雨のあとに虹 その226
「今日の試合は絶対に落とせないから全力でがんばります。」
育子はコーチの朽方に言った。
「お前なら勝てるよ。」
朽方康彦は言うとそっと育子の肩を叩いた。試合が始まると苦戦しる時もあれば圧勝する時もあった。育子にとって今日は遂に漕ぎつけた決勝戦であった。決勝戦が始まる前に試合会場に俊之が入って来ると試合会場は熱気に包まれていた。俊之が育子を見ると育子も俊之と目を合わせていた。ふたりはどちらからともなく頷いていた。
「今の育子さんなら勝てるはずだよ。」
俊之は小さい声で言った。
「試合開始。」
審判が言って笛を吹くと育子のアスリートとしての能力がフル回転していた。
「ナポリタンお願いします。」
久美子が言うと
「はい。」
ひとみが返事をして用意をはじめた。昨夜はあのような出来事があって久美子やひとみは平然としていなければならなかった。周囲の人は気付かないが人は誰でもいろいろな悩みや事情を抱えているものである。久美子やひとみが危ない目にあった翌日だとは誰も気づく事はなかった。久美子はひとみを見ると自分では解らない俊之とひとみと入江麗子の因縁のようなものを感じてはじめていた。
「大変お待たせ致しました。」
久美子は言って珈琲を出すと
「次のお客様はこちらへどうぞ。」
ひとみが言った。ひとみも仕事をしながら考えていた。俊之がいなかったら昨日は自分がどうなっていたら解らない状態であった。何事もなく無事であったのは俊之のおかげである。俊之は町島との間に起こった過去の経緯によってひとみは無事でいられたのである。不思議な魅力を持った俊之は周囲の人たちの心を捉えると放すことはなかった。ひとみは横にいる久美子をそっと見た。
「試合終了。」
審判笛が言って吹いた。この瞬間に育子の勝利が決まっていた。俊之は立ち上がって育子を見ると育子も俊之を見た。
「勝ててよかったね。」
ゆき乃が言うと
「よく戦ったな。」
朽方は言った。
「ありがとう。」
育子は嬉しさを隠せずに言った。育子が仲間の祝福を受けているのを俊之自分の事のように嬉しかった。
「これで北京五輪に行けるね。」
俊之が小さい声で言うと出口の方へ歩き出していた。
「高村さん。」
育子は言って俊之の方に走って来ていた。
「優勝おめでとう。」
俊之が振り返って言った。
「今日はこれから時間が空いたから何か食べに行こうよ。」
育子は明るく言った。
「間違いありません。」
千晴が言うと静江も頷いた。
「そうですか。」
菊池が言うと
「はい。」
静江は言った。
「ではこちらへどうぞ。」
菊池が言って別の部屋に案内した。
「はじめまして。」
30代後半の菊池より少し年上の刑事が別の部屋で待っていて言った。
「こちらがご遺族である奥さんとお嬢さんです。」
菊池が言うと
「私は警視庁捜査一課の桜田です。」
桜田陽一郎は言った。
「石井静江です。」
静江が言うと
「石井千晴です。」
千晴が言った。
「このたびは大変お気の毒さまです。」
菊池が言うと
「実は大変申し上げ難い事ですけどね。」
桜田は言葉を選んで言った。
「何でしょうか?」
千晴が言うと
「おっしゃってください。」
静江は言った。
「純一さんは被害者でありますが斉藤弘子という詐欺師を脅してお金を取っていた疑いがあります。」
桜田は慎重に言った。
「つまり詐欺師の弱みに付け込んでお金を要求したとおっしゃるのですか?」
静江が言うと
「逮捕された斉藤弘子がそう言っていましてね。」
桜田は言った。