雨のあとに虹 その205
「高村さんがあの極道で有名な町島組長とお知合いだったとは驚きましたよ。」
立花は言った。社用車は田中の運転で軽快に走っていた。
「知り合いといえば知り合いかな?」
俊之は言った。陽子は俊之の顔をじっと見ていた。以前に翔太から聞いた事は本当であった。その場にいた人の心を一瞬にして自分の方に向けさせる不思議な魅力が俊之にはあった。町島もそのひとりかも知れないと陽子は思った。そんな万能選手に見える俊之も恋愛が苦手という翔太の分析はあたっているかも知れないと陽子は冷静に考えていた。恵子は俊之と町島に何があったのかと興味があったであるが黙っていた。
「今日は早く話がついてよかったよ。」
俊之は言った。
「来週あと1日で休みだね。」
純子が言った。駅への道は寒い北風が吹いていた。月が代わりバレンタインデーが来る頃には気分的は春を近く感じる事が出来るはずである。女性にとって年に一度のイベントを終えて一息つけば桜が少しずつ蕾を広げる季節になる。
「休みになるとすぐに進級よね。」
久美子は言って言葉を選んでいた。
「お互い3年になれてよかったね。」
純子が言うと
「うん。」
久美子は言って複雑な表情をした。3月になれば大事な答えが出るのである。
「すっかりご馳走になってしまったね。」
育子が言うと
「これくらいは構わないさ。」
翔太が少しおどけて言いながら翔太が時計を見た。そんなに遅い時間ではないが夜にひとりで女性が歩くと凶悪な事件に巻き込まれる事が多くなっていた。
「私なら大丈夫だよ。」
育子が言うと
「油断は禁物だよ。」
翔太は言った。
「そんなに暗いところは通らないよ。」
育子が言うと
「確かに育子さんなら大丈夫かな?」
翔太ふざけて言った。
「それって失礼よ。」
育子が言うと
「そんなつもりではないよ。」
翔太は言った。
「許してあげるよ。」
育子が言った時に女性の悲鳴が聞こえた。
「うん。」
翔太は言って耳をすませた。
「今の声は?」
育子が言うと
「こっちだよ。」
翔太が言った。ふたりは声のがした方向に全力で走って言った。
「いらっしゃいませ。」
店主が言った。店主が店を閉めようとした時に田所はひとりで店に入って来たのだった。こんな時間に店に来る客は少なかった。普段ならもっと早い時間に店を閉めるのであるが今日は所属する商店会のイベントがあったために遅くなっていた。バレンタインデーに向けて若い女性がキャンペーンガールとして歌を歌ってチョコレートのサンプルを配っていた。店主はその手伝いもあって店を開けたままであった。店を開けていても客が訪れるわけではなかったがこれも商店会の付合いだった。
「これをください。」
と田所が言った。店主が見ると田所が手にしていたのはダガーナイフであった。
「ありがとうございます。」
店主は田所の顔をじっと見て顔を記憶していた。
「あそこだよ。」
育子が言う方向を見るとひとりの女性が4人の男に周りを囲まれて押し倒されているのが見えた。
「あいつら!」
翔太が言うと走り出し
「許せない。」
育子も言って翔太と走って行った。
「何をやっている!」
翔太は言うと抱えられた女性を助けるために男の腹部に蹴りを入れた。
「痛てえ!」
男が言って腹部を押さえると翔太は拳を顔面に入れていた。
「お前たちこそ何だよ。」
他の男が言って育子に殴りかかろうとした。
「あなたたちは卑怯なのよ!」
育子は言って男を投げ飛ばした。
「痛てえ!」
男が言うと
「まだ許さないわよ。」
育子は言って男の手首を締め上げた。
「痛てえ!」
男は言って大きな悲鳴を上げた。
「男の癖に情けないよ。」
育子は言った。
「お前たちは俺が相手だ。」
翔太が言ってひとりの男の顔面に拳を入れるともうひとりの男の腹部に蹴りを入れていた。翔太と育子が本気になったのだから4人の男はすぐに気絶していた。
「大丈夫ですか?」
翔太は言って女性の方へ行くと
「ありがとうございます。」
と言ったその女性は直子であった。
「笹川さん。」
直子が言うと
「知っている女性なの?」
育子は言った。
「育子さんにはあとでゆっくり説明するよ。」
翔太が言うと
「この気絶したな情けない男たちをどうしようか?」
育子は男の顔を見て言った。
雨のあとに虹 その204
「そろそろ時間だな。」
町島が柳田に言うと
「もう約束の時間です。」
柳田は時計を見て言った。
「高村俊之さん。」
町島が呟くように言うと
「何か?」
柳田は町島を見て言った。
「わしの負けだよ。」
町島は呟いた。
「総武の人たちが来ました。」
玄関に居た若い衆が言った。町島は鏡を見て髪とネクタイを調えたると深呼吸をして大きく息を吐いた。今日の町島は珍しく緊張していた。応接室に行くと俊之の両サイドには陽子と立花が座っていた。さらに立花の横には恵子が座っているのが町島の目に入った。町島を見ると4人が立ち上がった。
「堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。」
町島は言った。
「このたびはご迷惑をおかけしまして申し訳ありませんでした。」
立花が言うと
「座ってください。」
町島が言うと立花は拍子抜けしたように町島を見た。顔だけで判断すれば町島は今にも攻撃をしてきそうな風貌で迫力があった。陽子は俊之と町島の顔を交互に見ていた。恵子は一心に町島の顔を見据えている。
「ご無沙汰しております。」
俊之が言うと町島は右手を上げて。
「高村さんに謝らなければいけないようです。」
町島は言った。
「それはどういうことでしょうか?」
立花が言うと
「今回の件については私どもに手違いがあったようです。」
町島が言うと
「そうですか?」
立花は言って俊之と町島を見た。
「総武さんには何の落ち度もありません。」
町島が言うと
「騒音でご迷惑をおかけしたと報告を受けていますよ。」
俊之は微笑んで言った。
「ここは町島の顔に免じて無かった事にしてはもらえませんか?」
町島はなれない敬語を使って言った。
「それは大変にありがたい事で総武としても感謝しています。」
俊之が言うと立花は安心して町島を凝視した。陽子は驚きを少しだけ顔に出して恵子は何が起こったのか解らないままに話を聞いていた。
「わしは高村さんに恩があるからな。」
町島は言った。
「町島さんは大げさですよ。」
俊之が言うと
「あの場合はわしたちの世界にいる人間ならすぐにピストルに弾を入れて落とし前をつけさせたはずだ。」
町島は言った。
「僕は一般の人間ですよ。」
俊之が言うと
「高村さんがそれをしなかったのは違う理由からだと思う。」
町島は言った。
「そんな大げさな話ではないですよ。」
俊之が言うと
「生命のやり取りはくだらないとまで言って勝ち誇るでもなく落着いた振る舞いにわしは完敗したよ。」
町島は言った。
「僕は大事な友人を救いたかっただけですよ。」
俊之が言うと
「今後は高村さんと矢島さんも含めた関係者には一切手出しはしないと約束をした。」
町島は言った。
「そんなに重く考えないでください。」
俊之が言うと
「今回はまさか高村さんが総武の次期社長になると知らなかったとは言えわしが約束を破ったのだから許してほしい。」
町島は言った。立花は息を呑み陽子の心臓は震えていた。恵子は今にも泣き出しそうな表情であった。
「もう過去は忘れましょう。」
俊之は言った。
「高村さんは寛大だね。」
町島が言うと
「総武に落ち度があれば謝罪するのが当たり前ですよ。」
俊之は言った。
「ご迷惑をかけた度合いによってそれなりの保障をさせていただくつもりです。」
立花が町島を見て言った。
「いずれにしても誠意を持って対応させていただきます。」
俊之が言うと
「私たちへの保障はいらないからこれで手打ちにしましょう。」
町島は言った。
雨のあとに虹 その203
「それではこれからパトロールをしますのでよろしくお願いします。」
手塚が言うと俊之を含めて8人のパトロール隊のメンバーは大きく頷いた
「それでは行きましょう。」
俊之が言うと一同が歩き出した。
「高村さんも最近は仕事が忙しいようだね。」
手塚は優しく言った。
「最近は忙しくなりました。」
俊之が言うと
「それは良い事だよ。」
手塚は言った。
「少しばかり大きい企業の仕事をしています。」
俊之が言と
「それは立派だね。」
手塚が自分の事のように喜んで言った。
「すごく寒いですね。」
寒さでメンバーのひとりが思わず言うと
「寒いね。」
手塚も震えがちの声で言った。春は近くまで来ていたがこの冬一番の冷え込みであった。
「早かったね。」
久美子は大学の窓口で先に来ていた純子に言った。
「今日は早起きしたからね。
いつもは久美子が早く着くのに今日は純子の方が早かったので嬉しそうに純子は言った。
「早く手続きをとっておこうよ。」
久美子が言うと
「そうだね。」
純子は窓口を見て言った。
「お金を使い込んだら除籍されてしまうからね。」
久美子が冗談のように言うと
「使い込みそうだったよ。」
純子は言った。
「そんな事をしたらあとで取り返しがつかなくなるよ。」
久美子は純子に言った。
「出発の時間です。」
陽子が言うと俊之は時計を見た。
「行こうか。」
俊之は言って俊之が立ち上がると陽子もあとに続いた。社長室から廊下に出て俊之と陽子が歩き出すとあとを追いかけるように恵子が早歩きをして追いついて来た。
「高村さん!」
恵子が言うと俊之は後ろを振向いた。
「薬師寺さん。」
俊之が言うと
「私もご一緒します。」
恵子は言った。
「薬師寺さんも行くの?」
立花がエレベーターホールから現れて言うと
「当たり前じゃないの。」
恵子は言った。
「それはそうだけどね。」
立花が言うと
「私は交渉部長ですよ。」
恵子は言った。
「今回の相手はその世界の人だから止めておいた方がいいよ。」
珍しく歯切れが悪く言う立花が言うと
「私もご一緒しますから構わないですよね?」
陽子は言った。
「それでは覚悟を決めてみんなで行こう。」
俊之が言うと立花をはじめ陽子も恵子も気が重いのを少しだけ紛らわす事ができた。俊之だけが平常心でいた。
「今日は大きい方の社用車で行きましょう。」
立花は言った。