そら


          暮れ色の

          空から

          あした必要な

          優しさを

          すくいあげる


暮れ色の空は、
どの時間のどんな空よりも優しい色をしています。
その色は「美しい」というよりも「おごそかな」という
表現がふさわしいように思えて。


きれいな暮れ色を見つけたら、
ふと、今日の自分をふりかえってみたくなります。
問いかけるのは、心にもっている「優しさ」について。


「今日の私は優しい人だった?」
「あしたは、誰にどんなふうに優しくできる?」」


夕暮れは、「あした必要な優しさ」を心に充電する、
わずかだけれど、特別な時間なのかもしれません。


もしも今日、

あなたがきれいな暮れ色の空を見つけたら。
それはとても幸運なこと。


明日はきっと、

今日よりもっと、優しい人になっているはずです。



写真:Foujitaさん  Perfumed Garden Annex

fo-si-zunn


          そらを飛ぶ
          鳥でなくとも
          ほこらかに
          大地の、鳥
          であること


夢に向かって行動を起こすことが「飛ぶ」ことだとすれば。
長い人生の中では、飛べるときと、そうじゃないとき。
飛ばなくちゃいけないときと、飛んではいけないときがあ
るように思います。


仕事を辞めて、初めての育児に戸惑っていた頃。

私はよく、「飛ぶこと」について考えていました。
幸せなのに、飛べてない自分を感じたり。
もう飛べないような気がして、理由もなく焦ってみたり。


「飛ぶこと」だけが重要なことではなくて、そのときどきの
空の眺め方がある。そんなことに気づいたのは、かなり
時間がたってから。


自由な空に憧れる気持ちも、飛ぶ方法も、きっと人それ

ぞれだから─。
「空は飛ばない」とか「遠くまで飛ばない」という選択が
あってもかまわないのでしょう。


たとえばにわとりのように、飛ばない鳥たちに目を向けて
みると、二本の足でしっかりと大地を踏みしめていて。
そこには、地に足をつけて暮らすことのおおらかさのよう

なものを感じることができます。


自分の立ち位置を知ること。
飛べる高さから、飛べる距離を飛ぶこと。
それはあきらめではなく、「見極める」ということ。


ただ憧れるだけではなく、今の自分にできることを、でき
る範囲でやってみる。そうして、ほこらかに日々を過ごせ
たら、素敵だなと思います。



写真: Four Seasons  より

いろ


          今日あった

          いいこと

          みっつ

          書きとめる

          ねむるまえ


仕事部屋のデスクの上に、書き込み式の卓上カレンダーが

あります。2センチ四方の日付の枠があるのですが、私はそ

の中に、その日あった「いいこと」を3つメモ書きにしています。


たとえば、ある日のメモは「おさら・ないしょ・メール」。
ずっと欲しかった真っ白な大皿を買ったこと。「ないしょね」と

子どもの口にキャンディーを放りこんだときの顔がとても嬉し

そうだったこと。友人から嬉しいメールをもらったこと。


ありふれていて、とりたてて意識するほどのことではないのか

もしれませんが。どれもこれも、日々の暮らしの中に散らばっ

ている小さな幸せのカケラたち。

一日を振り返ってみると、ささやかだけど「いいこと」や「幸せ

なことば」をたくさん思い浮かべることができます。


あなたもぜひ、「いいことカレンダー」にしあわせな言葉を貯金

してみてください。「いいことカレンダー」のコツは「単語」だけを

使って書くこと。

日記や文章にすると時間もかかりますが、ことばを並べるだけ

なら、手軽に始めて長く続けることができます。それに、カレン

ダー形式なら、幸せが目に見えて増えるのを実感することも。


しあわせ言葉の貯金は、ちょっと元気がないとき、何か落ち込

むことがあったとき。きっと、あなたの心を励ましてくれます。


絵: 日向結人さん 心のイロ、心のカタチ。

木


          君に立つ

          いっぽん

          耳をあてれば

          のびゆき枝の

          音 ひびいて


少しずつ大人になってゆく子どもたち。背丈が伸びるにつれ、

心の成長は幼かった頃のように、目にみえる単純なものでは

なくなっていきます。


手に取るようにわかりやすいときもあれば、ことばと本心は裏

腹で、何を考えているのかわからないときも。

幼さを残しながら大人びてゆくさまは、アンバランスだけど、

どこか初々しい、若木のような感じでしょうか。


目には見えないけれど、それぞれの心の中には「いっぽん」の

木があって。それはちょうど、空に向かって枝を広げている真っ

最中。いつの日か、大きな大きな「いっぽん」になるために─。


耳をあててよく聴けば、あかるいほうへ、あかるいほうへ、幹が

伸び、枝が広がる音がきこえてくるような気がします。

「聴く」ということは、心で向き合って、耳を傾けること。


心の成長は目に見えにくいものだけど。
心の声はきこえにくいけれど。
子どもたちの「いっぽん」の音を、いつも心で聴ける大人であり

たいものです。



写真: 小林 実さん 朝焼け夕焼け写真日記  から

tuki


         「ねえ、

         おかあさん。

         月がついてくる」

         いつかも聞いた

         おんなじセリフ


夜空に浮かぶ月の美しさや不思議に気づくのは、子どもたち

が、ちょうど5歳前後になる頃でしょうか。


ぴかぴか、まあるい「おつきさま」が気になりだすと・・・・・・。

夜道を歩いても、車に乗っていても、月がいつも自分の後を

ついてくるように思えて、不思議で仕方がないようです。


「月がついてくる!」


これは、我が家の4人の子どもたちが、それぞれの時期に口

にしたセリフなのですが、いつも驚くほどおんなじで。

私はそれを聞くたびに、素敵なことばだな、と思うのです。


あかるくて、きれいなものが、ちゃーんと自分の後ろを追いか

けてきてくれる。子どもたちのやわらかな感性は、一点の曇り

もなく、自分の歩く道はいつも、光に照らされいる、と信じてい

るようで。なにか、あったかな気持ちになります。


歩いてゆく日常の中で、もし、光を見失いそうになったら。

私たちを照らす光は、大人にも子どもにも、ひとしくすべての

ものに降り注がれていることを思い出したいな、と思います。



写真: Celestial Tier  から