雨のあとに虹 その111
「やっぱり今日は来なかった方がよかったかな?」
ひとみは呟いた。初詣に来ようかどうしようか悩んだあとに混雑を承知で出かけて来たのだった。混雑が凄くて半端な状態ではない。家族連れのように大勢で来ていればいいのだがひとみのようにひとりで来るのは今日ではない方がよかったようかもしれないのだった。それでもここまで来たからお参りをして帰ろうとは思い長い参道を歩いていた。屋台にもお客がたくさん入っているのがひとみにも見えた。神社の境内にまではずっと行列が続いていた。ひとみはため息をついて歩き始めた。境内まではかなりの距離が行列の中でひとみが脇へ視線を移した時に時に奥の屋台から俊之と久美子が出て来た。俊之も久美子もひとみには気付かなかったがひとみがしっかりとふたりをみた。ふたりはすぐに人混みに消えて見えなくなっていた。
「そろそろ駅の方へ行こうよ。」
俊之は人混みの中で久美子に言った。久美子は
「その先の道を右に曲がると近道みたいです。」
と言った。人ごみからはずれると急に寂しくなるのはお正月の特徴かもしれない。平日ならそんな事はないのだが今日は特別な日である。ふたりは赤信号で立止まっていた。信号が青に変わるまでの時間が長く感じていた。時間が経つと信号が青に変わった。
「行こうよ。」
俊之が言うと久美子は
「向こうを少し散歩してみませんか?」
と久美子が言った時である。俊之の背後から勢いよく走って来た。右手には刃物のようなものが握られているがはっきりとは解らなかった。勢いをつけた走りは加速をしていた俊之は後ろから近づいて来る気配が自分に好意的ではないと瞬間に感じ取っていた。
「久美ちゃんが先を歩いて。」
俊之は言って久美子を自分の前を歩かせて気配からの影響を遠ざけていた。
「えっ?」
久美子は状況が解らなくて俊之に言われるままに前を歩き出していた。勢いよく近づいて来た気配が俊之の傍に来た。ひとみが手に持ったナイフが俊之に向けて刺そうとした時である。肌にナイフが触れる瞬間に呼吸を整えた俊之は自分の身体を左に大きく回転させた。後ろから来たひとみは勢い余って地面に転がっていた。俊之が避けたので前に大きく身体を傾かせたからである。俊之はゆっくりと振り返った。久美子も音が聞こえたので俊之より少し遅れて振り返った。
育子は実家で年越しをしていた。実家でのお正月は意外と退屈であった。テレビはどの局も同じような番組ばかりで放送していて面白くなかった。ゆっくりと身体を休ませる事は出来たのだが子供の頃のように楽しいお正月ではなくなっていた。それは仕方がいないのである。大人になるとはそういうことなのかも知れないと育子は思っていた。育子は特に心のどこかに心配事でもあるような不可思議な心境になっていた。テレビを見ていても集中で出来なかったのである。身体がだるいような無気力があったのを久美子は気になっていた。
「高村さんにメールを送ってみよう。」
育子は言って携帯を手にしたのである。