開運童子のブログ -92ページ目

雨のあとに虹 その86

久美子はひとみと榊原のやり取りが頭から離れなかった。直接自分には関係ないけれど気になって仕方がなかった。部屋に帰って来ても思いは頭から離れなかった。ひとみはどんな理由があって俊之を憎んでいるのかを久美子も知りたかった。ひとみほどの人間が判断を間違える事があるのは久美子にも解っていた。明らかに必要以上の感情がひとみを支配しているのが見て取れる。その必要以上の感情は何だろうかと久美子は考えていた。

「考えていても答えは出ないよね。」

久美子は独り言を言って携帯を手にした。

「お母さん。」

久美子が言うと電話の向こうで

「久美子!」

知子は言った。

「元気にしているの?」

久美子が言うと

「元気よ。」

知子は言った。

「詩織は?」

久美子が言うと

「心配は要らないわよ。」

知子は言った。

「それはよかった。」

久美子が言うと

「正月は帰って来られるわね?」

知子は言った。

「大丈夫よ。」

久美子が言うと

「たまにはゆっくりして行きなさいよ。」

知子は言った。

「高村さん申しわけない。」

手塚は俊之に言った。犯人を警察に突き出してあとで手塚が自宅でパトロール隊のメンバーに食事を振舞っているのであった。俊之と手塚はメンバーから少し離れた所に座っていた。

「何の事でしょうか?」

俊之は言った。

「高村さんを喧嘩が弱いと言った事だよ。」

手塚は言った。

「僕は弱いですよ。」

俊之が言うと

「弱いどころか相当の達人だ。」

手塚が言った。

「そんな事はありませんよ。」

俊之は言った。

「そうかね?」

手塚は俊之に料理を勧めながら言った。

「会長は僕を大評価していますよ。」

俊之は言った。

「あの素早い身のこなしに加えて最初の拳で腹部の痛みを感じるツボを刺激したね。」

手塚が言った。

「それはですね。」

俊之が言うと

「次の顔面へ拳も同じくツボを刺激して相手に痛さだけを与えている。」

手塚が言うと

「会長。」

俊之は言った。

「気孔でツボを刺激してダメージを与えずに痛さだけを感じさせている。」

手塚が言うと

「その通りです。」

俊之は言った。

「一時的な激痛は数分で治るはずだ。」

手塚が言うと

「その通りです。」

俊之は言った。

「相手は痛さを感じても実際には暴力を振るわれていはいない。」

手塚は言った。

「そこまでお解りでしたか?」

俊之は言った。

「がかなり熟練した技だよ。」

手塚は言った。

「さすが剣道の有段者ですね。」

俊之は言った。

「そして呼吸ひとつ乱していないところが凄い。」

手塚が言うと俊之は

「呼吸法が違いますのでね。」

俊之が言うと

「高村さんは今まで出会った格闘家の誰よりも強い。」

手塚が言うと

「それは大袈裟ですよ。」

俊之は言った。

「あれは柔道や空手ではないね。

手塚は言った。

「はい!」

俊之が言うと

「合気道とも違うな。」

手塚が言った。

「違います。」

俊之は言った。

「あれは拳法ではないかね?」

手塚が言うと

「闘真拳です。」

俊之は言った。

「あの李和平氏の闘真拳かね?」

手塚は言った。

「高校生の時に李先生から教わりました。」

俊之は言った。

「日本では加納五十次さんと数人しか極めていないあの闘真拳だったのか?」

手塚が言うと

「日本で闘真拳を極めているのは3人と聞いています。」

俊之が言うと

「日本人はたった3人なのかね。」

手塚は言った。

雨のあとに虹 その85

「お疲れ様でした。」

手塚が言うと

「僕たちがこうして見回ることで町内の人も少しは安心できるようになるはずです。」

俊之は言った。

「特に若い女性には不安が大きいだろうからね。」

手塚が言うと俊之は

「当分はパトロールを続けましょう。」

と言った。

「船山さんも恐がっていたからね。」

手塚が言うと

「会長がいれば大丈夫ですよ。」

俊之は言った。

「私も付き合うからね。」

絹枝は俊之と手塚とを交互に見て言った。周囲の人たちが和やかになってきた時である。

「泥棒!」

えりの声が静けさを引き裂いて聞こえた。

「泥棒だと!」

手塚が緊張感を漂わせて言うと絹枝が

「あの声は船山さんだわ。」

と言った。

「行ってみよう。」

手塚が言うと

「無茶はしないでね。」

絹枝は震えた声で言った。

「誰か捕まえて!」

えりの声が聞こえた。

「慌てないでください。」

俊之は言った。

「下着泥棒よ。」

えりの声が大きく響いた。パトロール隊の数人がえりの声がした方向に向かって走って行った。

「注意してください。」

俊之が言って残ったパトロール隊の若い男たちは身構えていた。

「捕まえてやる。」

手塚が言って走ろうとするのを

「僕たちはここで待ち構えましょう。」

と俊之が言った。

「ここで?」

手塚が言うと

「ここで待っていた方が捕まえやすいです。」

俊之は言った。

「わしが成敗してやるぞ。」

手塚が言った。

「絹枝さん。」

俊之が言うと

「はい。」

絹枝が言って俊之を見た。

「下がってください。」

俊之は言うと絹枝は

「怪我をしようにしてね。」

と言った。

「そろそろ来ますよ。」

俊之は言うと

「高村さんこそ下がっていなさい。」

手塚が言った。

「会長!」

俊之が言うと

「私が捕まえるよ。」

手塚が言いかけたその瞬間である。若い男が走って来るのが見えた。手塚が竹刀を持って構えた。犯人は俊之たちの方に向かって走ってくる速度を落とさないで向かって来た。手塚が剣道の突きをしたが犯人が避けていた。手塚は竹刀で男の肩を叩いたが男は少しよろけただけだった。男が立止まると俊之の姿が目の前にあった。

「おとなしくしなさい。」

俊之が言った。

「うるせえ。」

と言って犯人は俊之をめがけて殴りかかってきた。俊之は男の足に自分の足を絡ませて転ばせた。俊之は身構えていないのだが男は俊之の動きが格闘技の専門家が持つ独特なものに見えていた。立ち上がって俊之の方に攻撃をしてくる男の攻撃を俊之はかわした。男の隙をみて俊之は男の腹部に拳の一撃を当てた。

「痛てえ!」

男は激痛に見舞われて悲鳴に近い声を出した。その直後に手塚が竹刀で男の肩を叩いた。

「観念しろ!」

手塚が大声で怒鳴っていた。

「痛てえ!」

男はさらに悲鳴に近い声を出した。

「このたわけが!」

手塚が大声で言った。男は激痛に耐えながらも走って逃げようと周囲を窺っていた。俊之は男が走り出そうとするのを見て今後は顔面に拳を当てた。そこにパトロール隊の数人が俊之たちの方に戻って来た。パトロール隊の数人が男を押さえ込んでいた。

「盗んだものを全部出せ。」

取押えた男のひとりが言った。男が膨らませたズボンのポケットに手を入れて出した物を見るといつの間にか傍に来ていたえりが

「それは私の下着です。」

と言った。

「こいつを警察へ突き出そう。」

手塚はみんなに言った。

「あんな無茶して大丈夫だったの?」

絹枝が俊之に言った。絹枝だけが俊之の素早い行動に驚いていたのだ。

雨のあとに虹 その84

「早い時間のパトロールですがよろしくお願いします。」

手塚は言った。

「こちらこそよろしくお願い致します。」

高村をはじめ町内に住む人たち8人ほどが口々に言った。

「それではコースは説明させていただいたとおりです。」

手塚は言った。

「私たちが見回りをする事によって町内の皆様に少しでも安心してもらえるようにしましょう。」

俊之も手塚をサポートするように言った。

「それでは出発しましょうか?」

手塚が言った。

「会長が先頭を歩いてください。」

俊之は言った。

「あんた喧嘩が弱そうだから私のそばにいた方が良いよ。」

手塚が俊之に言った。

「そうします。」

俊之は言った。

「私はこう見えても剣道4段だよ。」

手塚が言って竹刀を構えるポーズとった。

「それは頼もしいですね。」

俊之が言うと

「高村さんよりはずっと頼りになるよ。」

手塚は張り切って言った。

「本当に会長は頼りになるわよ。」

いつの間にか傍に来ていた絹枝が言った。

育子は卓球の練習が終わって部屋に帰って来た。年末の練習はこれで終わりである。年越しまで時間に余裕が出来たのだ。早めに実家に帰ろうかとも考えたのだがしばらく寮にいる事にした。翔太が言う作戦の具体案を考えなければいけないのである。相手が俊之ならかなり高度な作戦でないとすぐにばれてしまうのだ。

「どうして男の人はみんな鈍感なのかな?」

育子が呟いた。今すぐにはアイディアが浮かばないのだが何とかなるだろう。今のうちに部屋の掃除でもしておこうと育子は考えていた。この時間では周囲に迷惑かるかもしれない。とも思ったりした。育子にとって久しぶりにゆっくりした時間が流れていた。

 久美子は夜の都会をひとりで歩いて頭を整理していた。久美子は小学校の3年で父親を交通事故で亡くしていた。それからは母親の知子が美容師をして3歳年下の妹である詩織と久美子を育ててくれた。大学にまで入れてくれた知子に久美子は感謝していた。久美子の部屋は実家からは電車で2時間ほど離れていた。久美子は年始には知子と詩織の顔を見に帰ろうと思っていた。久美子は子に感謝の意味を込めてプレゼントを買おうと思いショッピンセンターで買い物をした。久美子が通りを歩いていると赤信号が赤になった。久美子は立止まって横を見ると。ひとみが信号を待っているのが見えた。横には中年の男が一緒だった。先日店に来た榊原である。

「店長!」

久美子は小さい声で言った。ひとみは久美子に気付いてはいないようである。久美子が信号を気にしながら見ているとひとみは感情的になって榊原に何かを言っていた。久美子はあんなひとみを見るのは初めてであった。