『養生訓』 天地陰陽(巻二68)前編 | 春月の『ちょこっと健康術』

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おてがるに、かんたんに、てまひまかけずにできる。そんな春月流の「ちょこっと健康術」。
体験して「いい!」というものを中心にご紹介します。
「いいかも?」というものをお持ち帰りくださいませ。

「天地の理(ことわり)において、陰陽は、陽が一で、陰は二である。水は多くて、火は少ない。水はかわきにくく、火は消えやすい。人は陽に属して数少なく、鳥獣虫魚は陰に属して数が多い。こうしたことからわかるように、陽は少なく、陰は多いということは、自然の理である。少ないものは貴く、多いものはいやしいとされる。君子は陽の類で少なく、小人は陰の類だから多い。易道は、陽を善として貴く、陰を悪としていやしみ、君子を貴び、小人をいやしむのである。

 水は陰に属している。暑い季節には、水を減らすようにしたいが、ますます多く生じるものだ。寒い季節には、ふやしたいのだが、かえって枯れて少なくなる。春夏は陽気が盛んであるから、水が多く生ずる。しかし、秋冬は陽気が衰えるために、水は少ないのだ。

 血は多く減っても死なないが、気が多く失われるとただちに死んでしまう。吐血、刀傷、産後の出血など、陰血をたくさん失った者に血を補うと、陽気が余計に減って、反って死ぬことになってしまう。気を補えば、生命を保つことができて、血も自然と生じてくるものだ。

 古人も「血脱して気を補うは、古聖人の法なり」という。人身には陽が常に少ないから貴く、陰は常に多いのでいやしい。だから陽を貴んで盛んにし、陰をいやしんで抑えなければならない。

 元気がいきいきと生じていれば、真陰もまた生じてくる。陽が盛んであれば、陰も自然に成長する。陽気を補えば、陰血もおのずと生じるはずである。

 もし陰の不足を補おうとして、地黄(じおう)、知母(ちも)、黄柏(おうばく)などの、苦味寒性の薬を長いこと服用すると、元陽を損なって、胃の気が衰え、血をつくることもできなくなり、陰血もまた消えていくことになるだろう。

 また、陽の不足を補おうとして、烏附(うぶ)などの毒薬を使用すれば、邪火を助長して、陽気もまた同時になくなってしまうことになる。これは陽を補うことにはならない。」


この「天地陰陽」の一文は長いので、前後2編に分割しました。


古代中国の自然科学、天文学、哲学、宗教学、医学、数学、地理学、歴史学などを網羅した、いわば百科事典のような経典に『易経』があります。その『易経』の基本となる考え方が「陰陽五行」で、「陰陽」は中国古代から続く考え方の一つであり、「五行」と結びついて、宇宙・地球・自然・生物、森羅万象すべてを説明する基本理念となりました(詳しくは→東洋医学講座 No.2 No.3 No.4 No.5 )。


数字を陰陽に分けると、奇数が陽で、偶数が陰です。そして、火が陽、水が陰、天が陽、地が陰、太陽が陽、月が陰、太陽の当たる場所を陽、当たらない場所を陰…なんていう具合に、世の中にあるものすべて分類することができます。このように、本来「陰陽」はどっちがいいとか悪いとかではなく、相対的な関係です。「陽を善として貴く、陰を悪としていやしみ」というのは、『周易』の「貴陽賤陰」という考え方のようなので、ここで言われている「易道」は『周易』の道理を指しているものと思われます。


気は、森羅万象を形づくる基本物質であり、その機能でもあります。人体もその例外ではなく、人体の生命力を支える気を「元気」といい、腎精として蓄えられてもいるものですが、その元気が尽きたとき、人は死を迎えます。一方、血は気からつくられるものであり、不足すれば気が血に変わります(詳しくは→東洋医学講座 No.23 )。したがって、「血は減っても死なないが、気が減ると死ぬ」という解釈になるんですね。気と血を陰陽に分類すると、気が陽、血が陰ですから、陽気・陰血となります。


地黄(じおう)は補血・強壮・止血、知母(ちも)は解熱・鎮静・消炎、黄柏(おうばく)は解熱・健胃・整腸の薬です。いずれも苦味で寒性であるため、長期間服用すると身体を冷やし、陽気を損傷します。烏附(うぶ)とは、おそらく烏薬(うやく)と附子(ぶし)のことでしょう。烏薬は辛味・温性で興奮・健胃・鎮痛、附子は辛苦味・熱性で強心・鎮痛・利尿の薬です。作用が強いので使い方には注意が必要とされます。


『養生訓』の原文はこちらでどうぞ→学校法人中村学園 『貝原益軒:養生訓ディジタル版』


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