◆こうして、書かれている男が、私自身になったとき、私は、物語に埋もれる…。
右手に湾曲して続く砂浜…遠浅の海から寄せてくる波が足元で白く冷たく砕け散る。 私は、今にも倒れこみそうな「手負いの男」に右肩を貸し、砂浜の切れる先に微かに見えている緑の岬を懸命に目ざし、ヨタヨタと歩いている。 「私は、いつだって、KIMIの味方だ。いつだって、そばにいるじゃないか」 男は私の右肩に貼り付いたようにいる。 右足を引きずりながら、私にもたれている男の重さが肩にズシリとのしかかり、頷いているのか、乾いた呼吸が私の耳に吹き込まれて、鞴のように響く。 「がんばれ、もう少し、ほら、あの緑のこんもりと茂ったところに、女が待っている…もう少しだ、しっかりしろ」 岬にたどり着けさえすれば、私は、この男を女に委ね、やっと解放される…。 それをかたくなに信じて歩く。 歩きながら時折、右肩の男の表情を覗き込む。 男が、私の部屋のドアを激しく叩いて助けを求めた時、私は、待ち受けていたようにすぐにドアを開けて男を招き入れた。 それというのも、私は、KIMIの女から、傷を負っている男を、なんとか岬の館へ案内して来てくれと、すでに頼まれていたのだ。 女に、ちょっとした借りがある私は、それを拒むわけにはいかなかった。 私は、男のために温めていた鶏ガラスープに刻んだパセリを浮かせ、とにかく少しでも体力を回復させようと励ましながら飲ませた。 男は、終始無言で、痛みに耐えるように歪んだ表情ではあったが、私の言うなりに従ってくれたのだ。 緑の岬の館が、後数百メートルの眼前に迫っていた。 男が、それに反応したのか、私の右肩がすーっと軽くなった。 おャ、男の存在が気にかかる。 一体どうしたのだろう。どう目を凝らしても、その男の輪郭に焦点を合わせ、男の姿を、きっちりと定かに確かめることができない。 思いを巡らすうちに、どうやら、私が、私の首に左腕を回して、どうしたことか、この私に支えられるような奇妙な格好で、一人で歩いている。 つまり、私が私自身を支えて…どうして、そんなアクロバティックなことができるのか。と、云々してみたところで、私は、そこでの現実を、そんな姿を、すんなりと感覚的なイメージとして知覚できているのだから…。 なぜ、私は、こんな愚にもつかぬことを、躊躇することなく、恥ずかしげもなく書き連ねているのか。 なぜ書くのか? いや、私は、そんな理屈も感情も、一切ない磁場にいて、ただ単に、何者かに操られているかのように、なされるがままに書いている。 おそらく、書くこと自体が、私の「ここにある」ことの証明の唯一の手段だからと言った方が、素直な理由であるのかもしれない。 最も正確な表現があるとすると、これは、「魂の発露」か。 いずれにしろ、だからといって、私にとって、そうすることが心地よいというわけでは決してなく、むしろ一瞬の次に、耐えがたい嫌悪感に、全身鳥肌立ってしまったりもするのだ。 たとえ奈落の底に沈んでしまうとしても、そう、麻薬患者が後先を考えずに、ひたすら薬を求めているのに似ている。 それは、筆を走らせる衝動の二の次の結果にしかすぎない。 こうして、書かれている男が、私自身になったとき、私は、物語に埋もれる。 そこは、閉じ込められた軟体の襞の壁のある部屋。 私は、肌でそれを味わうように感じる。 灯り一つなく、光もない漆黒の闇に包まれている。 えッ、女がいない。岬の館に、女が待っているはずだ。こんなにも求めてきた女が…。 「KIMI、KIMIなのね…どこにいるの…来てくれたのね…傷は痛まないの…」 CHIKO、CHIKOの声だ…。【PHOTO:JULIYA KODAMA 無断転載使用不可】Copyright(C) JULIYA MASAHIRO All Right Reserved.