開運童子のブログ -85ページ目

雨のあとに虹 その107

「高村さんもよいお年をね。」

手塚が言うと俊之は

「会長には来年もお世話になります。」

と言った。町内のパトロールが終わったところである。夜のパトロールに俊之は参加できないので手塚に挨拶をしたのだった。

「来年もお互いにいい年を迎えたいね。」

手塚が言うと

「今年以上に努力をしないとだめですね。」

俊之は言った。手塚はパトロール隊のメンバーがすでに家に帰って周囲には俊之しかないのを見て

「高村さんはこのあとも用事があるのだろう?」

と言った。

俊之が

「はい。」

と言うと手塚は

「早く行きなさい。」

と言った。

「失礼します。」

俊之は言って町内会館をあとにして歩き出した。

 日が落ちて夜になっていた。時間が経つにつれて湾岸沿いの遊園地では年明けのイベントが始まろうとしていた。様々な動物の縫いぐるみを着たスタッフがテンポ良く対応していた。俊之と久美子は混雑する遊園地の中で年越しをするつもりでいた。

「それではこちらの方でゲームをします。」

スタッフがマイクで呼びかけていた。

「少しずついろいろなところを見てみようよ。」

俊之が言った。

「あそこのねずみのところも面白そうね。」

久美子は言って俊之の手を取った。遊園地とは言えさまざまなアトラクションがあり俊之でも充分楽しめる。若い久美子なら楽しいのは当たり前である。カウントダウンが近くなると少しずつ緊張した空気が流れるのが解った。

「観覧車に乗ってみようか?」

俊之が言うと

「乗ってみたい。」

久美子は嬉しそうに言った。

「観覧車はひとつ空いていますよ。」

スタッフの声が聞こえた。

「空いているみたいだね。」

俊之が言うと久美子は

「行きましょう。」

と言って俊之の手を取って小走りをした。混雑しているがタイミングよく空いていた観覧車にふたりは乗る事ができた。ふたりを乗せた観覧車は少しずつ上がって行き都心の夜景がきれに映し出されているのがよく見ることが出来た。ふたりをつかの間のファンタジーへと誘うような夢の世界であった。

「久美ちゃんとふたりで観覧車に乗るのは初めてだね。」

言いながら俊之はもう少し気の利いた言葉を言えばよかったと思っていた。

「はじめてでとても嬉しいです。」

久美子は言った。久美子は俊之の目を見つめたままいつまでも視線を逸らさなかった。俊之も久美子から視線を逸らさないでいた。久美子はいつの間にか俊之の手を取って指を絡ませてきた。俊之が久美子のから目をそらして地上を見ると久美子は指をギュッと強く握り締めてきた。俊之は久美子の目を見て指を握り返していた。そんな優しく静かな時間に過ぎていきいつの間にかカウントダウンが始まっていた。地上ではスタッフの声がマイク越しに聞こえている。やがてカウントダウンが終わり

「ハッピーニューイヤー。」

とスタッフが大きい声で言った。年が明けると花火が上がって大きく円を描いていた。静かに上がって空で大きく広がるのを俊之と久美子は見ていた。俊之と久美子を祝福するように大きく広がった花火はこれ以上にない高質の絵巻物のようであった。新年を迎えて眼下ではさらに大きな賑わいを見せているのが解る俊之にも久美子にも伝わってきた。

「何年かぶりでやっと本当の自分に戻れたかもしれない。」

俊之が言った。声が小さかったので

「もっと大きい声で言ってください。」

久美子は言った。空に広がる花火と眼下の賑わいが複雑に交差していたのであった。

雨のあとに虹 その106

俊之は日差しを感じて目を開けていた。すっかり熟睡してそのまま朝を迎えたのである。昨夜は久美子と育子を相手に鍋を囲みアルコールを飲んでそのまま酔いつぶれたれてしまった。キッチンの方ではふたりの話し声がしていた。

「久美ちゃんは料理が上手だね。」

育子が言った。

「私は早くから父を亡くして母親と妹と3人だったから母親の手伝いをしていました。」

久美子が言うと

「私には久美ちゃんのまねは出来ないな。」

育子は言った。

「料理は慣れると簡単ですよ。」

久美子は言が言うと

「甘ったれた事を言ったら久美ちゃんに怒られるね。」

育子が言った。ふたりはすっかり打ち解けているようであった。

「おはよう。」

俊之が言った。

「おはよう。」

と久美子が言った。

「すっかり沈没していましたね。」

育子が微笑みながら言った。

「今日は家でゆっくりするぞ。」

矢島が早苗に言った。

「お好きなようにどうぞ。」

早苗はクールに言った。

「少し眠いな。」

矢島は言った。

「飲みすぎですよ。」

早苗は言った。

「最近年のせいか酒が弱くなったかな。」

矢島は言いながら二日酔い気味の頭を抑えていた。

「朝からにぎやかな食卓は久しぶりだよ。」

俊之がトーストを食べながら言った。

「高村さんはいつもひとりでファミレスでしょ?」

育子が言うと

「ファミレスが多いね。」

と俊之が微笑みながら言った。

「ファイミレスの料理は機械的な味ではないですか?」

久美子に言われて俊之は今更のようにファミレスの味と久美子や育子が作った料理の味が違う事に気付いたのであった。

「本当にこのまま実家に帰るの?」

俊之は育子に言った。育子を見送りに駅まで来た俊之と久美子であった。駅の改札口の前はまだ人は少なかった。

「このまま帰って年を越して3日に戻って来ます。」

育子が明るく言った。

「気をつけてね。」

久美子が優しく言うと

「ありがとう。」

育子が言った。

「近いうちに一緒に競馬に行きましょう。」

久美子が言うと育子は

「帰ってきたら一緒に行こうね。」

と言った。

「気をつけてね。」

俊之が言うと

「うん。」

と言って育子は改札を通って行った。振り向いた育子に俊之と久美子は手を振った。

「そろそろ行きますか?」

俊之は手塚に言った。

「行こうか。」

手塚は周囲を見回して言った。8人であるが町内のパトロールは昼間でも時々行われていた。昼夜問わず見回りがあるという事実が犯罪防止の抑止力になっている。地域住民のパトロールはコミュニケーションをより深める役目もしていた。8人は2列で町内を巡回していた。通りかかった若い女性に

「何処に行ってもいいから気をつけてよ。」

手塚は元気よく声をかけた。

「こちらへどうぞ。」

ひとみは言って接客をしていた。混雑時には他までは手が回らない状態が続いていた。呼吸が合わないメンバーでは珈琲を出すタイミングがずれてしまう時が多くなっていた。

「変わりましょう。」

久美子が言うと小百合は

「こちらをお願いします。」

と言った。

「お客様お待たせしました。」

ひとみが言うと同時に久美子がさっと素早く対応した。

「私が入らない方がスムーズな動きになっているわね。」

さゆりが見守るように見つめて言った。

「それではよいお年をね。」

ひとみが言うと久美子は

「店長もよいお年をお迎えください。」

と言った。店はあと2時間ばかり営業をするが久美子はこれで仕事を終える事になる。

「堀川さんもよいお年をね。」

小百合が笑顔で言うと

「来年も元気で会いましょう。」

久美子は言った。フロアーによって人が多い所と少ない所があるがトレンドカフェは少しずつ空いてきていた。

雨のあとに虹 その105

「さすがに疲れたな。」

矢島は巨体を動かして椅子に座りながら言った。妻の早苗が

「少しメタボになったわね。」

と言った。

「仕事でのストレスもあるからだよ。」

矢島は言った。矢島はメタボと言われると気にするのである。

「そうじゃなくてお酒の飲みすぎでしょ?」

早苗は言った。

「それもある。」

矢島はあっさり言った。

「高村さんだってストレスはあるはずなのにスタイル良いじゃない。」

早苗は俊之を引き合いに出して言った。

「あいつはスーパーマンだからだよ。」

矢島が言うと早苗は

「高村さんは凄い人よね!」

と言った。

「俺はあいつには勝てないよ。」

矢島は言った。

「あなたにしてはずいぶん早く負けを認めたわね。」

早苗は言いながら微笑んだ。早苗は田崎から江紫組の件を聞いていたのである。

「鍋は久しぶりだから楽しいね。」

俊之は言った。俊之のマンションで3人が集まるのは初めてである。俊之は久美子と育子を交互に見ていた。

「こんな事で喜んでもらえるなら簡単ですよ。」

久美子が言うと

「それだけじゃないでしょ?」

育子は言った。

「それだけじゃないって?」

俊之が言うと

「両手に花だから。」

育子が言った。

「それもあるね。」

言いながら俊之は箸を伸ばした。

「このビールはおいしいですね。」

久美子は飲み干して言う。育子も

「そうでしょ?」

と言った。

「はコクがあっておいしいですよね?」

久美子が言うと育子も

「新しく発売されたばかりで安くて味わいも深いよ。」

と言った。

「ふたりともアルコールに強いね。」

俊之が言うと

「そうでもないですよ。」

と久美子が言うと育子も

「みんなこれくらいですよ。」

と言った。

「俊さんが弱すぎるだけですよ。」

久美子が言った。

「まさか美女ふたりの前でつぶれないでくださいよ。」

育子が俊之をからかって言った。

「僕はアルコールには弱くてね。」

俊之は言った。俊之はやっとビールが2杯目になったところだ。久美子も育子も4杯目を飲み終えていたのであった。

「この酒はうまいぞ。」

矢島は早苗についで言った。早苗は一口飲んで

「本当においしい。」

口の中で酒の味を確認しながら言った。

「この味が解かる奴は少ないよ。」

矢島は言った。

「とってもおいしいわよ。」

早苗は言った。

「この酒は味が解かる本物にしか良さが解らないぞ。」

矢島が静かに言った。

「最近は利き酒が出来る人は少ないですよ。」

早苗は遠くを見るように言った。

「もう寝ているよ。」

育子は俊之が眠り込んだのを見て言った。

「本当に弱いですね。」

久美子も意外な様子で言った。

「美女ふたりを前につぶれるなんてね。」

育子があきれたように言って俊之を見た。

「ふたりで飲み続けましょうよ。」

久美子が言うと

「そうしよう。」

と育子が言った。

「俊さんの寝顔って可愛いいですよ。」

久美子が言うと

「どれどれ。」

育子が言って覗いた。

「以外でしょ?」

久美子が言うと

「本当だ。」

育子は言った。

「イメージにギャップがありますよね?」

久美子が言うと育子は

「これが闘新拳の達人とはね。」

と言った。育子も俊之の意外な面がある意味で好きだった。俊之は大人でありながら子供っぽいところがあった。それでいて大人の器の大きさを持っているところが不思議な魅力である。俊之と久美子と育子とそれぞれの思いと運命を乗せて3人のだけの夜はにぎやかなうちにも平和に過ぎていった。俊之はひとり夢の中であった。