開運は自分を知ることから始まる 羽田一彦のブログ -15ページ目

四柱姓名

「四柱姓名」という、この記事のタイトルを見て、

 

ん? と思われるかもしれませんが、このタイトルは間違いではありません。

 

これは私の神様事の師匠、金井南龍が考案した、四柱推命と姓名判断を合体させたものです。

 

技術的なことはここには書けませんが、これを初めて知った時は思わず膝を叩いてしまいました。

 

 

 

私も多少は姓名判断を学んだのですが、ずっと疑問に感じていたことがあります。

 

同じ名前を持っていれば同じ運命になるとはどうしても思えず、この点では姓名判断は、やはり命占には及ばないのでは無いかと言うことです。

 

 

しかし、この四柱姓名を使えば、同じ生年月日でも名前が違えば出る星は違う、または名前が同じでも生年月日が違えば運命は違うことになります。

 

 

また、この四柱姓名という技術を使えば、生まれた時に与えられた名前から出した星、生年月日から出した星を見た場合、自分にとって欲しい星が無かった場合、芸名のように仕事上で使う名前では、自分の欲しい星を付けることも可能となります。

 

 

例えば文筆家になりたい場合は「文昌貴人」が出るような名前、芸能界で活躍したいのであれば「紅艶」が付くような名前を考えるなどです。

 

 

こうした「神殺」と言われるような星だけではなく、四柱推命や算命で算出する通変星(算命では十大主星)や十二運星さえも変えることが出来ます。

 

私の占術家としての名前、「羽田一彦」は占術家としてどうしても欲しい星が全て揃った名前を、と考えてつけた名前で、本名は全く違います。

 

 

 

でも、これが本当に効果があるのか、と疑問に思われるかもしれません。

 

これに関しては金井南龍師が、御神霊に問うてみたところ、この方法は、その人間の80%を表しているとのご託宣をいただいたそうです。

 

 

 

『ところで、南龍の『四柱姓名』の信用度なんだが……その前に生年月日時から星を割り出す四柱推命の作用度が、神界からみて、どのくらいのものか、剣姫様におうかがいしてみてくれないか。本人が自分の四柱推命の星を知ろうが知るまいが、そんなことには関係なしにな……」

 「………」祈りに入る。

 「?」 どんなお告げが出るであろう。

 「二〇%ですって」

 「まあ、そんなところだろうな。それでは南龍が、今度はじめた四柱推命式姓名学の方の作用度は?」

 「・・・」、剣姫様!うんと辛いパーセントをつけて下さい。

 「八〇%ですって」

 「へえ!そんなに作用してるものなのかネ!そうなると、名前は仇やおろそかには出来ないということにもなるらしいね」

 「自分の星を知って、その上で行動や生活をすれば、もっと効率は高いともおっしゃったわ」

 「こりゃあ! えらいことになりそうだ!」』

 

—— さすら19号「御蠱の蠱神(その四)」より

 

 

いつかこの「四柱姓名」のセミナーも開いてみたいと思っています。

無双原理・易ー実用弁証法ー の紹介

 

 

私が持っているのは1975年発行とあるので、かなり版も古いのですが、今は装丁も新しいのがあるはずです。

 

この本の著者、桜沢如一(さくらざわじょいち、またはゆきかず)は明治生まれの人で、少年~青年時代は病弱だったが、明治の軍医、石坂左玄が唱えた食養法によって健康を取り戻し、この研究と普及に努め、今では「マクロビオティック」と言われる生活様式を確立した人です。

 

マクロビオティックというと、単なる食事法とか、ひどいのになるとダイエット法と勘違いされていることが多いようですが、これは生活様式であり、生き方であり、食事法はその一つの応用に過ぎません。

 

そのマクロビオティックの原理を説いたのが、この『無双原理・易ー実用弁証法』です。

 

 

私も最初は占いの本かと思って読み始めたのですが、全く違いました。

 

が、この本は占いの技術書などをはるかに凌駕するとんでもない内容でした。しかし、占術、特に東洋系の占術を学びたい方にとっては必読書では無いかと思います。

 

これは卜占、命占を問わず、です。

 

 

この本のタイトルにある、無双原理とは、宇宙を貫く根本原理であり、それは陰と陽のことです。

 

易で使う、あの陰陽です。

 

 

 

巻頭にはこのような言葉が書かれています。

 

「人はダレでも幸福である。そしてその精神的健全(徳)と肉体的幸福(健康)は根本世界原理ー生命人生大自然の根本原理に関する発明自得理解の深さと体験の方向に正比例する。だから幸せでなかったらその人の罪、無知、無理解である。易はこの根本世界原理を簡素平易な言葉『陰陽』の二字(或は符号)で我々に教える」

 

「帝王の書、易は広大悉く備わる。それは『宇宙の秩序』、万物が不断に展開し転換してゆく原理である。つまり『無常』のメカニズムを教える。

易は古今無双千古不滅の『無常』の根本原理である。だから唯一無双の恒常の原理である。

それは哲学と科学を一貫し総合する。易は実に『真理』の本体である。

それは現在の東西相剋、東西文明の正面衝突、空前の全人類の不安と恐怖を最高の総合文明に展開せしめる方法を示す。

易はあらゆる思想と行動と技術に最高の審判を与える。

易は日と月のめぐる如く、めぐりめぐり、狂うコトなく正しくしかも何よりも『易しい』転換の原理である。」

 

 

 

いわゆる占いとしての易ではなく、易の根本的な原理(陰陽)と、その科学的な応用の一部について書かれています。

 

そして、この原理を最も理解していたのは老子と西遊記の作者であろうと桜沢如一は書いていますが、奇しくも私も算命の師匠に「老子と西遊記は読んでおきなさい」とかつて言われたことがあります。

 

古色蒼然と見える易、そして陰陽の原理の理解を助けるためにも、占いとしての易をより深く探求するためにも、この一冊、そしてこの他にも沢山書かされいる桜沢如一の著作は、今なお輝きを失っていないのでは無いかと思うのです。

 

 

興味のある方は、是非探してみてください。

 

神仏への参拝

以前のブログでも、神仏への信仰、帰依は大事だと書いたかと思うのですが、ではどこの神仏へお参りしたら良いのかというと、人それぞれ、と言うしか無いのですが、まずはご自宅に神仏がお祀りされているのであれば、それに手を合わせるのが始まりでしょう。

 

私が神仏との縁をいただいたのは二十代の頃でした。

地元では有名だった私の師匠(易の師匠ではありません)の所に縁があって顔を出すようになったのです。

が、この師匠に言われたのは、「神仏だからと言って、どこでも構わず参拝するんじゃ無い」ということでした。

これは自分に縁のある神仏にも系統のようなものがあるからのようです。

 

私は師匠の命で毎月、地元の氷川神社に参拝しているせいか、各地にある氷川神社は大抵とても良い気分で参拝できます。

最近行き始めたのは元麻布と赤坂の氷川神社で、どちらもとても良い気分に浸れます。

 

 

私の生徒さんはある仏様に縁が深いらしく毎月お参りしているのですが、この仏様は私には縁が無いのか、一度参拝に行ったけれど、何も感じるものがありませんでした。

 

でも、ある意味有名な仏様なので、その後も何度か参拝しようと思ったのですが、何故か用事が出来てしまい行けません。

 

私は自分が参拝する時も、生徒さんやお客さんに参拝をお勧めする時も、易を立てて縁の有る無しを見てからにしています。

 

そこで、この仏様への参拝について易を立ててみても、行きなさい、というような易は出ませんでした。ですから、この仏様は私には縁が無いのでしょう。

 

 

でも、ただご利益だけを求めて神仏に参拝しようとしても長くは続かないようですし、神仏の側でもどう思われているのでしょう。

 

確かにご利益は信仰に入るきっかけではあるかもしれませんが、恩頼(みたまのふゆ・神仏からのご褒美)はどんな形でいついただけるか分かりません。

が、どんなに苦しいことがあってもどん底にまでは落とされることは無い、という安心感のようなものは自分の中に出来てくるように思われます。

 

そして、これは一般的ではありませんが、私のように人から相談を受けるような仕事をしている場合、自分の中に信仰というか、清めてくれるもの、いざという時にすがるものが無いと怖いのです。

 

これには実例、というか実際に怖い事象を経験しています。とてもブログに書けるような内容では無いので詳しいことは明かせませんが、目に見えないもので仕事をしている場合、自分の中に一つでも柱になるものが無いと、とても怖いです。

 

もし皆さんが、どこかの神仏に参拝したい、あるいは縁の有る無しを知りたい、というのであればどうぞご連絡ください。

一般の鑑定と一緒にご相談お受けいたします。

 

鑑定のご予約は kaz.hata⭐︎gmail.comまで

(⭐︎は@に変えてください)