雨のあとに虹 その80
「須藤さんは今日も遅刻ですか?」
田所健二は中村に言った。
「そのようですね。」
中村は言った。
「あの人仕事は出来ないし何をさせてもダメだね。」
田所はさらに言った。
「須藤さんだって言い所はありますよ。」
中村が言うと
「きっと今日はずる休みだよ。」
田所は言った。いつの間にかフロアー中に田所の声が響き渡っていた。それを聞いた社員たちが苦笑いをした。
「須藤さんってそんなにダメな人ですか?」
中村はわざと大きな声で言うと
「はじまりました。」
それを遠くから見ていた山本にまどかが言った。
「人の悪口だけ言って自分は何も仕事をしていないようだね。」
山本は言った。
「自分が仕事をサボっているのに人がサボっていたような嘘を噂で流しています。」
まどかが言った。
「報告は受けていたけどね。」
山本は言った。
「会社は何であんな人を課長にしたのですか?」
まどかは言った。
「それは私に責任がある。」
山本は言った。
「経営陣は会社の何処を見ているのでしょうね?」
まどかが言った。
「ほとんどの社員が同じ事を言っています。」
沢田が言うとまどかも
「高村部長の時はみんなチームワークよく仕事をしていたのに残念です。」
と言った。
「すまない事をしたね。」
山本は力が抜けたように言った。
「貴志部長と田所課長は最悪ですよ。」
まどかが言った。
「高村部長が懐かしいですよ。」
田所との会話を終えて来た中村が山本に言った時である。
「そう言えば先日高村部長が見えたらしいですね。」
田所に悪い噂を流された須藤俊夫が山本の近くに来て言った。
「午前中に来たよ。」
山本が言うと
「私もお会いしたかったです。」
須藤は言った。
「高村くんの頃の職場は良かったのだろうね?」
山本が言うと
「他人の足を引っ張って給料を貰う社員はひとりも居ませんでした。」
須藤が言った。沢田も
「これが当社の実態です。」
と言った。
「何とかならないものでしょうか?」
中村は言った。
「こんな事だからうちはいつまでたっても業界3位から上がれないという事だね。」
山本は言った。
「はい。」
中村が言った。
「1位になれない原因がそんなつまらない理由だったとはね。」
山本は何かを決意したように言った。
「失礼ですがそれでは会社はいつまでたっても大きくなれないですよ。」
俊之は言った。俊之の言葉は織田にきつく聞こえたかもしれなかった。
「ちょっと忙しかったものでね。」
織田が言うと
「給料日は25日と決まっているわけです。」
俊之は言った。
「それは私が決めたからね。」
織田は言った。
「その25日にきちんと社員に振り込まないとダメですよ。」
俊之は言った。
「雑用が多くて出来なくてね。」
織田が言うと
「忙しくても振込みを優先しないとダメですよ。」
俊之は言った。
「私は一日くらいなら給料が遅れても大丈夫だけどね。」
織田が言うと
「それは織田さんが経営者だからですよ。」
俊之は言った。
「うん。」
織田は言って考えている。
「社員は経営者ではなくて労働者という立場です。」
俊之が言うと
「それは解っているけどね。」
織田は言った。
「それを言葉ではなくて実感として理解してください。」
俊之は言った。
雨のあとに虹 その79
三友商事の広いフロアーで貴志義孝はイライラとしながら電話をしていた。
「三友商事の貴志だが今夜一杯どうかね?」
貴志は言った。貴志が言うのを社員たちも聞いていた。
「始まりましたよ。」
女性社員のひとりが言った。
「それなら仕方ない。」
貴志はがっかりしたように元気がなくなった。
「あれで毎週ご馳走になるのよね。」
もうひとりの女性社員が言った。
「来週は飲みに行こうじゃないか。」
貴志は言ったあとで電話を切った。そして貴志はすぐに次の取引先へ電話かけていた。その光景を隠れるようにして山本は遠くから見ていた。
「貴志はいつもあんな調子で取引先に接待をさせているのか?」
山本は沢田に言った。
「今日はいい方ですよ。」
沢田が冷たく言った。
「いつもはもっとひどいのか?」
山本は言った。
「しつこく電話をかけて相手に接待させていますね。」
沢田は言うと
「とんでもない事だな。」
と山本は言った。
「あれでは三友商事の恥ですよ。」
沢田が言うと山本は言葉が出なかった。
「おはようございます。」
イーエンジニアを訪れた俊之は言った。野村が
「おはようございます。」
と言うが力ない返事であった。野村の横で大野かえでは
「高村さんに相談があります。」
と言った。
「僕に相談かい?」
俊之は言った。
「いいですか?」
かえでは言って訴えるように俊之を見た。
「何でも遠慮なく言ってください。」
俊之は言った。勤めて明るく言っているのであるがかえでも元気がないようである。今日はこの会社全体が暗い空気に包まれていた。
「ありがとうございます。」
かえでが言うと
「僕にできる事なら力になるからね。」
俊之は言った。
「遅くなりました。」
久美子は言った。ぎりぎりに出勤したので急いでいるのである。純子の事が気になって病院に電話を入れたのであるが不親切な対応を受けていた。時間外だからと電話を取り次いでもらえなかったのだ。それは仕方がないのであるが電話の対応が横柄だったので久美子の伝言が純子に伝わっているのかも心配だった。やり取りに時間がかかってしまい滑り込みでタイムカードを押したのである。久美子の姿を見た小百合が
「今日は店長が休みだそうよ!」
と言った。
「どこか身体の具合でも悪いのですか?」
と久美子が聞いても
「それは解らないわ。」
小百合が言った。
「何かあったのかしら?」
久美子は言った。」
「今日はよろしくって言っていただけなのよ。」
小百合が言った。
「それでは大変ね。」
久美子が言うと
「それで食材の入荷状況がわからないのよ。」
小百合が言うと
「それならこの帳簿に書いてありますよ。」
久美子はレジの横に置いてある帳簿を取って言った。
雨のあとに虹 その78
「久美ちゃんも怒ると恐いところがあるね。」
俊之は珍しく帰りのタクシーで冗談を言った。
「ぼくも驚きました。」
翔太も冗談を言った。
「あの佐藤って人は最低ですよ。」
久美子ははっきりとした口調で言った。女性にはこういう強さが必要だと俊之は思っていた。優しさも大事だが時には怒る事も大事な時がある。若いのにしっかりした考えを持っている久美子を俊之は見直していた。
「ここで降ろしてください。」
翔太は言って降りようとした時に。
「翔ちゃん。」
俊之は言った。
「何ですか?」
翔太が言うと
「先ほどの人たちを改めて紹介してくれないか?」
俊之が言った。
「私からもお礼が言いたいです。」
久美子も言った。
「解りました。」
翔太が言った。
「頼むよ。」
俊之が言うと
「近いうちに紹介しますよ。」
翔太は言った。
「お疲れ様でした。」
久美子が言い
「お疲れ様。」
俊之も言った。
「では!」
と言って翔太はタクシーを降りた。
「お腹空いたでしょ?」
久美子は言った。久美子が作ってくれた軽食を見て俊之は空腹感が増してきた。
「言われて余計にお腹が空いたよ。」
俊之は言った。俊之は翔太を降ろした後に久美子の部屋へ来てしまった。既に俊之と久美子は男女の中なのだから今更気にする事もないのであるが若い女性の部屋に来て緊張を隠せない俊之だった。部屋を見回すとさすが女性の部屋である。きちんと片付けられていてカーテンなどもおしゃれであった。
「俊さんが私の部屋に来るのは初めてですね。」
久美子が言うと
「そうだったね。」
俊之は言った。
「私の方から俊さんの部屋へ何回も行っているのに!」
久美子は言うと
「女性の部屋は緊張するよ。」
と言った。
「どうして?」
久美子が言うと
「この温もりは照れくさいね。」
俊之は言った。
「どうして照れくさいの?」
久美子が言うと
「それはよく解らないけどね。」
俊之は言った。
「いつものようにしていればいいのよ。」
久美子少し大人の口調で言った。
「いつものようにね。」
俊之は言った。言葉では解かっていたのだ。