開運童子のブログ -88ページ目

雨のあとに虹 その98

「私はこれから本社へ行かなくてはいけないからあとはお願いね。」

ひとみは久美子に言った。

「大丈夫です。」

久美子が言った。小百合は

「堀川さんは店長に信頼されていて羨ましいな。」

と言った。

「私には頼みやすいみたいですよ。」

久美子は少し謙虚に言った。

「ここが事務所なの?」

俊之は言った。

「そうです。」

田崎は言った。

「田崎さんがここに立っていた時にこの事務所に出入りした人は居たかい?」

俊之は言った。

「居ないですよ。」

田崎が言うと

「田崎さんはここに居てください。」

俊之は言った。田崎は

「高村さんはひとりで行くつもりですか?」

と言った。

「僕がひとりで行って来るよ。」

俊之は言って江紫組の事務所に入って行こうとした。

「ひとりでなんて無茶ですよ。」

田崎が言うと。

「大丈夫だよ。」

俊之は言った

「警察を呼びましょう。」

田崎が言うと俊之は

「僕はそんなに頼りないかい?」

と俊之は言って田崎の目を見た。田崎が無言でいると俊之はひとりで事務所の前に立っていた。

江紫組の広い事務所のさらに奥の部屋に俊之は組長の町島とテーブルをはさんで対峙していた。俊之はひとり座り町島の横には柳田が座り3人ほど若い衆が周りを取り囲んでいた。

「それで矢島さんを帰して欲しいという事かな?」

長い沈黙の後に町島が言った。

「そうです。」

俊之は短く言った。

「高村さん。」

町島は言った。

「はい。」

と言った俊之は町島と視線を合わせた。

「我々はかたぎには迷惑をかけないのが慣わしだ。」

町島は言った。

「それは存じています。」

俊之は言った。

「今回は再三再四にわたって改善をお願いしているのに矢島さんは何の対策もとられなかった。」

町島は言った。

「それは申し訳ありませんでした。」

俊之は相槌を打って言った。

「そこを私は怒っているわけです。」

町島は紳士的な言葉で言った。

「町島さんのお怒りはごもっともです。」

俊之は言った。

「あなたは理解が早い。」

町島は言った。

「僕からも矢島にきつく言います。」

俊之が言うと

「それは是非お願いしますよ。」

町島は言った。

「ですから今日のところは矢島を返していただけませんか?」

俊之が言い終わらないうちに

「ふざけるなよ!」

若い衆のひとりが大声を出した。

「おい!」

柳田が言って若い衆を制した。

「高村さんへ失礼は許さんぞ。」

町島も言った。

「どうすれば許していただけますか?」

俊之が言うと

「高村さんとゲームで勝負をつけたい。」

町島は微笑みながら言った。

雨のあとに虹 その97

「朝早くから呼び出してごめんね。」

俊之はいつもの笑顔で喫茶店に入って来て言った。久美子はトレンドカフェへの出勤はお昼からなので時間的な余裕は充分にあった。俊之もお昼前に織田の会社に顔を出すだけである

「急にどうかしたのですか?」

久美子は言った。何かあったのではないかと不安にもなったがそれは杞憂かもしれないと久美子は思った。できれば夕方からゆっくり会う方が久美子としては嬉しかったのである。

「今日は夕方から野暮用でね。」

俊之は言った。

「夜は遅くなるのですか?」

久美子は言った。

「まだはっきりと解らないけどね。」

俊之は言った。

「そうですか。」

久美子は少しがっかりしたように言った。

「それで少しでも早く久美ちゃんに会って渡しておこうと思ってね。」

俊之は言って鞄から取出した箱を久美子に出した。

「これは?」

久美子は言った。

「プレゼントだよ。」

俊之は言った。

「クリスマスプレゼントなら先日貰ったばかりですよ。」

久美子は言っては耳のイヤリングを指差したのである。俊之は優しく微笑んで

「これは久美ちゃんのお母さんにプレゼントだよ。」

とだけ言った。

「母にプレゼントですか?」

久美子は言った。

「そうだよ。」

俊之は優しく微笑んでいるだけだった。久美子は驚いて箱の中を開けてみると中にはシルバーのブローチが入っていた。久美子が母親のプレゼントにバッグとブローチで迷いに迷って最終的にバッグにしたのである。その最後まで迷って諦めたブローチが入っていた。

「これは!」

久美子は言ったきりの言葉が出なかった。久美子の瞳には自然に涙が溢れていた。それは悲しいのではなく嬉しさと驚きが複雑に交差していたのだった。

 矢島が江紫組の事務所に入ってからかなりの時間が経っていた。いつまで経っても矢島が出てくる気配がないのに田崎は不安を隠せなかった。

「何事もなければいいけど?」

田崎が言って携帯を手に持った。そろそろ俊之に電話を入れようと思っていたのだ。もう少しだけ待ってみようとも思ったが田崎は緊張感に耐えられそうになかった。

「おはようございます。」

久美子が出勤して言った。

「おはよう。」

ひとみが言った。

「おはよう。」

小百合も言った。

「今日はお客さんが少ないですね。」

久美子が言う。

「そうなのよ。」

ひとみが言った。

「意外と暇なのよね。」

小百合も言った。

「年末だからでしょうか?」

久美子は言った。小百合は久美子がしているイヤリングを見て

「このイヤリング一輝いているよ。」

と言った。

「わざとらしいですよ。」

と言いながらも久美子は幸福な気分だった。

「良いお年を!」

織田が言った。

「織田さんも良いお年をね。」

俊之も言った。

「1年が終わりますね。」

織田が言って

「来年はもっと良い年にしましょう。」

俊之は言った。挨拶を終えて俊之はイーエンジニアが入っている建物の外に出た。すでに休みに入っている企業が多いためにオフィス街を歩いている人も少なかった。俊之が歩き出すと携帯がタイミングよく鳴ったのである。俊之が出ると

「高村さん。」

と田崎が落着きのない声で言った。

「矢島はどうしましたか?」

俊之が言った。

「社長は江紫組の事務所へ入ったまま出てきません。」

田崎が言った。

「もうどれくらいの時間が経っていますか?」

俊之が言うと

「2時間くらいですね。」

田崎は言った。

「少し長いね。」

俊之が言うと

「僕もそう思います。」

田崎は言った。

「僕も江紫組の事務所に行くよ。」

俊之が言うと

「お願いします。」

田崎は言った。

「矢島の事だから大丈夫だと思うけどね。」

俊之が言うと

「僕は嫌な予感がするのです。」

田崎は言った。

「これからすぐに行くからね。」

俊之は言った。田崎はそんな俊之が頼もしかったのである。

雨のあとに虹 その96

「早く行きましょう。」

直子は言って俊之の手を取って歩き出した。俊之は引っ張られるようについて行く状態だった。

「そんなに引っ張らなくても大丈夫だよ。」

俊之は言ったが直子のペースに引き込まれていた。久美子は俊之と直子をじっと見ていただけでその場に立止まったままでいた。

「久美子さん。」

そこにいつの間にか傍に来ていた翔太に言われて久美子は我に返った。

「笹川さん。」

久美子は言った。

「高村さんを信じてあげなくてはダメですよ。」

翔太は言った。久美子は不安を隠せないでいたが

「はい!」

短く言った。

「高村さんがプレイボーイならもっとうまくやっていますよ。」

翔太は言った。久美子は翔太の指摘は間違っていないと思ったのである。


「社長。」

田崎は帰社した矢島に言った。

「お疲れ様。」

矢島はいつもと同じ明るさと豪快さで言った。

「明日は大丈夫ですか?」

田崎は心配顔で言った。

「心配するな!」

矢島は言った。矢島は頼りがいがあっていつも強力な個性で社員を引っ張って来た。今回もうまく乗り切れるだろうとは思っていた。それでも相手は江紫組である。田崎は不安を感じて俊之に電話を入れるタイミングを考えていたのだった。

「ご馳走様でした。」

直子は言った。

「楽しかったよ。」

俊之は言った。

「またお茶に付き合ってください。」

直子は言った。

「時間が合えば構わないよ。」

俊之は言った。

「近いうちに会いましょう。」

直子が言って

「帰りも気をつけてね。」

俊之も言った。背を向けて歩き出す直子を見ていた俊之も歩き出していた。俊之は少し歩き出して止まると

「翔ちゃんかい?」

と言った。

「はい。」

翔太が言っていつものように物陰から現れた。

「翔ちゃんにはいつもお世話になるね。」

俊之が言うと

「高村さん。」

翔太が言った。

「何か?」

俊之が言うと

「そこのデパートでこのシルバーのブローチを買って久美子さんにプレゼントをしてください。」

翔太が言った。

「シルバーのブローチ?」

俊之が言うと翔太はお金が入った封筒を俊之の胸のポケットに入れようとしたが

「お金は大丈夫だよ。」

俊之は言った。

「間違いがないように買ってください。」

翔太言った。

「うん。」

俊之は言うと

「品物の写真を添付ファイルで高村さんの携帯に送ります。」

翔太は言った。

「解ったよ。」

俊之が言うと翔太は素早く姿を消していた。急に静かになった時に俊之の携帯に着信が入った。

「ただいま。」

ひとり暮らしの久美子は誰にともなく言った。俊之も男であることは解っている。それも大人の男である。遊びの恋だって出来るだろうし浮気だってするかもしれない。先ほど一緒にいた直子は久美子に目には20代半ばに見えた。自分より大人の雰囲気を持っているのは確かである。自分だって大人の雰囲気はあると久美子は思っているが直子には勝てそうもなかった。俊之がその女性に心を惹かれていると考えると不安が久美子を苦しめてくるのだ。俊之は意外にも女性の心を引き付けているのであった。

「お疲れ様です。」

手塚は言った。

「会長さんもお疲れ様です。」

俊之は言った。

「あの下着泥棒が捕まったので少し安心したね。」

手塚は言った。

「あの時は捕まえる事が出来て良かったですよ。」

俊之は言った。

「犯人は中西正則という33歳の会社員だそうだよ。」

手塚は言った。

「そうでしたか。」

俊之は言った。俊之は言いながら考えていた。そろそろ麗子の件もはっきりとさせておきたい。久美子については自分でも明確な答えは出てこないが自分は久美子の事がだんだん好きになって今では久美子がいない日々は考えられなくなりつつあった。久美子は自分の事が好きなのも自覚していた。年が違う自分をいつまで好きでいてくれるだろうかと不安もあるのであった数ヶ月もすれば年相応の人を好きになって自分から久美子が去って行くかも知れない。その時はそれも仕方がない。その時には見苦しい態度は取らないようにしようと俊之は考えていた。そう思いながら俊之は翔太に言われて買ったブローチの包みを見つめていた。