雨のあとに虹 その97
「朝早くから呼び出してごめんね。」
俊之はいつもの笑顔で喫茶店に入って来て言った。久美子はトレンドカフェへの出勤はお昼からなので時間的な余裕は充分にあった。俊之もお昼前に織田の会社に顔を出すだけである
「急にどうかしたのですか?」
久美子は言った。何かあったのではないかと不安にもなったがそれは杞憂かもしれないと久美子は思った。できれば夕方からゆっくり会う方が久美子としては嬉しかったのである。
「今日は夕方から野暮用でね。」
俊之は言った。
「夜は遅くなるのですか?」
久美子は言った。
「まだはっきりと解らないけどね。」
俊之は言った。
「そうですか。」
久美子は少しがっかりしたように言った。
「それで少しでも早く久美ちゃんに会って渡しておこうと思ってね。」
俊之は言って鞄から取出した箱を久美子に出した。
「これは?」
久美子は言った。
「プレゼントだよ。」
俊之は言った。
「クリスマスプレゼントなら先日貰ったばかりですよ。」
久美子は言っては耳のイヤリングを指差したのである。俊之は優しく微笑んで
「これは久美ちゃんのお母さんにプレゼントだよ。」
とだけ言った。
「母にプレゼントですか?」
久美子は言った。
「そうだよ。」
俊之は優しく微笑んでいるだけだった。久美子は驚いて箱の中を開けてみると中にはシルバーのブローチが入っていた。久美子が母親のプレゼントにバッグとブローチで迷いに迷って最終的にバッグにしたのである。その最後まで迷って諦めたブローチが入っていた。
「これは!」
久美子は言ったきりの言葉が出なかった。久美子の瞳には自然に涙が溢れていた。それは悲しいのではなく嬉しさと驚きが複雑に交差していたのだった。
矢島が江紫組の事務所に入ってからかなりの時間が経っていた。いつまで経っても矢島が出てくる気配がないのに田崎は不安を隠せなかった。
「何事もなければいいけど?」
田崎が言って携帯を手に持った。そろそろ俊之に電話を入れようと思っていたのだ。もう少しだけ待ってみようとも思ったが田崎は緊張感に耐えられそうになかった。
「おはようございます。」
久美子が出勤して言った。
「おはよう。」
ひとみが言った。
「おはよう。」
小百合も言った。
「今日はお客さんが少ないですね。」
久美子が言う。
「そうなのよ。」
ひとみが言った。
「意外と暇なのよね。」
小百合も言った。
「年末だからでしょうか?」
久美子は言った。小百合は久美子がしているイヤリングを見て
「このイヤリング一輝いているよ。」
と言った。
「わざとらしいですよ。」
と言いながらも久美子は幸福な気分だった。
「良いお年を!」
織田が言った。
「織田さんも良いお年をね。」
俊之も言った。
「1年が終わりますね。」
織田が言って
「来年はもっと良い年にしましょう。」
俊之は言った。挨拶を終えて俊之はイーエンジニアが入っている建物の外に出た。すでに休みに入っている企業が多いためにオフィス街を歩いている人も少なかった。俊之が歩き出すと携帯がタイミングよく鳴ったのである。俊之が出ると
「高村さん。」
と田崎が落着きのない声で言った。
「矢島はどうしましたか?」
俊之が言った。
「社長は江紫組の事務所へ入ったまま出てきません。」
田崎が言った。
「もうどれくらいの時間が経っていますか?」
俊之が言うと
「2時間くらいですね。」
田崎は言った。
「少し長いね。」
俊之が言うと
「僕もそう思います。」
田崎は言った。
「僕も江紫組の事務所に行くよ。」
俊之が言うと
「お願いします。」
田崎は言った。
「矢島の事だから大丈夫だと思うけどね。」
俊之が言うと
「僕は嫌な予感がするのです。」
田崎は言った。
「これからすぐに行くからね。」
俊之は言った。田崎はそんな俊之が頼もしかったのである。