雨のあとに虹 その101
「あっ!」
と田崎が言った。
「高村さん。」
翔太と関口が口をそろえて言った。久美子だけが状態を把握できずにキョトンとしていた。
「田崎にも心配をかけたな。」
と矢島が言った。
「やあ。」
俊之が言った。
「俊さん。」
久美子は言った。
「みんな揃ってどうしたの?」
俊之が言うと翔太は
「どうしたって言われても江紫組に入っていってそのままだから心配しましたよ。」
と言った。
「僕には幸運の女神様がついているからね。」
俊之は久美子を見ていった。
「幸運の女神様ってどういう事ですか?」
久美子が言うと
「ちょっとね。」
と俊之は言いながら微笑んだ。
「組長!」
柳田が町島に声をかけたが町島は無言のままじっと考え込んでいた。そして大きく息を吐いて
「わしは65年間生きてきてあのような不思議な男を始めて見たよ。」
町島は言った。
「高村を放っておいて構わないのですか?」
柳田が言うと
「まだ解からんのか?」
町島は言った。柳田は
「どういう事ですか?」
とだけ言った。
「高村さんの携帯が鳴った時にわしたち全員が視線を高村さんから外しただろう?」
町島は言った。
「そう言われてみれば外しました。」
柳田が言うと
「その時に素早く弾を抜いたのだ。」
町島は言った。
「そうでしたか。」
柳田が言うと
「高村さんはしっかりご自分の手の内をわしたちに明かしてくれた。」
町島は言った。
「我々なら黙っていて親分を止めた時点で相手の不手際を責めますね。」
柳田は言が言うと
「それがわしたちの鉄則だからな。」
町島は言った。
「その部分では正直すぎますね。」
柳田が言うと
「高村さんはすべて計算をしていたと思う。」
町島は言った。
「計算ですか?」
柳田が言うと
「町島義介は正々堂々とやりあう事を計算して乗り込んで来たのだよ。」
町島は言った。
「そうだったのですか?」
柳田が言うと
「わしたちは束になってあの男に負けたのだ。」
町島は言った。
「そうなりますね。」
柳田が言うと
「高村俊之が堅気の人間とは残念だよ。」
町島は言った。
「本当に心配をかけてすまん。」
矢島は頭を下げて言った。俊之をはじめ久美子に矢島と翔太に田崎と関口で6人揃って居酒屋に居たのである。俊之と久美子を除く一同は緊張が解けてホッとしている様子だった。
「本当ですよ。」
関口は言った。
「今度からは止めてくださいよ。」
田崎も言った。
「一時はどうなるかと思いましたよ。」
翔太が言った。
「これかだから恐いですよ。」
田崎が言うと。
「大丈夫だよ。」
矢島は言った。
「江紫組は何もしてこないはずだよ。」
俊之が平然として言うと。
「そうですか。」
と田崎が言った。
「高村は一体どんな方法で組長を説得したのか教えろよ!」
矢島が不思議に思って言った。
「知合いに優秀な手品師が居るから参考にしただけだよ。」
と俊之は言った。
「笹川さんまでパニックを起こして何があったの?」
久美子は言った。
「暴力団の組長に手品ショーをしていただけだよ。」
俊之が言った。
「手品ショー?」
久美子が言うと
「笹川さん」
田崎が言った。
「何か?」
翔太が言った。
「高村さんは何をしたのでしょうね?」
田崎が言った。
「それがよく解らなくてね。」
翔太が言うと
「相手は天下の江紫組ですよ。」
関口は不思議そうに言った。
「僕にも解からないよ。」
翔太は言った。
「それはいずれ教えるよ。」
俊之は言った。翔太は俊之が何をしたのかある程度は予測していたのだった。あと数日で年が明けて新年を迎える。新しい年がどんな年になるのかとそれぞれの思いを交差させてしばし寛げる緊急の忘年会であった。俊之をはじめ久美子も矢島も翔太も関口も田崎も思い思いの気持ちがその場の雰囲気を盛上げていった。
雨のあとに虹 その100
「組長!」
柳田が緊張した声で言った。
「お前たちは黙っていろ!」
町島は言った。緊張している一同を前に俊之だけが平然としている。町島はこめかみにあてたピストルの引き金を引こうと指に力を入れた。その瞬間に若い衆が
「やめてください。」
と言いながら町島の傍に寄って行きピストルを弾き飛ばしていた。ピストルは空中を回転して俊之の前に飛んで来た。そのピストルを俊之は無言で拾っていた。
「静かにしないか!」
町島は言うと柳田は
「組長!」
と心配そうに言った。
「高村さんに失礼だぞ。」
町島は言った。
「やめてください。」
若い衆のひとりが言った。
「高村さんはきちんと義務を果たしたのだ。」
町島は言って俊之からピストルを受取るとこめかみで引き金を引いていた。
久美子が駅ビルの中から出て来た。俊之から貰ったブローチを大事に持っていて早めに帰ろうとして信号を渡りきった時である。
「すみません。」
といつの間にか近くに来ていた翔太が言った。
「笹川さん!」
久美子が言うと
「一緒に来てください。」
翔太は言った。
「どうかしたのですか?」
久美子が言うと
「高村さんが危険です。」
さすがの翔太も慌てて言った。
カチャ!と不発音がした。驚いた町島はさらに6回続けて引き金を引いた。
「どうしたというのだ。」
町島は言って怪訝そうにピストルの中を確かめた。
「お探しの物はこれですね。」
俊之はピストルの弾を手のひらに乗せて微笑みながら言った。
「ふざけた事しやがって!」
若い衆が怒鳴ると町島は
「静かにしないか!」
と大声で言った。
「僕は生命のやり取りをするほど大物ではありません。」
俊之は言った。
「高村さん。」
町島は言った。
「そんな勇気ありませんのでね。」
俊之は言った。
「それほどまでに矢島さんを助けたかったのか?」
町島は言うと
「僕には大事な友人ですからね。」
俊之は言った。
「高村さん。」
町島はさらに言った。
「はい。」
俊之が言うと
「この町島義介の完敗だ。」
町島は言って俊之に頭を下げた。
「頭を上げてください。」
俊之は言った。
「わしは高村さんに手も足も出なかったよ。」
町島が言うと
「これは勝ちも負けもないのです。」
俊之が言ったのを隣の部屋で矢島も聞いていた。
「高村!」
矢島が言いながら隣の部屋カから出て来た。
「迎えに来たぞ。」
俊之は言って立ち上がった。
「高村さん。」
町島が言った。
「何でしょうか?」
俊之は言って町島を見た。
「今後は矢島さんだけでなく高村さんの周囲には一切手を出さない事を約束しよう。」
町島は言った。町島の顔には敗者のそれがあった。
「こちらこそ大変失礼しました。」
俊之は言った。
「お前凄いな。」
矢島が言うと
「みんなが待っているから行こうよ。」
俊之は言って矢島を促した。俊之と矢島が出て行ったあとに
「高村俊之と言う男は凄い男だ。」
町島は言った。
「何でしょうか?」
柳田が言うと
「惜しい人物だな。」
町島は呟いた。
雨のあとに虹 その99
田崎はひとりで不安を隠せずに立っていた。俊之が江紫組の事務所に入っていってからでもかなりの時間が経っていた。
「高村さんまで何かあったのかな?」
田崎が呟いた。その田崎から少し離れたところで翔太と関口が心配そうに江紫組の事務所を見ていたのである。
「あの中では僕たちも簡単には手出しが出来ないぞ!」
翔太は悔しそうに言った。関口は
「そうですよね。」
と言うだけだった。
「ロシアンルーレットですか?」
俊之が出されたピストルを見て言った。
「ここに1発だけ玉を入れて回す。」
柳田が言った、
「よく見せてもらって良いですか?」
俊之が言って柳田が俊之にピストルを見せた。
「ピストルは複雑に出来ていますね。」
俊之が言って柳田と視線を合わせた。
「それぞれ1回ずつこめかみで引金を引くとはずれにピストルから球が出る。」
柳田が言うと
「子供の頃にテレビドラマで見ましたよ。」
俊之は言った。
「玉が出た方が負だよ。」
柳田が言った。
「どうだね?」
町島は表情を変えずに言った。
「やりましょう。」
俊之は言った。
「高村さんは肝が据わっているね。」
町島が言った。
「その前にピストルという物を見るのは初めてなので触らせていただいてよろしいですか?」
俊之が町島の目を見て言った。
「好きに触ればいい。」
町島は言った。柳田が俊之にピストルを渡した。
「これが本物のピストルですか?」
俊之は言いながらピストルをいじくり回していた。そんな俊之を町島も柳田もじっと見ていた。
その時に俊之の携帯が鳴った町島たちは携帯が鳴っているのを確認するとし視線を移した。
「俊さんは忙しいのかな?」
久美子は独り言を言った。明日は俊之の予定が空いていればゆっくり会いたかったのである。母親である知子へのブローチは久美子にとって嬉しかったのである休憩時間にお礼も言いたかったのであるが俊之は出られない状態のようだった。休憩時間が終わると久美子はすぐにカウンターに立っていた。
「失礼しました。」
俊之が言った。俊之が携帯を確認してポケットにしまうと町島たちは視線を俊之に合わせた。
「構わないよ。」
町島が言った。
「彼女からでしたのでね。」
俊之は余裕の表情で言った。町島と柳田も緊張感がなく落着いていた。
「彼女に別れを言わなくていいのか?」
柳田が言うと町島は
「高村さんに失礼だぞ。」
と言った。
「これは失礼しました。」
柳田が俊之に言った。
「それでは始めましょう。」
俊之は言ってこめかみで引金を引いた。カチャ!と音がして不発であった。
「次は私の番だ。」
町島が言ってこめかみで引金を引いた。カチャ!と音がしてまた不発であった。
「僕の番ですね。」
俊之が言ってこめかみで引金を引いた。カチャ!と音がしてさらに不発であった。
「高村さんもなかなかの根性だな。」
町島が言うと
「友人を救うためですよ。」
俊之は言った。
「わしの番だ。」
町島が言ってこめかみで引金を引いた。カチャ!と音がして不発であった。一同に緊張した空気が流れた。
「あと2発ですね。」
俊之は言ってこめかみで引金を引いた。カチャ!と音がして不発であった。この時点で町島も柳田も若い衆たちも凍りついていた。堅気の人間ならなら途中で怖くなって逃げ出しているはずであるが俊之は逃げ出すどころか自分から先にこめかみで引金を引いた。そして3回とも不発であった。残る1回は町島の番である。その一発には明らかに実弾が入っているはずであった。町島は自らのこめかみにピストルを近づけた。
「今日は早くあがらなくていいの?」
小百合が言った。
「そのつもりですけどね。」
久美子は言った。
「まさかデートがドタキャン?」
小百合が言うと
「そうじゃないわよ。」
久美子は言った。
「本当に?」
小百合が言った。
「電話に出ないだけよ。」
久美子が言うと
「それって危なくないの?」
小百合は言った。
「大丈夫よ。」
久美子は言った。