開運童子のブログ -83ページ目

雨のあとに虹 その113

「これでよし。」

育子は入力したメールを送信した。育子に何ともいえない不安感が襲ったままである。育子実家では家族が年始周りをしていて退屈を我慢できない育子であった。育子は黙って新聞を広げた。

「自分の出世のために麗子さんを捨てたのでないのね。」

ひとみが言い終わらないうちに

「俊さんはそんな事をする人ではないです。」

久美子が言うが

「堀川さんは黙っていて。」

ひとみは言った。

「店長は誤解しています。」

久美子が言うと

「これは私とこの男との問題なのよ。」

ひとみは言いながらも俊之から視線をはずさなかった。その時に

「そんな事はないですよ。」

ひとみの後ろで翔太が言った。俊之も久美子もひとみも翔太を見た。

「翔ちゃん。」

俊之が言うと

「高村さんこそが最大の被害者なのかもしれないですよ。」

ひとみの後ろに立ったまま翔太は言った。翔太の横には関口を含めて4人の若者もいた。

「笹川さんに関口さん。」

久美子は言った。

「こんにちは。」

関口が言って

「こんにちは!」

久美子も関口に言った。

俊之は翔太や関口たちとひとみを交互に見ていた。

「石倉ひとみさんですね。」

翔太は言った。ひとみは

「あなたは誰なの?」

と言うと翔太は。

「笹川翔太です。」

と言った。

「これはどういう事なの?」

ひとみが言うと

「高村さんは何も知らないはずです。」

翔太が言った。

「それならどうして?」

ひとみが言うと

「知らないからこそ会社を辞めてしまわれた。」

翔太が静かに言った。

「榊原さんそんな事を言っていなかった。」

ひとみは言った。榊原が自分を騙しているかもしれないという不安は以前からひとみにはあったのだ。

「その榊原も詳細までは知らないと思います。」

翔太は言った。

「榊原さんも知らない事なの?」

ひとみが言うと

「榊原は自分の出世のために高村さんを悪く言って利用しただけです。」

翔太は言った。

「それでは誰が何を知っているの?」

ひとみが言うと

「真相を知っているのは貴志義孝と田所健二だと思われます。」

翔太は言った。

「そのふたりの名前は知らないわ。」

ひとみが言うと

「悪い噂が絶えないふたりです。」

翔太が言った。

「そのふたりが何かを知っているの?」

思わず久美子が言うと

「可能性はかなり高いと思います。」

翔太は言った。

「そうだったの。」

ひとみが言うと

「経営コンサルタントの斉藤弘子も何かを知っているはずです。」

翔太は事務的に言った。

「斉藤弘子さんも何か知っているのね?」

ひとみが言うと

「それと石井純一さんも何かを知っているみたいですよ。」

翔太は言った。

「純一くんが関わっているのは確かだろうね?」

俊之は言った。

「榊原さんは私を利用しただけだと言うの?」

ひとみがそこまで言いかけた時に俊之の携帯が鳴っていた。沈黙の中で俊之が

「失礼。」

と言って携帯を確認した。俊之の横で久美子も心配になって

「誰から?」

と俊之に言った。

「育子さんからだよ。」

俊之が言った。

「ここで立ち話では落着かないのでどこか開いている店にでも入りましょう。」

翔太が言った。

雨のあとに虹 その112

「店長!」

久美子は言ったきり言葉が出てこなかった

「店長の石倉さん。」

俊之は言ってひとみの右手に握られている刃物を目で確認していた。

「格闘技をするだけあって避けるのは上手ね。」

ひとみは言った。俊之を憎悪の目で睨みひとみはいつものひとみではなかった。

「危険な事はやめてください。」

久美子が言ったが言葉がひとみには届いていないようでもあった。

「僕は人に恨まれる覚えはないよ。」

俊之は言った。

「よく考えてみなさいよ。」

ひとみは言った。

「僕を憎む理由を聞かせてください。」

俊之は言った。俊之はこの状態でも冷静なのに対してひとみはパニック状態であった。

「忘れたとは言わせないわ。」

ひとみは言った。

「それはどういう事ですか?」

俊之が言うと

「私は入江麗子さんと私は同じ施設で育ったのよ。」

ひとみが言うと俊之の表情が少しだけ変わった。

「麗子さんと同じ施設でしたか?」

俊之は言った。

「私は麗子さんにはいつもお世話になっていました。」

ひとみは言った。

「そうでしたか?」

俊之は言った。

「麗子さんはどんな時もいつも私を優しく面倒をみてくれて尊敬していました。」

ひとみが言うと

「彼女はとても素直な女性だったよ。」

俊之は言った。

「苦労を重ねて派遣社員ではあるけれど三友商事に入社しました。」

ひとみが言うと

「麗子さんは優秀で人望があった。」

俊之が言うと

「それならどうして麗子さんを裏切ったのよ。」

ひとみは言った。

「僕は裏切っていないよ。」

俊之が言うと

「あなたは麗子さんを捨ててロンドンに行ったのよ。」

ひとみが声を大きくして言った。

「それは違う。」

俊之は言った。

「嘘を言わないでよ。」

ひとみが言うと

「嘘ではないよ。」

俊之は言った。

「麗子さんを捨ててロンドンに行ったのではなかったの?」

ひとみは言った。

「僕がロンドンに転勤になった時に麗子さんはあとから来てくれるはずだった。」

俊之は言った。

「本当なの?」

ひとみが言うと

「本当だよ。」

俊之は言った。

「そんな事は聞いていないわよ。」

ひとみが言うと

「待っていたのに麗子さんは来なかった。」

俊之は言った。久美子は言葉を発する事が出来ないでいた。緊張感をこの場にいる誰よりも感じているのは久美子かもしれなかった。

「ロンドンで新しい恋人ができたのではなかったの?」

ひとみが言うと

「それは誤解です。」

俊之は言った。

「榊原さんが言った事は嘘だったの?」

ひとみは言った。

「榊原が何と言ったのですか?」

俊之が言うと

「高村さんが麗子さんを裏切ってロンドンで新しい恋人ができたと言っていました。」

ひとみが言うと

「それこそ誤解です。」

俊之は言った。

「榊原さんが嘘を言っていると言うの?」

ひとみが言うと

「僕はあの事を半年後に知りました。」

俊之は言った。言いながら俊之の脳裏に12年前の事が鮮明に映し出されていた。それは昨日の事のように細部にわたって正確であった。

雨のあとに虹 その111

「やっぱり今日は来なかった方がよかったかな?」

ひとみは呟いた。初詣に来ようかどうしようか悩んだあとに混雑を承知で出かけて来たのだった。混雑が凄くて半端な状態ではない。家族連れのように大勢で来ていればいいのだがひとみのようにひとりで来るのは今日ではない方がよかったようかもしれないのだった。それでもここまで来たからお参りをして帰ろうとは思い長い参道を歩いていた。屋台にもお客がたくさん入っているのがひとみにも見えた。神社の境内にまではずっと行列が続いていた。ひとみはため息をついて歩き始めた。境内まではかなりの距離が行列の中でひとみが脇へ視線を移した時に時に奥の屋台から俊之と久美子が出て来た。俊之も久美子もひとみには気付かなかったがひとみがしっかりとふたりをみた。ふたりはすぐに人混みに消えて見えなくなっていた。

「そろそろ駅の方へ行こうよ。」

俊之は人混みの中で久美子に言った。久美子は

「その先の道を右に曲がると近道みたいです。」

と言った。人ごみからはずれると急に寂しくなるのはお正月の特徴かもしれない。平日ならそんな事はないのだが今日は特別な日である。ふたりは赤信号で立止まっていた。信号が青に変わるまでの時間が長く感じていた。時間が経つと信号が青に変わった。

「行こうよ。」

俊之が言うと久美子は

「向こうを少し散歩してみませんか?」

と久美子が言った時である。俊之の背後から勢いよく走って来た。右手には刃物のようなものが握られているがはっきりとは解らなかった。勢いをつけた走りは加速をしていた俊之は後ろから近づいて来る気配が自分に好意的ではないと瞬間に感じ取っていた。

「久美ちゃんが先を歩いて。」

俊之は言って久美子を自分の前を歩かせて気配からの影響を遠ざけていた。

「えっ?」

久美子は状況が解らなくて俊之に言われるままに前を歩き出していた。勢いよく近づいて来た気配が俊之の傍に来た。ひとみが手に持ったナイフが俊之に向けて刺そうとした時である。肌にナイフが触れる瞬間に呼吸を整えた俊之は自分の身体を左に大きく回転させた。後ろから来たひとみは勢い余って地面に転がっていた。俊之が避けたので前に大きく身体を傾かせたからである。俊之はゆっくりと振り返った。久美子も音が聞こえたので俊之より少し遅れて振り返った。

育子は実家で年越しをしていた。実家でのお正月は意外と退屈であった。テレビはどの局も同じような番組ばかりで放送していて面白くなかった。ゆっくりと身体を休ませる事は出来たのだが子供の頃のように楽しいお正月ではなくなっていた。それは仕方がいないのである。大人になるとはそういうことなのかも知れないと育子は思っていた。育子は特に心のどこかに心配事でもあるような不可思議な心境になっていた。テレビを見ていても集中で出来なかったのである。身体がだるいような無気力があったのを久美子は気になっていた。

「高村さんにメールを送ってみよう。」

育子は言って携帯を手にしたのである。