開運童子のブログ -42ページ目

雨のあとに虹 その226

「今日の試合は絶対に落とせないから全力でがんばります。」

育子はコーチの朽方に言った。

「お前なら勝てるよ。」

朽方康彦は言うとそっと育子の肩を叩いた。試合が始まると苦戦しる時もあれば圧勝する時もあった。育子にとって今日は遂に漕ぎつけた決勝戦であった。決勝戦が始まる前に試合会場に俊之が入って来ると試合会場は熱気に包まれていた。俊之が育子を見ると育子も俊之と目を合わせていた。ふたりはどちらからともなく頷いていた。

「今の育子さんなら勝てるはずだよ。」

俊之は小さい声で言った。

「試合開始。」

審判が言って笛を吹くと育子のアスリートとしての能力がフル回転していた。

「ナポリタンお願いします。」

久美子が言うと

「はい。」

ひとみが返事をして用意をはじめた。昨夜はあのような出来事があって久美子やひとみは平然としていなければならなかった。周囲の人は気付かないが人は誰でもいろいろな悩みや事情を抱えているものである。久美子やひとみが危ない目にあった翌日だとは誰も気づく事はなかった。久美子はひとみを見ると自分では解らない俊之とひとみと入江麗子の因縁のようなものを感じてはじめていた。

「大変お待たせ致しました。」

久美子は言って珈琲を出すと

「次のお客様はこちらへどうぞ。」

ひとみが言った。ひとみも仕事をしながら考えていた。俊之がいなかったら昨日は自分がどうなっていたら解らない状態であった。何事もなく無事であったのは俊之のおかげである。俊之は町島との間に起こった過去の経緯によってひとみは無事でいられたのである。不思議な魅力を持った俊之は周囲の人たちの心を捉えると放すことはなかった。ひとみは横にいる久美子をそっと見た。

「試合終了。」

審判笛が言って吹いた。この瞬間に育子の勝利が決まっていた。俊之は立ち上がって育子を見ると育子も俊之を見た。

「勝ててよかったね。」

ゆき乃が言うと

「よく戦ったな。」

朽方は言った。

「ありがとう。」

育子は嬉しさを隠せずに言った。育子が仲間の祝福を受けているのを俊之自分の事のように嬉しかった。

「これで北京五輪に行けるね。」

俊之が小さい声で言うと出口の方へ歩き出していた。

「高村さん。」

育子は言って俊之の方に走って来ていた。

「優勝おめでとう。」

俊之が振り返って言った。

「今日はこれから時間が空いたから何か食べに行こうよ。」

育子は明るく言った。

「間違いありません。」

千晴が言うと静江も頷いた。

「そうですか。」

菊池が言うと

「はい。」

静江は言った。

「ではこちらへどうぞ。」

菊池が言って別の部屋に案内した。

「はじめまして。」

30代後半の菊池より少し年上の刑事が別の部屋で待っていて言った。

「こちらがご遺族である奥さんとお嬢さんです。」

菊池が言うと

「私は警視庁捜査一課の桜田です。」

桜田陽一郎は言った。

「石井静江です。」

静江が言うと

「石井千晴です。」

千晴が言った。

「このたびは大変お気の毒さまです。」

菊池が言うと

「実は大変申し上げ難い事ですけどね。」

桜田は言葉を選んで言った。

「何でしょうか?」

千晴が言うと

「おっしゃってください。」

静江は言った。

「純一さんは被害者でありますが斉藤弘子という詐欺師を脅してお金を取っていた疑いがあります。」

桜田は慎重に言った。

「つまり詐欺師の弱みに付け込んでお金を要求したとおっしゃるのですか?」

静江が言うと

「逮捕された斉藤弘子がそう言っていましてね。」

桜田は言った。

雨のあとに虹 その225

「おはようございます。」

直子は約束に喫茶店に入って来て俊之を見つけると笑顔で言った。

「急に時間をもらって申し訳ないね。」

俊之が言うと

「構いませんよ。」

直子は言った。

「急いでいたのでね。」

俊之は言った。

「高村さんに誘われるのははじめてですね。」

直子は嬉しそうに言った。

「そうだったかな?」

俊之は言った。

「いつも私がお誘いしていましたよ。」

直子が言うと俊之はポケットから封筒を取出して

「これは時間がかかったけど取戻したからね。」

と言って直子の前に差し出した。

「これはどうしたのですか?」

直子は驚いて封筒を見ながら言った。

「斉藤弘子から取られた80万円だよ。」

俊之が言うと

「取り戻せたのですね。」

直子は言った。

「確かめてください。」

俊之が言うと

「返済が大変だからどうしようかと思いました。」

直子は言って封筒の中身を確かめていた。

「世の中うまい話は転がっていないから気をつけた方がいいよ。」

俊之が言うと

「考えてみればおかしかったですね。」

直子は言った。

「80万円で大手プロダクションを紹介するとは人の弱みに付け込んでいるね。」

俊之が言うと

「今回はとてもいい勉強になりました。」

直子は自分の軽率さに反省をして言った。

「私は今日の帰りは遅くなるからね。」

千晴はそう言って家を出ようとしていた。静江は千晴を見て言葉をかけようとした時に家の電話が鳴りだしていた

「お母さんが出るからね。」

静江は言って電話を取ると

「石井静江さんのお宅でしょうか?」

電話の相手が言った。

「そうです。」

静江が言うと

「警視庁捜査一課の菊池と申します。」

菊池雄介が落着いた口調で言った。

「警察の方ですか?」

静江が言うと

「昨夜ご主人さんの石井純一さんが死体で見つかりました。」

菊池が同情するような口調で言った。

「そうですか?」

静江は言うと顔に緊張の表情を浮かべていた。

「どうしたの?」

千晴が言っても言葉に詰まった静江は黙って菊池の話を聞いていた。

雨のあとに虹 その224

「町島さん。」

俊之が言うと

「ありがとうございます。」

久美子は言った。俊之たちは牛山たちが去り久美子とひとみを連れて倉庫から離れた所に立っていた。
「明日には斉藤弘子は警察に逮捕されると思います。」

町島は言った。

「それで良いのですか?」

俊之が言うと

「牛山たちも年貢の納め時のようだ」

町島は言った。

「こんなに大掛かりだとは思いませんでしたよ。」

俊之が言うと

「わしは高村さんを守ると言った以上は約束を守らせてもらうよ。」

町島は言った。

「今回はあぶなかったですよ。」

俊之が言うと

「私が軽率でした。」

ひとみは反省して言った。

「ひとみさんは悪くないですよ。」

俊之が言うと

「すみません。」

ひとみは言った。

「お嬢さんには恐い思いをさせてすまないね。」

町島は久美子を見て言った。

「いいえ。」

久美子が言うと

「お嬢さん勇気ある行動をとったね。」

町島は言った。

「私は夢中だっただけですよ。」

久美子が言うと

「あの状況で高村さんを庇うとは相当な勇気だよ。」

町島は言った。

「そんな事はありません。」

久美子は今頃になって少し涙が出てきたのである。

「一番勇気があるのはお嬢さんなのかもしれないね。」

町島はそう言うと久美子を見て微笑んでいた。

「あれは何だ。」

運転していた秋田克彦は助手席に座っていた妻の秋田峰子に言った。

「暗くてよく見えないわね。」

峰子は言った。克彦は街灯がなくてスピードが出せない状態でハンドルを回した時に人間らしきものが横たわっているのを見たのである。

「ちょっと降りて見て来る。」

自動車を止めた克彦は言って外へ出て行った。

「暗いから気をつけてね。」

峰子は言った。少しすると克彦は自動車に戻って来た。

「どうだった?」

峰子が言うと

「警察に連絡しよう。」

真っ青になった克彦は言った。

「どうしたの?」

峰子が言うと

「人が死んでいる。」

克彦は言った。近くには石井純一の変わり果てた姿があった。

「そんな事があったの。」

育子は翔太との電話で少し落着いた時間を取戻しながら言った。

「これで斉藤弘子が逮捕されれば一連の事はすべて解決ですよ。」

電話の向こうで翔太が言った。

「もうひとつ残っているでしょ?」

育子は自分の部屋で寛ぎながら言った。

「もうひとつ?」

翔太が言うと

「大事な案件があるでしょ?」

育子は言った。

「その件は劇的に解決しますよ。」

翔太が言うと

「私が書いたシナリオだからしっかり演じてよ。」

育子は言った。育子は始まる最後の大一番に少し緊張をしていたが期待も大きかった。

 インタフォンが鳴っていた。昨夜は帰りが遅かったからまだ眠かった。弘子は眠い目を開けてやっとの事で起き上がっていた。

「こんなに朝早く誰よ!」

弘子はと言いながら時計を見ると6時を少し過ぎていた。弘子はあまりにうるさいのでパジャマの上からガウンだけを羽織ってあくびをしながら玄関に行った。朝早くからマンションに来るとは牛山も迷惑な男だと思いながら玄関のドアを開けるとドアの向こうに中年の男がふたりと若い女性がひとり立っていた。

「朝早くからすみません。」

ひとりの男が言った。

「こんなに早く何よ。」

弘子が言うと

「斉藤弘子さんですね。」

もうひとりの男が言った。

「そうです。」

弘子が言うと

「警視庁捜査2課の杉山です。」

杉山利秀者は言った。

「同じく金田です。」

金田二郎が言うと

「中森です。」

中森あずさも言った。

「捜査2課ですか?」

弘子が言うと

「詐欺容疑で逮捕状が出ています。」

杉山が言うと弘子に逮捕状を見せた。弘子は頭が呆然となった頭の中が真っ白になっていた。女性警官のあずさが弘子に素早く手錠をはめていた。この瞬間に俊之に関する不幸は解決へと加速していた。