今川氏真の奇跡
今川氏真をご存知だろうか?海道一の弓取りといわれた今川義元の長男である。
しかしこの氏真永らくダメダメ大名だと言われてきた。
徳川家康ら部下にも裏切られ大名家を潰したからである。
しかし見事な蹴鞠の腕前や、集外36歌選に選ばれるなど朝廷からも一目置かれる腕前を持った氏真は、大名とは違った立場で自らの道を切り開いていくのである。
かつての部下にも頭を下げ、家康の部下となったのだが、今川家は行事などを司る高家として、朝廷からの絶大な信頼を背景に徳川家にも欠かせない存在になってゆく。
また氏真は親の敵である信長に招かれ、蹴鞠を披露してもいる。
参勤交代などで他の大名が力を失ってゆくのとは対称的である。
晩年氏真は、連歌仲間たちと心行くまで楽しみ、当時としては長生きの77歳まで生きた。今川家は幕末まで高家として続いてゆくことになる。
また奥様は北条家の出身なのだが、今川家が提携していた北条家に裏切られた際も実家を捨てて、迷わず夫に付き従っている。それだけではない。奥様はある時逃げる際に、かごさえも用意されない過酷な状態の中でも徒歩で逃げるという運命にあいながらも夫の元を離れようとはしなかった。
氏真は部下の再就職に奔走するなど人間的魅力に溢れた人で、そもそも多くの部下はこれほど過酷な運命にあいながらも氏真と行動を共にした。
氏真の生きざまから教えられることは本当に多い。
しかしこの氏真永らくダメダメ大名だと言われてきた。
徳川家康ら部下にも裏切られ大名家を潰したからである。
しかし見事な蹴鞠の腕前や、集外36歌選に選ばれるなど朝廷からも一目置かれる腕前を持った氏真は、大名とは違った立場で自らの道を切り開いていくのである。
かつての部下にも頭を下げ、家康の部下となったのだが、今川家は行事などを司る高家として、朝廷からの絶大な信頼を背景に徳川家にも欠かせない存在になってゆく。
また氏真は親の敵である信長に招かれ、蹴鞠を披露してもいる。
参勤交代などで他の大名が力を失ってゆくのとは対称的である。
晩年氏真は、連歌仲間たちと心行くまで楽しみ、当時としては長生きの77歳まで生きた。今川家は幕末まで高家として続いてゆくことになる。
また奥様は北条家の出身なのだが、今川家が提携していた北条家に裏切られた際も実家を捨てて、迷わず夫に付き従っている。それだけではない。奥様はある時逃げる際に、かごさえも用意されない過酷な状態の中でも徒歩で逃げるという運命にあいながらも夫の元を離れようとはしなかった。
氏真は部下の再就職に奔走するなど人間的魅力に溢れた人で、そもそも多くの部下はこれほど過酷な運命にあいながらも氏真と行動を共にした。
氏真の生きざまから教えられることは本当に多い。
世界で最も普及しているのは日本のOSである
TRONというOSをご存知だろうか?
東大の名誉教授である坂村健先生たちが発明したもので、今世界で最も普及しているOSである。
TRONの仕様は何と驚くべきことに無料で公開された。OSは情報化社会の空気や水と同じと坂村先生が考えたからだ。
TRONプロジェクトが結成され、日本の学校で教えるパソコンのOSをTRONに採用しようと当時の通産省が決めようとした矢先、
アメリカから日米貿易摩擦の不正貿易品目に指定されてしまう。結果として濡れ衣だったのだが、時すでに遅く、TRONプロジェクトは危機的状況を迎える。
しかし坂村先生たちは諦めなかった。iモード、トヨタ自動車のエンジン制御のOSにTRONが使われることになった。
OSを他国に握らろることはパソコンの利益率低下を意味する。そんな本質を当時の役人も政治家も見抜くことができなかったのである。
今日各家庭の中を見渡せば、少なくとも十数個のTRONが動いていると言われている。
TRONは今や世界一のOSとして奇跡の大逆転勝利を収めたのだ。
東大の名誉教授である坂村健先生たちが発明したもので、今世界で最も普及しているOSである。
TRONの仕様は何と驚くべきことに無料で公開された。OSは情報化社会の空気や水と同じと坂村先生が考えたからだ。
TRONプロジェクトが結成され、日本の学校で教えるパソコンのOSをTRONに採用しようと当時の通産省が決めようとした矢先、
アメリカから日米貿易摩擦の不正貿易品目に指定されてしまう。結果として濡れ衣だったのだが、時すでに遅く、TRONプロジェクトは危機的状況を迎える。
しかし坂村先生たちは諦めなかった。iモード、トヨタ自動車のエンジン制御のOSにTRONが使われることになった。
OSを他国に握らろることはパソコンの利益率低下を意味する。そんな本質を当時の役人も政治家も見抜くことができなかったのである。
今日各家庭の中を見渡せば、少なくとも十数個のTRONが動いていると言われている。
TRONは今や世界一のOSとして奇跡の大逆転勝利を収めたのだ。
ホモサピエンスの謎
我々ホモサピエンスは他の人類よりも優れていたから生き延びたのだと信じてきた。
でもどうやら違うらしい。我々ホモサピエンスはかなり弱い人類だったらしいのだ。
弱いからこそ、自らの弱さを補う意味で道具を使い、弱いからこそ集団で協力し合うことを覚えた。
その仲間同士協力し合うことは、遺伝的に多様性という武器も得た。
またホモサピエンスの遺跡では、あまりにも多様な種類の食べ物を食べていたことが証明された。
力が弱く、肉だけを食事にしようにも他の人類との争いに負けてしまう。
そこで貝類、魚、植物など様々な種類ものから栄養を採ることにしたのだ。
またシベリアのホモサピエンスの遺跡では何と裁縫の針が見つかったのだ。寒さに弱いからこそ、獲物の皮をはぎ、衣服として体を暖めることを覚えたのだ。
我々ホモサピエンスが、弱いからこそ生き延びたというのは、今を生きる我々にとっても勇気を与えてくれるのである。
でもどうやら違うらしい。我々ホモサピエンスはかなり弱い人類だったらしいのだ。
弱いからこそ、自らの弱さを補う意味で道具を使い、弱いからこそ集団で協力し合うことを覚えた。
その仲間同士協力し合うことは、遺伝的に多様性という武器も得た。
またホモサピエンスの遺跡では、あまりにも多様な種類の食べ物を食べていたことが証明された。
力が弱く、肉だけを食事にしようにも他の人類との争いに負けてしまう。
そこで貝類、魚、植物など様々な種類ものから栄養を採ることにしたのだ。
またシベリアのホモサピエンスの遺跡では何と裁縫の針が見つかったのだ。寒さに弱いからこそ、獲物の皮をはぎ、衣服として体を暖めることを覚えたのだ。
我々ホモサピエンスが、弱いからこそ生き延びたというのは、今を生きる我々にとっても勇気を与えてくれるのである。