開運童子のブログ -90ページ目

雨のあとに虹 その92

「これは遅くなってしまったけどね。」

俊之は言いながら鞄から品物を出した。久美子が店を終えたあとに俊之は久美子の部屋へ来ていたのだ。

「これは何ですか?」

久美子は言って嬉しい気持ちを素直に表情に出した。

「遅くなってしまったがクリスマスプレゼントだよ。」

俊之は言った。

「クリスマスプレゼント。」

久美子は言った。

「情けない話だけど生活に余裕が出てきたのはここ2ヶ月くらいでね。」

俊之が言うと久美子は

「それはみなさん事情があるようですからね。」

久美子が言うと

「持合わせが無かったからイブに間に合わなくてね。」

俊之は言った。

「無理をしたのじゃありませんか?」

久美子が言うと

「そんな事はないよ。」

と俊之は言った。

「それならよかった。」

久美子は言った。

「遅くなったけどこれね。」

俊之は落着いた口調で言った。

「気持ちだけも充分です。」

久美子は言った。

「そうはいかないよ。」

俊之は言った。

「あすなろ会の子供たちと一緒に迎えたクリスマスが何よりのプレゼントだと思っていました。」

久美子が言った。

「それとこれは別だよ。」

俊之は間をおかずに言った。

「子供たちが喜んだ顔が一番素敵だったです。」

久美子が自分の素直な気持ちを言った。

「このプレゼントも久美ちゃんには必要だと思うよ。」

俊之は言った。俊之からプレゼントを受取った久美子は品物の中身を開けてみるとシルバーの小さなイヤリングが入っていた。

「落着いたデザインで素敵ですね。」

久美子が喜んだ顔を見せて言った。俊之はじっと久美子をみて

「久美ちゃんのような女性は落着いたデザインの方が自分を引立たせるみたいだね。」

俊之は言った。

 ふたりには静かな夜が過ぎていった。俊之も久美子も今この時は何者にも変えがたい大事な時間であった。ふたりは心も身体もひとつになって素直な自分を出していた。久美子にとっては好意から恋に変わり恋から愛に変わった瞬間でもあった。久美子は日を追う事に大人になっていった。俊之はそんな久美子が眩しかった。ふたりにとってこの時間はまさに聖夜に等しかった。久美子は俊之の愛に答えていた。俊之も久美子を愛した。俊之の心に引っかかるひとつを除いてふたりの行く先に障害は何ひとつ無かったのである。

久美子は昨夜の余韻を抱えて朝を迎えた。遅いクリスマスプレゼントを受取った嬉しさが今も残っている。それは物に対してではなく俊之の心が嬉しかったのである。金額の大小ではないのだ。持合わせがなかったと正直に話してくれたのは自分を信用してくれている証拠だと久美子は感じていた。俊之が弱い部分を見せてくれる事で久美子は今まで知らなかった俊之の一部を知る事が出来たのであった。いつなく爽やかな朝である。雲の切れ間から一筋の日の光が射てきて当たり前のように来る朝でもこんなにありがたいと思える朝は少なかった。目を覚ました俊之はすぐには動かなかった。キッチンでは久美子が朝食の用意をしていた。俊之は自分も結婚をしたらこんな朝を何度も迎える事ができるのだろうかなどと考えていたのだ。

「いただきます。」

俊之は久美子を見て言った。

「味は保障できないですけどね。」

久美子は照れくさそうに言った。食べ物を口に入れた俊之は

「とってもおいしいよ。」

と言った。

「そう言ってもらえると嬉しいです。」

久美子は嬉しそうに言った。

「たまにはこういうのもいいね。」

俊之は照れながら言った。

「こういうのって?」

久美子が少し甘えたように言うと

「誰もが当たり前に向かえる朝の事だよ。」

俊之は言った。

「それではよく解らないですよ。」

久美子は言った。

「あとで教えてあげるよ。」

俊之が戸惑いながら言う姿を見て久美子は

「1日だけ待ってあげる。」

と言いながら微笑んでいた。

雨のあとに虹 その91

「今日はあまり忙しくないね。」

ひとみは久美子に言った。

「年末で忙しい人が多いからでしょうか?」

久美子は言った。トレンドカフェだけでなく他のフロアーも客の入りは少なく見えた。そろそろ御用納めも近くなっている時期である。珈琲をゆっくり飲む時間がない人が多いようだ。そう思っているとひとりの男性客が素早い身のこなしで店に入って来た。

「いらっしゃいませ。」

久美子が言って顔を向けると俊之が立っていた。

「サンドイッチとブレンドをね。」

俊之が言った

「急にびっくりしましたよ。」

久美子が言うと

「最近ここに来ていないからたまにはと思ってね。」

俊之が言った。

「仕事は大丈夫ですか・」

久美子が言うと

「それに久美ちゃんに渡したいものがあったからね。」

俊之は言った。俊之の言葉はいつものようにさわやかであった。

「自分の親も兄貴も姉貴も医者です。」

関口は電話の向こうで翔太に言った。

「そうだったか。」

「自分だけが道を外れました。」

関口は行った。

「すまないが調べられるか?」

翔太が言うと

「任せてください。」

元気よく関口が言った。翔太も気を使って

「後で埋め合わせをするよ。」

と言った。

「これも久美子さんのためになりますよね?」

関口は言った。

「なるはずだよ。」

翔太が言った。

「それなら任せてください。」

関口は言った。

「やっとお客さんが多くなってきたね。」

ひとみが休憩を終えて戻って来て言った。

「さっきまでお客さんが少なかったですね。」

小百合が言った。ひとみが店内を見ると俊之が墨の席に座っているのが見えた。

「堀川さんの彼氏が来ていますよ。」

小百合が久美子をからかうように言った。

「ちょっと変な事を言わないでよ。」

久美子は顔を赤くして言った。

「顔が赤くなっているよ。」

小百合が言うとさらに久美子の顔が赤くなった。

「やめてくださいよ」

久美子は言った。

「もうその辺にしておいたら?」

やっとひとみが助け舟を出して言った。

「俺の何をかぎ回っている?」

いつの間にか榊原は翔太の後ろに来て言った。その声は怒鳴るような声であった。

「それはお互い様ですよ。」

翔太は冷静に言った。

「お前は高村の味方らしいな?」

榊原は言った。

「敵味方などと言っている場合ではないでしょう?」

翔太が言った。

「それはどういう事だ。」

冷静さを失って榊原は言った。

「高村さんとあなたでは器が違うのです。」

翔太は言った。

「何だと!」

榊原が言った。

「最初から勝負にはなりませんよ。」

翔太は冷たく言った。

「ごちそうさま。」

俊之は言った。

「ありがとうございます。」

久美子と小百合が声を合わせて言った。

「その辺を見ているから終わったら電話をくれるかい?」

俊之が言った。

「はい。」

久美子が言うのを小百合がしっかり観察していた。ひとみは別の仕事に打ち込んでいるので見えなかった。

「あとでね。」

俊之が言って出て行った。

「30分は長く感じるね。」

小百合は久美子に言った。

雨のあとに虹 その90

「すっかりお付合いいただいてすみません。」

直子が俊之を目から視線を離さずに言った。都心にあるおしゃれな喫茶店である。

「僕も少し時間があったので気にしないください。」

俊之はいつもの口調で言った。

「高村さんは他の男の人と雰囲気が違いますよね。」

直子が言った。

「そんなに違うかな?」

俊之は言った。

「違いますよ。」

直子が言うと

「自分ではよく解からないけどね。」

俊之は言った。俊之には自分が直子にどう見えているか解かるはずもないのである。

「男の人は私たち女性に対してじろじろと見つめてばかりですよ。」

直子が言うと

「そうかもしれないね。」

俊之は言った。

「先ほどの人のように勝手にこちらの都合も考えずに言葉をかけてくる場合もあります。」

直子は言った。

「そうだろうね?」

俊之は言った。

「高村さんはあまり女性をじろじろ見ないし声をかけても来ないですね。」

直子が言うと

「そうでもないけどね。」

俊之は言った。

「私たちに近づくきっかけを作ろうとしていないですね。」

直子は言った。

「そうなのかな?」

俊之が言うと

「どうしてですか?」

直子は言った。俊之は少し考えて

「そう言われても別に無視しているわけではないよ。」

俊之は言った。

「本当ですか?」

直子が言うと

「僕だって男だから女性に興味があるよ。」

俊之は言った。

「私にも興味はありますか?」

直子に言われて俊之は直子の目を見た。からかわれたのかと思ったのだ。

 翔太は榊原の後をつけていた。俊之と久美子は関口に任せている。榊原は年末の忙しい時に会社を抜けて電車で隣の街へ来ていたのである。

「何処へ行くのだろう?」

翔太は呟くと素早い身のこなしで後を追った。やがて帝王義塾大学病院の前で榊原は脚を止めた。入口で立止まって榊原は

「仕方がない。」

と言ってから病院の中に入って行った。

「病院か。」

翔太は言ってしばらく様子を窺っていたが携帯を取出して

「すまないが病院に知り合いがいる人を知らないか?」

翔太は関口に言った。