雨のあとに虹 その96
「早く行きましょう。」
直子は言って俊之の手を取って歩き出した。俊之は引っ張られるようについて行く状態だった。
「そんなに引っ張らなくても大丈夫だよ。」
俊之は言ったが直子のペースに引き込まれていた。久美子は俊之と直子をじっと見ていただけでその場に立止まったままでいた。
「久美子さん。」
そこにいつの間にか傍に来ていた翔太に言われて久美子は我に返った。
「笹川さん。」
久美子は言った。
「高村さんを信じてあげなくてはダメですよ。」
翔太は言った。久美子は不安を隠せないでいたが
「はい!」
短く言った。
「高村さんがプレイボーイならもっとうまくやっていますよ。」
翔太は言った。久美子は翔太の指摘は間違っていないと思ったのである。
「社長。」
田崎は帰社した矢島に言った。
「お疲れ様。」
矢島はいつもと同じ明るさと豪快さで言った。
「明日は大丈夫ですか?」
田崎は心配顔で言った。
「心配するな!」
矢島は言った。矢島は頼りがいがあっていつも強力な個性で社員を引っ張って来た。今回もうまく乗り切れるだろうとは思っていた。それでも相手は江紫組である。田崎は不安を感じて俊之に電話を入れるタイミングを考えていたのだった。
「ご馳走様でした。」
直子は言った。
「楽しかったよ。」
俊之は言った。
「またお茶に付き合ってください。」
直子は言った。
「時間が合えば構わないよ。」
俊之は言った。
「近いうちに会いましょう。」
直子が言って
「帰りも気をつけてね。」
俊之も言った。背を向けて歩き出す直子を見ていた俊之も歩き出していた。俊之は少し歩き出して止まると
「翔ちゃんかい?」
と言った。
「はい。」
翔太が言っていつものように物陰から現れた。
「翔ちゃんにはいつもお世話になるね。」
俊之が言うと
「高村さん。」
翔太が言った。
「何か?」
俊之が言うと
「そこのデパートでこのシルバーのブローチを買って久美子さんにプレゼントをしてください。」
翔太が言った。
「シルバーのブローチ?」
俊之が言うと翔太はお金が入った封筒を俊之の胸のポケットに入れようとしたが
「お金は大丈夫だよ。」
俊之は言った。
「間違いがないように買ってください。」
翔太言った。
「うん。」
俊之は言うと
「品物の写真を添付ファイルで高村さんの携帯に送ります。」
翔太は言った。
「解ったよ。」
俊之が言うと翔太は素早く姿を消していた。急に静かになった時に俊之の携帯に着信が入った。
「ただいま。」
ひとり暮らしの久美子は誰にともなく言った。俊之も男であることは解っている。それも大人の男である。遊びの恋だって出来るだろうし浮気だってするかもしれない。先ほど一緒にいた直子は久美子に目には20代半ばに見えた。自分より大人の雰囲気を持っているのは確かである。自分だって大人の雰囲気はあると久美子は思っているが直子には勝てそうもなかった。俊之がその女性に心を惹かれていると考えると不安が久美子を苦しめてくるのだ。俊之は意外にも女性の心を引き付けているのであった。
「お疲れ様です。」
手塚は言った。
「会長さんもお疲れ様です。」
俊之は言った。
「あの下着泥棒が捕まったので少し安心したね。」
手塚は言った。
「あの時は捕まえる事が出来て良かったですよ。」
俊之は言った。
「犯人は中西正則という33歳の会社員だそうだよ。」
手塚は言った。
「そうでしたか。」
俊之は言った。俊之は言いながら考えていた。そろそろ麗子の件もはっきりとさせておきたい。久美子については自分でも明確な答えは出てこないが自分は久美子の事がだんだん好きになって今では久美子がいない日々は考えられなくなりつつあった。久美子は自分の事が好きなのも自覚していた。年が違う自分をいつまで好きでいてくれるだろうかと不安もあるのであった数ヶ月もすれば年相応の人を好きになって自分から久美子が去って行くかも知れない。その時はそれも仕方がない。その時には見苦しい態度は取らないようにしようと俊之は考えていた。そう思いながら俊之は翔太に言われて買ったブローチの包みを見つめていた。