◆もしかして、「瞬間の生」の消費だけが事実であり、真実であるのかもしれない…。
パリ…ホテルから歩いて行けるクチュール…CHIKOの部屋…天蓋のあるステキなベッド…私は、なぜ、闇の中にいるのか、それを知るには、きっと私自身に刻み込まれた記憶を、ニューロンを刺激し束ねるようにして、なんとかたぐり寄せるしかない…。 「セーヌの河畔…少し北よりの緑に包まれた…テラコッタ色の壁…時の流れるままの毎日を、あなたの微笑みを糧にして過ごすの…いつも、あなたと手をつないで、目についた小さなアクセサリーのお店に立ち寄ったり、賑やかなマルシェで新鮮な野菜を探してみたり、マダムたちとちょっとおしゃべりをする…そうね、できるだけ、まわりの喧しい日本には帰らないで、時折、子供たちがやってきてくれるのが楽しみ…」 CHIKOが、そんな風にパリに焦がれ、言葉で表現するのがもどかしいほどに渇望していることは、よくわかる。 お縫いこさんから、言わばたたき上げ、よく知られたクチュールで仕事ができるようになり、何冊かの本を書いたりしてきたキャリアは、並大抵のものではない。 そう、パリに住むことは夢や憧れというより、やっと現実にしたCHIKOの生命そのものに違いない。 そんなパリを、私も好きだ。 Paris, Je t'aime…取材やロケ、そしてCHIKOと一緒に訪れたパリは、ロンドンやローマ、ミラノ、フィレンツェ、チューリッヒ etc.ましてニューヨークやLAなどと違って、私をもまた魅惑し幻惑した。 パリは、いつも、抱いた思いをシャボン玉の中に包んで、時の流れをすぐ繋げるように漂い続け、そのままにしておいてくれる。 私は、訪れる度に、そんなシャボン玉を指先でそっとはじけさしてやるのだ。すると一瞬、飛散したシャボンの冷たい感触と漂う香りが、私を、その時のその場に引き戻してくれる。 17区クルセル通りや9区のピガール、そして、6区カルチェラタン…そうだ、7月14日、Le Quatorze Juillet…私は、トリコロールカラーで彩られたパリにいた。 外務省の特別番組の企画が通り、およそ地球を一周する形でロケを敢行していたのだ。 バスティーユ広場…1789年ルイ16世の時代、アンヴァリッド(廃兵院)で武器を手に入れたパリ市民たちが襲撃した、あのバスティーユ監獄…に近い消防署内の中庭で開かれたダンスパーティに招かれ、踊りの輪に加わった。 シャンゼリゼ大通りに面していたJALの支社のバルコニーからパレードを撮った。 ソルボンヌで文学を専攻する女子学生の生活にも密着した。 ソファに浅くかけた彼女は、古着屋で買ったという黒いサブリナパンツに、白いブラウスの質素な姿で、大学生活や将来の目標、趣味やファッション、恋人の話を歌うように話してくれた。 彼女の部屋は、小さな路地に面し、簡単には開きそうもない格子模様の窓から差し込む陰のある光と、パティオに向けて観音開きになる裏窓からの柔らかな光が、二つの部屋をつなぐ狭い廊下で握手をするような具合に交差していた。部屋にある灯りと言えば、深いランプシェードの白熱灯だけ…。汚れた漆喰の壁は、そのままで前衛画家が描いた水墨画のようなオリエンタルな趣があった。 パリジェンヌは、街の風景をキャンバスに見立てたかのように着こなし、しっくりと融け込むのがうまい。それは、にわか仕立ての真似ごとではない。 なんだか、住まいもファッションも食生活も、すべてが芸術に見えてしまうパリ…。 驚くほど鮮明に蘇る記憶…私は、そんなパリで、CHIKOに会った。 「人が時を生きる」ことを、私たちは、「時の連続性の中で因果を持って変容する」と考えてしまうのだが、もしかして、「瞬間の生」の消費だけが事実であり、真実であるのかもしれない…。 もしそうであれば、「今、ここに在る」ことは、きっと私にとっては「救い」であるに違いない。今、ここで、求めさえすればいいのだ…。【PHOTO:JULIYA KODAMA 無断転載使用不可】Copyright(C) JULIYA MASAHIRO All Right Reserved.