に落ちない気分でしたが、事実は事実。

 

その時は私の立てた易が外れたと思わざるを得ませんでした。

 

 

が、それから三ヶ月くらい後、このお話のご両親を紹介して下さった以前からのクライアントさんから驚くようなお話を聞きました。

 

「実は××ちゃん(結婚したお嬢さん)、旦那さんと別居して離婚調停をしているそうです」

 

う〜ん、と唸ってしまいました。

 

易が言っていたのはこのことか!

 

震為雷=声あって形無し

 

まさにその通りの結果となってしまったわけです。

 

 

易の示す暗示に驚くことは数多くありますが、今更ながら背筋が震えるような思いをしました。