■北陸

 石川県にある、松井選手の記念館に行きました。

松井は努力の天才だと高校の監督が言った言葉ですが、

甲子園の頃から知っている松井の印象は華々しさが少ない選手、

と言ったイメージでした。


 甲子園では全打席敬遠、

入団会見では鳴り物入りで入団したにも関わらず、

一軍に上がれるように頑張ります、

と言った控えめな発言。


 しかし、今にして思えば

このときの発言がすでに松井自身だったようにも思います。

現在の松井の印象はよく耐える人、

しっかりと地に足をつけた人、

と言った印象が強くなりましたが、

そのルーツがこの記念館に行きわかるような気がして帰ってきました。


 そして、季節物でしたので、

越前ガニもいただいてきました。

あいにく、日曜日は三国のかにまつりが中止?だったので、

近くのお店でカニだけいただいて帰ってきました。



趣味とお酒とお金とグルメと読書

■不動産経営

 友人に勧められて、この本を読みました。

数多くある不動産関連の本の中でもとても良い本だと思います。

実用的であり、人間心理をお互いに良い方向で活用する考え方が

この本に書かれています。


 不動産経営を始める前でも、始めた後でも、

読んで損はない本です。

不動産経営は買うことも大事ですが、

管理することと、満室にすることの重要性と

その方法について、著者の経験が書かれていました。


アパ・マン137室入居率97.4%の満室経営バイブル/今田 信宏
¥1,575
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■手稿

 レオナルド・ダ・ヴィンチは数多くの手稿を残したのですが、

そのひとつにアトランティコ手稿と言うものがあります。

手稿はダ・ヴィンチが生涯に残したノート書きのことで、

アトランティコ手稿は当時、地図を書くのに使用された、

アトランティコと呼ばれる紙を使用したために、

この名前がついたと言われております。


 豊橋に吉田城と言う城があるのですが、

ここに行った際に市民が作った芸術品か何かの展示があり、

その中にアトランティコ手稿に載っていたものを再現したと言う展示がありました。

これを見て、一度アトランティコ手稿を見てみたいと思って

いろいろ探しておりましたところ、

DVDと本がセットになっており、

DVDの中に3Dモデルでデッサンを再現したものを収録したという

本を見つけて早速購入しました。


 それがこれです↓

レオナルド・ダ・ヴィンチ アトランティコ手稿/マッシミリアーノ・リザ
¥4,500
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 個人的にはこの本の無機質な感じがよかったです。

ダ・ヴィンチは芸術家のイメージが強いですが、

軍事用の兵器などもかなりの数を考案していることも

この手稿でわかります。

■吉川広家

 この人は毛利家の家臣で、

吉川元春の子供ですので、

毛利輝元の従兄になります。


 この人は子供の頃からうつけと呼ばれ、

吉川元春を困らせていたようです。

広家が豊臣の人質になった際に一緒だった、

叔父の小早川元総とはウマがあったようで、

人質から戻った後も小早川家には結構出入りしたいたと

言われております。


 小早川元総は毛利元就の子供ですが、

兄の小早川隆景の養子となっており、

この頃は小早川家にいましたので、

そこで吉川広家は小早川隆景とも会っていたと

思われます。


 吉川広家は関ヶ原の合戦の重要人物で、

毛利元就が西軍の総大将に担がれたときに、

激怒して東軍に寝返る約束をしたことで有名です。

このとき、毛利軍は総大将として最後尾の山の上に布陣しておりました。

これは兵法の常道なのですが、

このことが西軍の悲劇となりました。


 毛利家の先鋒は吉川広家隊であり、

その後ろに毛利本隊とこの合戦の積極派である

安国寺隊が控えておりました。


 毛利軍は山に布陣しているため、

狭い山道で軍が前進するためには

先鋒の吉川隊が動く必要がありました。

しかし、戦闘が始まっても一向に動く気配のない

吉川隊にしびれを切らした安国寺隊から

再三の使者が来ましたが、

このときに吉川広家は応じずに、

結局毛利軍が動くことはなく、

関ヶ原の合戦は幕を閉じました。


 このときの吉川広家の行動の根底には

家康が負けたらせっかくまとまりかけた天下が

また乱れてしまうと考えたと言われております。

これは従兄の毛利輝元でも、

幼い秀頼でも石田三成でも天下はまとめることができず、

家康のような老練な武将が必要だと考えたと思われます。


 この思想は小早川隆景が中国大返しの際に

秀吉を追撃しなかったことに似ております。

このときの吉川広家の決断に大きな影響を与えたのは

人質から帰ってきた際に頻繁に出入りしていた小早川家の

正に小早川隆景の思想なのではないかと考えたりしてしまいます。


■和牛
 和牛ですぐに名前が挙がるのが、
松坂牛、神戸牛などかと勝手に思っておりますが、
この伊賀牛もなかなかのおいしさです。

 伊賀牛は松坂牛と同じ三重県のお肉ですが、

松坂牛が但馬牛等の他の地域の子牛を買ってきて飼育するのに対し、

伊賀牛は伊賀牛から生まれます。

ちょっと回りくどかったかも知れませんので補足します。

松坂牛は処女牛を言いますので、

松坂牛から松坂牛が生まれることはないです。

それは、子牛を産んだ時点で

それまで松坂牛だった牛も松坂牛ではなくなってしまうからです。


 それらの経緯から伊賀牛は

結構安定しておいしいように感じます。

松坂牛は松坂のお肉屋さんで買うと

ものすごくおいしいのですが、

他の地域のデパートで買った時に

あまりおいしいと感じませんでした。

本当にこれが理由かどうかはわかりませんが、

2002年頃から格付けに関係なく

松坂牛と名付けて良くなったことが影響しているのかも知れません。


 ただ、松坂の朝日屋さんで購入した松坂牛は

とてもおいしかったのを記憶しています。


朝日屋さんのホームページ↓

http://www.asahiya.net/


 話を戻して伊賀牛ですが、

伊賀牛は伊賀に行くとほとんどの焼肉屋さんで食べることができます。

個人的には伊賀牛はすき焼きに向いているように思います。

関西風のすき焼きにして食べると、

肉の深い味わいがしみてきます。



三重県 肉の横綱 幻の「伊賀牛完熟カルビ(証明書付) 」
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■沼津のお寿司

 沼津港の中にお寿司屋さんや

魚屋さんがたくさんあるのですが、

そのうちの一軒にふらりと行ってみました。


 このお店はカウンターが10~15席位あり、

テーブル席が4、5テーブルあり、

2階に座敷があるような感じでした。


 ネタはさすがに港にあるだけのことはあり、

新鮮でした。

お寿司はとてもおいしく、

最初は地魚のおまかせ2500円を食べたのですが、

他にもいろいろ食べてみたくなり、

いくつかのネタを注文してみましたが、

その中でも赤貝がおいしかったです。


 価格はお酒を飲まずにお寿司だけ食べて、

約8000円/人でした。

安いとも高いとも言い難い値段でした。

たまの贅沢にはいいかなぁ、

と言う感じのお店です。


 また、余談ですが、

ここのお寿司屋さんのカウンターに水が流れており、

何かなぁ、と思ってお店の人に聞いたところ、

手を洗うための水なのだそうです。

どうも、昔は結構そういう設備を備えつけている

お寿司屋さんがあったそうですが、

最近ではめっきり珍しくなったそうです。

私は初めて見たので、

結構新鮮な感じでしたが、

中には懐かしいと言う方もいらっしゃるのかと

思いながら見ていました。


 もうひとつ余談ですが、

沼津の漁港は土曜日が休みで、

日曜日は営業するみたいです。

お店の人が言うには、

沼津でセリをしたものが、

次の日に築地に並ぶため、

日曜日が休みの築地に合わせて、

前日の土曜日に休みになるのだそうです。


ヤフーグルメの紹介ページ↓

http://gourmet.yahoo.co.jp/0004834209/

■五大老

 この人は秀吉政権下で

徳川家康、前田利家、毛利輝元、宇喜多秀家

そして小早川隆景が五大老として任命されておりました。

上杉景勝は小早川隆景が死んだ後に五大老に加えられました。


 こうしてみると、

小早川隆景だけが元々は大名では無く、

毛利家の家臣です。

これは本能寺の変で信長が暗殺され、

秀吉の中国大返しの際に追撃をするべきとした、

吉川元春らに対し、

安国寺恵瓊と小早川隆景は追撃に反対しており、

特に小早川隆景はここで秀吉をうち滅ぼしてしまえば、

天下がまた乱れてしまい、

戦国の世が長く続いてしまうと言った趣旨のことを主張したと

言われているようです。


 実際には滝川一益のように北条氏の激しい追撃にあい、

領地をすべて奪われて命からがら戻ってきた武将もいたので、

このときに秀吉が毛利の追撃を受けていたら

明智光秀を打ちとるどころの話ではなかったため、

そのことに恩義を感じた秀吉の計らいと信頼が、

小早川隆景の五大老入りだと思われます。


 この頃の戦国武将は戦乱の世が長く続いたせいか、

歴史の変わり目で度々、平和志向の決断が見られます。

特に毛利家にはその感が強く、

吉川広家がのちの関ヶ原の合戦で、

その考えを基に行動しているようにも思えなくもないです。


 次回はぜひその辺を書ければと思います。

■従順ならざる唯一の日本人

 この人の話を読んでいると人間の大きさと言うか、

自由奔放に生きる大変さのようなものと、

豪快で痛快で愉快な日本人がいたのだと、

つくづく思ってしまいます。


 「GHQにNoと言った男」

「マッカーサーを叱りつけた男」

「不自由な日本語と流ちょうな英語を使う男」

戦後の占領下の日本で、

「従順ならざる唯一の日本人」

などなど、

白洲次郎と言う人を形容する言葉に事欠かない様子。


 その中でも、

特に私が好きな形容は

「風の男」

です。

風のようにさわやかに、

時には嵐かも知れませんが、

そのように生きた人なのではないかと思います。


 白洲次郎の伝記的な本が、

青柳恵介が書いた


「風の男 白洲次郎」


です。


風の男 白洲次郎 (新潮文庫)/青柳 恵介
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■赤ワインときりたんぽ鍋と中トロ

 最近、秋田に行ってきりたんぽを食べた友人が

きりたんぽ鍋を作ってくれました。

私は最近お気に入りの魚屋で購入した中トロと

赤ワインを持参してのみに行きました。


 きりたんぽ鍋は細切りにした野菜と鶏肉、

仕上げにきりたんぽを入れて完成なのですが、

だしに使用した比内地鶏のスープ(市販品)が

非常によくきいており、おいしくいただきました。


 アツアツのきりたんぽをほおばりながら、

スープを堪能できて、身体もあったまり、

今年の鍋開きに最適でした。


 中トロも安いのですが、

とてもおいしく、これも一気に食べつくされる人気でした。


 そして、あまりこれらの料理には合わないかと思っていた

赤ワインですが、意外にもおいしくいただくことができました。

もちろんその場が楽しかったことも、

多少のスパイスとなっていることと思います。


 そのワインがシャトー・トゥール・オー・コサンというワインでした↓

http://www.pieroth.jp/jp/action.html?fuseaction=product.producer_list&producer=64  

■上海蟹

 上海で上海蟹を食べてきたのですが、

これはとてもおいしかったです。

今の時期はオスとメスの両方が楽しめる時期だそうです。

1つ100元位でしたので、

店員さんが剥いてくれると言うサービスはなかったため、

一緒に行った人たちはめんどくさがって、

あまり食べていなかったようです。


 一緒にいた香港人は相当に上海蟹が好きみたいで、

香港に帰るたびに段ボールに蟹を詰めて帰ると言っていました。

その香港人に食べ方を教えてもらいました。

どうも、あの上海蟹の細い脚は殻ごと噛んで、

口の中で身を吸い出すように食べるみたいです。


 早速実践すると以外に簡単で、

すぐにその方法で食べられるようになりました。

基本的に料理全般としては広州の方がおいしいですが、

上海蟹は別格でした。


 ただ、中国で中華料理を食べるたびに

中国で食べるより日本で食べた方がおいしいと
感じてしまいます。


 また、余談ですが

香港人に対して中国人と言うと

少し機嫌を悪くして、中国人ではなく香港人だ

と言われてしまいました。