美人の皆様こんにちは、キャロです。
去年までの私はめちゃくちゃ自分に自信がなかったわ。
師匠根本裕幸のカウンセリングを受けたおかげで、師匠に稀なケースと言われるほど、私は劇的に変わりました。
ここまで私が変わった大きな理由の一つは、親子関係を見直したからやと思うわ。
あの時の私は母との関係を見直した。
思い返してもしんどかった。
でもおかげで、今の私は去年とは比べ物にならないくらい幸せになったわ。
まだぴーぴー泣いたりもするけどね。
今日は私の親子関係を振り返ります。
私がそうだったからやけど、親子関係を見直せば、今抱えているあなたの問題は解決に近付くと私は思っているねん。
そんな方は、私のカウンセリングを受けたら楽になれると思うわ。
私の父は銀行員で、めっちゃ忙しかった。
父は、私が小2と小4の時、父は働き盛りの時期に、長期間大学病院に入院していた。
家から大学病院は遠かったから、私は頻繁にはお見舞いに行けなかった気がする。
そんなわけで、父と私は頻繁に話を出来る環境ではなく、父子の心理的距離は近いとは言えなかった。
父と遠い分、母と私の心理的距離は近かったと思うわ。
母は過干渉で、感情豊かだったわ。
私は何かをする際に、母にはあれこれ言われたわ。
父がおらんから、母がしっかりしなきゃと気をはっていたのかしらね。
私は幼い時から自己主張が激しい子やったから、母とはよく対立してた。
でもな、無力な私は、いつもじゃないけど母に従うしかないことがあってん。
とは言え、母の言うとおりにしていると、大外れはしないし、失敗することはないから、私は楽といえば楽だったわ。
私には反抗期があったけど、今考えたら、母よりも父に対して反抗してたわ。
すっとね、私は好んで母の支配下に居たのよ。
母の言うとおりにして、母に守ってもらってる方が、自立することより遥かに楽だからね。
その関係は大人になっても続いてた。
身体的、経済的に私はどんどん大人になり、表面上は自立していたけど、精神的にはあまり変わらなかったわ。
私は、母が難色を示したことをやる時は、母への後ろめたさを常に感じていた。
例えば、私の母はポールダンスは辞めなさいと言ってた。
私はそんな母をうるさく感じていたし、レッスンに通っていたけど、行くたびに後ろめたさを感じた。
私がケガして、レッスンをちょっとお休みした時は、もう親にあれこれ言われなくて済むと私はホッとした。
自覚はなかったけど、当時の私は母親の顔色を常にうかがっていたと思うわ。
私はやりたいことをやる裏で、いつも母には文句を言われたくない、母には私を認めて欲しいと思ってた。
他人の評価なんて気にせんでええのにな。
母からの頼みごとを断る時は、それが物理的に難しい時でさえ、罪悪感に苛まれたわ。
でけへんもんはでけへん、と私は口ではあっさり言い放つけど、心の奥では母にお詫びしまくってた。
母の要望を聞き入れられない時は、私は母を見捨てるような気持ちになってたわ。
こんな感じで、私と母との心理的距離はめちゃくちゃ近かった。
私は常に母の価値観に左右されていたわ。
今考えたらおそろしい。
母に従ってると楽だから、母から精神的に離れることは、私にはおそろしいことでもあった。
これが癒着。二者の心理的距離が近すぎる状態。
そして、今の私は無事に母子癒着を切った。師匠サンキュー!
父の入院が決まった時、母は隠れて泣いていた記憶が私にはある。
幼い私は、ママが泣いてる!どうしよう、とおろおろした記憶があるわ。
こんな経験があると、ママは私が守らなきゃ!ママには私がついていなきゃ!と使命感にかられることがあるそうな。
結果、癒着しやすくなる。
私は当時の私の気持ちを覚えてないけど、行動から察するに、そう思ったんかもなぁと。
私が癒着を切ってから、圧倒的に自己肯定感が上がって、自分に自信がついた。
だから、自己否定に悩む方には、私は親子関係を見直すことをオススメしています。
また見直し方は記すさ。
母子癒着していると、常に自分の意見より母の意見を尊重してるから、自己喪失状態なんよね。
自己否定しちゃう。
心理的距離の近い母から干渉されすぎると、心理的距離が近い人からアレコレ指図されるという思い込みが生まれる。
結果、他人と心理的距離を取りたがる=パートナーシップうまくいかない。
当時の両親は今の私より若かったわ。
父は仕事を何ヶ月も休んで、手術を何度も受けた。
母は父を支え、専業主婦だったけど仕事をはじめ、私の面倒を見ていた。すげぇなぁ。
今思うと、私の両親が今もとても仲良しなのは、入院で一緒にいられなかった期間が長かったのも影響しているかもなぁ。
私が自己否定をしてたのは、両親が悪いわけじゃない。
両親は両親で必死やったやろうな。
まあそんな感じ。
ざっくり書いたけど、何か感じていただければ嬉しいです。
2019.04.22の記事を加筆しました。