雨のあとに虹 その107 | 開運童子のブログ

雨のあとに虹 その107

「高村さんもよいお年をね。」

手塚が言うと俊之は

「会長には来年もお世話になります。」

と言った。町内のパトロールが終わったところである。夜のパトロールに俊之は参加できないので手塚に挨拶をしたのだった。

「来年もお互いにいい年を迎えたいね。」

手塚が言うと

「今年以上に努力をしないとだめですね。」

俊之は言った。手塚はパトロール隊のメンバーがすでに家に帰って周囲には俊之しかないのを見て

「高村さんはこのあとも用事があるのだろう?」

と言った。

俊之が

「はい。」

と言うと手塚は

「早く行きなさい。」

と言った。

「失礼します。」

俊之は言って町内会館をあとにして歩き出した。

 日が落ちて夜になっていた。時間が経つにつれて湾岸沿いの遊園地では年明けのイベントが始まろうとしていた。様々な動物の縫いぐるみを着たスタッフがテンポ良く対応していた。俊之と久美子は混雑する遊園地の中で年越しをするつもりでいた。

「それではこちらの方でゲームをします。」

スタッフがマイクで呼びかけていた。

「少しずついろいろなところを見てみようよ。」

俊之が言った。

「あそこのねずみのところも面白そうね。」

久美子は言って俊之の手を取った。遊園地とは言えさまざまなアトラクションがあり俊之でも充分楽しめる。若い久美子なら楽しいのは当たり前である。カウントダウンが近くなると少しずつ緊張した空気が流れるのが解った。

「観覧車に乗ってみようか?」

俊之が言うと

「乗ってみたい。」

久美子は嬉しそうに言った。

「観覧車はひとつ空いていますよ。」

スタッフの声が聞こえた。

「空いているみたいだね。」

俊之が言うと久美子は

「行きましょう。」

と言って俊之の手を取って小走りをした。混雑しているがタイミングよく空いていた観覧車にふたりは乗る事ができた。ふたりを乗せた観覧車は少しずつ上がって行き都心の夜景がきれに映し出されているのがよく見ることが出来た。ふたりをつかの間のファンタジーへと誘うような夢の世界であった。

「久美ちゃんとふたりで観覧車に乗るのは初めてだね。」

言いながら俊之はもう少し気の利いた言葉を言えばよかったと思っていた。

「はじめてでとても嬉しいです。」

久美子は言った。久美子は俊之の目を見つめたままいつまでも視線を逸らさなかった。俊之も久美子から視線を逸らさないでいた。久美子はいつの間にか俊之の手を取って指を絡ませてきた。俊之が久美子のから目をそらして地上を見ると久美子は指をギュッと強く握り締めてきた。俊之は久美子の目を見て指を握り返していた。そんな優しく静かな時間に過ぎていきいつの間にかカウントダウンが始まっていた。地上ではスタッフの声がマイク越しに聞こえている。やがてカウントダウンが終わり

「ハッピーニューイヤー。」

とスタッフが大きい声で言った。年が明けると花火が上がって大きく円を描いていた。静かに上がって空で大きく広がるのを俊之と久美子は見ていた。俊之と久美子を祝福するように大きく広がった花火はこれ以上にない高質の絵巻物のようであった。新年を迎えて眼下ではさらに大きな賑わいを見せているのが解る俊之にも久美子にも伝わってきた。

「何年かぶりでやっと本当の自分に戻れたかもしれない。」

俊之が言った。声が小さかったので

「もっと大きい声で言ってください。」

久美子は言った。空に広がる花火と眼下の賑わいが複雑に交差していたのであった。