開運は自分を知ることから始まる 羽田一彦のブログ -25ページ目

易が示す暗示

これは半年前くらいにあった話で、具体的な名称等は一切出さないということで掲載許可をいただきました。

 

以前の鑑定で、お嬢さんの結婚を見てほしい、という依頼をいただいたことがあります。

 

そのお嬢さんは、学生時代からお付き合いされている男性がいて、そのままゴールインされるそうです。

 

で、ご両親が娘の結婚についての鑑定を依頼に来られたわけです。

 

その時に出た易は

 

震為雷 初九

 

え? とは思ったのですが、これは出た通りのことをお話しておかなければと重い、この易の話をさせていただきました。

 

震為雷とはいわば地震であり、初九(つまり1番目のポジション)は本震を表します。

 

大きな地震が来て、みんながワ〜っと大騒ぎをします。でも、地震はそんなに長い時間揺れているわけではなく、すぐに収まってしまいます。

 

そこで大騒ぎしていたみんなも、な〜んだ、たいしたことなかったな〜、なんぞと話して大笑いする。

 

そんな意味のことが書かれています。

 

そして震為雷には「声あって形無し」という意味が強くあります。

 

結婚を占って「声あって形無し」ということはどういうことでしょう。

 

 

私はご依頼をいただいたご両親にこういうお話をしました。

 

「お嬢さんとお相手の方は結婚すると話しているかもしれませんが、この結婚話は、最後には消えてしまうのではないでしょうか。」

 

ご両親は

「そうですかね〜・・・本人達は結婚する気でいるようですが」

とおっしゃいました。

 

それから半年くらいした後で、このお嬢さんの結婚が正式に決まり、結婚式も挙げたというご報告をいただきました。

 

私はこの震為雷初九を思い出しながら、ふ〜ん、易も外すことがあるのかな〜・・・と、なんとなく腑に落ちない気分でしたが、事実は事実。

 

その時は私の立てた易が外れたと思わざるを得ませんでした。

 

 

が、それから三ヶ月くらい後、このお話のご両親を紹介して下さった以前からのクライアントさんから驚くようなお話を聞きました。

 

「実は××ちゃん(結婚したお嬢さん)、旦那さんと別居して離婚調停をしているそうです」

 

う〜ん、と唸ってしまいました。

 

易が言っていたのはこのことか!

 

震為雷=声あって形無し

 

まさにその通りの結果となってしまったわけです。

 

 

易の示す暗示に驚くことは数多くありますが、今更ながら背筋が震えるような思いをしました。

 

水天需の日

先日の日筮(にちぜい・その日の運勢を示す易)は「水天需九二」でした。

 

水天需の大きな意味は「待つ」ということ。

 

はて、何を待つのだろう?

 

と思っていたのです。宅配で届くような荷物は頼んでいないし、来客の約束も無いし・・・

 

と、易を立てた時は考えたのですが、いざ当日にはそんなことは全く忘れていました。

 

が、お彼岸中だったので、浅草の観音様にお参りに行こうかなと、ふと思い立って、カミさんを誘いました。

 

「久々に浅草行かない?」

 

すると行くというので二人で出かけました。

 

以前、子供達が小さい頃は観音様にお参りがてら、花やしきに良く行ったものでしたが、子供達も成人して親が誘っても乗らなくなってしまい、家族で浅草に出かけることもすっかりご無沙汰していました。

 

観音様はもちろんですが、他にも個人的には外せないお社を幾つか参拝した後、昼食をどこかで食べようか、ということになりました。

 

 

と、この時思い出したのが、その日の日筮「水天需九二」。

 

あ、そうか! 

 

水天需には待つという意味の他に、食べ物という意味があったのを思い出しました。

 

そういえば師匠の水天需の占例に「血のしたたるようなステーキを食べた」というのがありました。

 

この場合は私の日筮とは違い、水天需の六四だったはずですが。

 

水天需六四の爻辞は「血に待つ」

 

そこで「血のしたたるようなステーキ」と連想されたのでしょう。

 

私の場合は九二で「泥に待つ」だったせいか、ステーキではなく天ぷらにしましたが。

 

これまた、子供達を連れてよく行っていた、大人の拳ほどもある大きなかき揚げが有名な天ぷら屋さんに入りました。

 

私の場合、毎日日筮を立てるのではなく、一週間分まとめて立てるのですが、一日を振り返りながらその日の日筮を考えてみるのも、易の楽しみの一つ。

 

この日のように納得できる場合もあれば、何を言っているんだかさっぱり分からないこともありますが、それはそれで楽しいもの。

 

易のと付き合いは、まだまだ続きそうです。

占いフェスで印象に残った女の子

先月7月7〜9日に原宿の表参道ヒルズで行われた「占いフェス」には多数のお客様がご参加くださり、関係者の一人として、御礼申し上げます。

 

私は最終日9日にだけ参加させていただいたのですが、一人5分という短い時間ながら、個人的にはなかなか楽しめたイヴェントでした。

 

以前からの知己の占い師さんの顔もちらほら見えていて、実力のある方たちが集まっているな〜、という印象でした。

 

9日一日で私は68名のお客様を鑑定したそうですが(事務局集計)、それこそあっという間に終わった印象です。

 

場所柄もあるのでしょうが、若い女性が多く、となればやはり相談内容は恋愛運。

 

今お付き合いしている人がいる方はこれからの二人はどうなるの?

今お付き合いされている人がいない方は、いつ頃素敵な方が現れるの?

 

私のように枯れたオッサンからすれば、皆さん元気が良くて誠にめでたい。

 

が、そんな中で一人、「私のこれからの人生、仕事はどうなりますか」という質問をされた女性がいらっしゃいました。

 

これは珍しいと、事務局で用意してくれたiPadで命式を出しながらお話させていただきましたが、少しだけ時間があったので、

 

「他に何か聞きたいことはありますか?」と質問したら、

 

「じゃあ、私の恋愛運はどうなっているでしょう」とのこと。

 

現在、お付き合いされている方はいらっしゃらないとのことだったので、易で近い将来の恋愛運を見てみました。

 

すると、出た易は

 

山風蠱 六四

 

え? なんだこれ? というのが、私の正直な感想でした。

 

山風蠱というのは、大変なことが起きた、一家の、あるいは一国の一大事が起こった。でも、跡を受け継ぐ息子が、後継者がきちんと始末をすればやがて良い方向に向かうだろう、というのが大雑把な意味。

 

でもその中でも、この六四はちょっと(いや、だいぶかな)違います。

 

「父の蠱を裕うす(ちちのことをゆるうす)」

 

とあり、大変なことが起こっているのに、何も手をつけないでぼ〜っと見ている。これではやがて何もかもダメになってしまうだろう、という意味です。

 

 

これをこの女の子の恋愛運に当てはめてみて私が言ったのは、

 

「もしかして、恋愛する気が無いの?」でした。

 

と、彼女はびっくりしたような顔をして、

 

「実は私、全然興味ないんです。そんなことも分かっちゃうんですか? すごいですね。」

 

そこで私は、

「このサイコロ(周易用)って、いろんなことを教えてくれるんだよ」

と話しました。

 

今時の若い女性には珍しい女の子だったので、とても印象に残っています。

 

今となっては生年月日も命式も忘れてしまいましたが、易だけは覚えています。

 

こんな判断が出来るのも、易の妙味ですね。