開運は自分を知ることから始まる 羽田一彦のブログ -13ページ目

易者の矜持

なんか、物々しいタイトルではありますが、この仕事を始めてからずっと感じていることがあるのです。

 

私の易者としての矜持(というほど崇高な気持ちな訳でも無いんですが)は、良いことも悪いことも正直にクライアントさんには話す、ということです。

 

 

実はこんな経験があります。

 

数年前、私は原宿のとある占い館に出ていました。

 

それまでは、講師として教える立場が長く、鑑定はごく身近な知人またはその紹介、程度にしかやっていませんでした。

 

 

が、私が講師をしていた会社で新しく鑑定所を開設するので、そこに出ませんか、というオファーをいただき、週に一日程度なら、ということで原宿の鑑定所に出ることになりました。

 

 

ある日、その鑑定所に若い女性二人連れのお客さんがいらっしゃいました。

 

今思えば、彼女たちはショッピングのついでに軽い気持ちで占いをやって、ちょっと盛り上がれば良い、くらいの気持ちでお立ち寄りになったのだと思います。

 

が、その時は私は思いっきり肩に力が入っていて、どんな些細なことでも真剣に鑑定して真剣にお話ししなければいけない、それがそのお客さんに対する礼儀である、な~んて思っていたんです。

 

それで彼女たちの一人を見たところ、ちょっと心配なことが見受けられましたので、それも正直に話しました。

 

すると、それまで二人で笑いながら話していたのが、急に暗い顔になって不機嫌な様子で、もういいです、と料金だけ払って出て行かれました。

 

え? なんで? 心配な事があったから話したのに、それでなんで機嫌悪くなるんだ?

 

とその時は思いましたが、今になって思い出してみると、彼女たちにしてみれば、軽い気持ちで占ってもらって話しのネタ程度になれば良いと思っていたのでしょう。

 

それが、思いがけずネガティブな話をされて気分を害されたのだと思いますが、その頃の私には、そんな心の余裕はありませんでした。

 

 

それからしばらくして、その占い館は撤退したので、私もそれからは鑑定所には出ずに、人の紹介だけで鑑定するようになりました。

 

 

今は電話占いにも時々出演していますが、紹介されて来られた方、あるいはわざわざ電話鑑定を依頼される方には、お遊び感覚で気軽に占いやってもらおう、という方はほとんどいらっしゃらいません。少なくとも、私はそういうお気軽な鑑定依頼は受けていません。

 

 

人それぞれの考え方もあるし、鑑定を依頼されるクライアントさんも様々な方がいらっしゃるので、そこは臨機応変に対応すれば良いと思うのですが、私の場合はクライアントさんには良いこと、悪いこと、全て正直に話すべきだと思っていますので、今のようなスタイルが合っているのでしょう。

 

その場限り、その時限りでクライアントさんにとって心地よいお話をして、気持ちよくお帰りいただくのも一つのスタイルだとは思うのですが、私にはそういうスタイルは向いてないようです。

 

算命や四柱推命で使う星を見ても、不器用な星が強いですから、こればかりはどうしようもないようです。

 

子は鎹

相性とはなんであろうか、と、ふと思うことがありますが。我々のような仕事をしている方なら、お客さんからの質問として聞かれることは多いでしょう。

 

「彼との相性はどうでしょう?」

「私とあの人とは相性良いでしょ?」

 

などなど。

 

一般的には「相性」というのは、二人の(あるいは複数かもですが)の人間が交際する際に、気が合うという状態を指すのであろうと思います。

 

お互いに気があう、とか、痒い所に手が届く、などと感じられるようであれば、相性が良いという関係になるのでしょう。

 

卜占で、この「相性」を占う場合は、まあこんな場合を意味すると思うのですが、算命において相性を見る場合は少々、趣きが違います。

 

算命における相性とは、一般的な言葉で言えば「縁がある」という状態を指すように思われます。

若輩者が何を言うか、と言うお叱りは謹んで承りますが、これまで私が学んできた算命の技術、およびこれを使ってお客さんに質問を受けたことを振り返ってみますと、一般的に相性が良いと言われる状態だけでなく、相性が悪い、と言う状態も算命では一つの相性と見ることがあります。

 

同じく干支を使う技術に四柱推命がありますが、四柱推命で見る相性と、算命で見る相性では見る観点が違います。

算命の場合は、まずはお互いの干支、生年月日を干支に変換して出てくる3つの干支をお互いに比べてみて、その間にどういった関係性があるのか、をまず見ます。

 

特に夫婦になるとか、親子といった、深い関係の間柄の場合は、大抵はこの二人の間には絡み合うような関係性が見受けられますが、ごくたまに、この関係性が全く見られない場合があります。

 

しかし、夫婦の場合は、二人が出会った時点での後天運も考慮に入れることがあります。

 

宿命の干支だけで見た場合は全く絡み合いが無い(つまり縁がない間柄)のに、夫婦になっていると言うケースも時々見られます。

 

この場合は二人が出会った時点での干支、つまり大運と言われる、特定の10年間だけ巡る干支や年運と言う1年間だけ巡る干支を加えてみた場合、ここに縁が生じることがあります。

 

 

私の古くからの友人夫婦が、まさにこの関係でした。

 

宿命では二人の間に何の絡みも無いのに、なんで結婚したの? と最初は思っていました。

 

私が知り合った頃は夫婦二人だけで子供もいませんでしたが、何故この二人が結婚したのか、私には理解できませんでした。

 

が、ふと、後天運をみたところ、二人が知り合った時点の二人の大運を加算してみると、ここに干支の絡みが出てきたんですね~

 

なるほど! これか! とっても大きな発見をしたような気持ちになりましたが、ふと冷静になって考えてみると、もうすぐこの絡みが生じる大運が終わっちゃうことに気づきました。大運というのは、一定の10年間だけ作用するので。

 

 

となると・・・

 

う~ん・・・

 

 

算命を探求する身としては、これからこの二人がどうなるのか興味津々だけど、友人としては夫婦どちらとも仲の良い友人なので、最悪の事態は避けて欲しいし・・・

 

な~んて私の密かな悩みは、それから一年もせずに解消してしまいました。

 

 

 

二人の間に子供が授かったのです。

 

で、この子の生年月日の干支を見てみたら、お父さんともお母さんとも絡みのある干支を持っていた子供だったのです。

 

 

つまり古からの諺「子は鎹(かすがい)」とは、まさにこの二人の為にあるようなもの。

 

 

本来は絡みの無い、つまり一般的には「縁のない」二人だったのが、間に子供が入ることによって繋ぎ止められた、と言うことでした。

 

 

 

ちなみに、夫婦と恋人の違いって、何かご存知でしょうか?

 

算命ではこの二つを全く違うものとして区別して考えます。

 

時間に余裕があれば、近々算命講座を開こうと思っておりますので、よろしければご参加ください。

医者は相性

私事ですが、昨年、ふとしたことがきっかけで、数十年ぶりに身体検査を受けました。

MRIと言うのでしょうか。レントゲンを大きくしたような機械に身体中をスキャンされた挙句、「泌尿器科のドクターのところへ行って下さい」と言われました。

 

はぁ? 泌尿器科?

 

加齢のせいか、夜中にトイレに行くことはあるけど、どこにも自覚症状は無いしな~

と思いながらドクターの待つ部屋に行くと、私のスキャン画像を見ながら、「このままでは腎不全になるからすぐに手術しましょう。腎臓の脇に大きな石があります」とのこと。

 

ドクターによれば、この石は今は何も悪さをしていないかもしれないけれど、早く除去してしまわないと腎不全の危険性があります。そうなったら人工透析になってしまいますよ、と言われます。

 

自分の干支を考えれば、確かに私の宿命は水性が多いので、腎系が弱点ではあるのは確かです。

 

 

が、ドクターは、じゃあ手術はいつにしましょうか? などとせっついて来る。

 

でも、私も易者の端くれ。易を立てずに手術するなんてことは出来ません。

 

 

で、ドクターに「ちょっと待って下さい。私は一人で仕事してますし、いきなり手術と言われても、そんなにすぐにスケジュール変えられませんよ」と言うと、

じゃあ2週間後にもう一度来院してもう一度検査しましょう、と言ってくれました。

 

 

そこで帰宅して早速易を立てて見ました。

 

細かい易は省力しますが、「手術しなくて良いように」と言う易に

 

風雷益 初九

 

と言う易を得たので手術はしないことにしました。

 

風雷益という卦(か)は、その名前の通り、利益を意味します。それも初九というポジションの場合、この風雷益の中でも最も強い利益を意味します。

 

「用て大作を為すに利あり」

と易経には書いてあります。

 

つまり、大きなことが出来る。そして大きな利益を手にできる、という意味です。

 

この場合、「手術しなくて良いように」と言う占的なので、手術をしないことが「大作を為すに利あり」なわけです。

 

で、一年経った今でも、健康で過ごしています。ただ、食事が美味しくてすぐに肥ってしまうのが困りものです。

 

 

これは師匠が良く言われていたことで、以前にもブログにも書いたと記憶しているのですが、「医者は相性が良くなければダメだ」と口を酸っぱくして言われました。

 

その実例も多く話してくれました。

 

○○大学病院の有名な先生だから、と内耳の手術をされた老婦人が、治るどころかかえって悪くして耳鳴りがひどくなってしまった話は、今でも記憶に残っています。

 

「易は止めろと言ってたんだ。それを医者と亭主に押し切られて手術したんだ。結局易の言う通りになっちまった。可哀想に」と。

 

 

こんな例をいくつも聞いていると、医者との相性、病院との相性というのは確かにあるのだなと納得します。

 

また、「医者は病気を作りたがるからな、注意しろよ」とも言われました。

 

 

私の例でも、まだ若い身空で乳癌が見つかった女性の相談がありました。

 

そこで、彼女の自宅から通いやすい病院を幾つか探してもらって、それぞれに易を立てたところ、都内のとある病院が一番良かったので、ここを勧めたところ、乳癌専門の腕の良い若い医者と出会えて、無事に手術も終えられました。

 

術後の経過も順調で、すっかり元気になられたので、私も一安心。やはりこちらにも責任がありますからね。

 

 

またある方は、胸に影があるから除去しましょうと言われ、医者の帰り道に私に相談に来られました。

 

そこで易を立てたところ、どうも悪いものでは無さそうだし、手術の必要も無いように思われました。

その旨を話したところ、本人は納得してくれたのですが、家族の猛反対に遭って、結局手術しました。

 

が、その結果は・・・

 

 

その影の部分を除去して検査してみたら悪い作用はしないと思われます。良かったですね。

と一件落着。と思ったのですが、退院してからずっと、手術したところが痛むし、体力も落ちたようだし、手術しなければ良かったです。

 

と言われましたが、こればかりは私に言われてもどうしようもありません。

 

 

 

易の言うことには素直に従っていた方が良さそうです。