雨のあとに虹 その35
休憩時間になって久美子は遅い食事を取っていた。及川が現れた時にはゾクッとしたが何事も無く過ぎそうだ。たぶん。時間が余ったので同じフロアーにあるテナントを見て回る。本屋に雑貨店、めがね屋とにぎやかだ。事務室の前を通ると小さくひとみの声が聞こえてきた。久美子はつい立ち止まって聞いてしまった。
「堀川さんには言いました。」
ひとみが自分の名前を言っている。
「高村には関わらないように普通のお客を扱うのと同じように接してもらうように言いました。それより私の復讐の手伝いはちゃんとしてくれるの?」
ひとみが言った。その時久美子の身体が凍りついた。ひとみは復讐と言っていた。復讐って何の事だろう。
「俊さんに復讐?」
久美子は声を出していた。頭が真っ白になって何も考えられなかったのである。
「それであなたはどう答えたのですか?」
早苗が言った。
「お前の家もそうだろうと言ったよ。」
矢島は言った。
「高村さんは何て言ったの?」
早苗は言った。
「とても寂しい顔をして家族とはそういうものなのかと言ったよ。」
矢島は言って息を大きく吸った。
「高村さんは心配された事がなかったのかしら?」
早苗は言った。
「俺はあの時の高村の顔が忘れられないよ。」
矢島は言った。
「私もその時の情景が浮かぶようだわ。」
早苗は言った。
「何とも言えない寂しそうな悲しそうな顔をしていたな。」
矢島は言った
「そうでしょうね。」
早苗は言ったがそれ以上の言葉が出なかった。
「もう時間だな。」
矢島は言って立ち上がった。
俊之は駅を降りて大通りを歩いていた。人の流れに沿ってテンポよく歩くと自然にスピードも増していた。信号待ちで呼吸を整えると青信号で歩く時にスピードがさらに速くなった。俊之は人混みを縫って急に細い路地に入った次の道を曲がった。曲がったとたんに俊之は足を止めた。俊之は翔太とは違う気配をから感じていた。今も後ろに人の気配があった。
「僕に何か用なら逃げ隠れしないから堂々と姿を現したらどうだい。」
俊之は姿が見えない相手に言うと歩き出した。次の路地を曲がって大通りへと戻って行った。俊之は今までも人の気配を感じる事はあったが気付かぬふりをしていたのだ。その気配の相手は誰なのか?いずれ正体が解かるときが来るであろう。
沢田は自分の尾行を俊之に気付かれたのを知ってショックを受けていた。気付かれないようにしたはずであった。榊原に早く報告しなければならない事があるので沢田はすぐに歩き出した。歩き出すと前に翔太が立ちふさがっていた。
「高村さんの何を調べているのですか?」
静かに翔太が言った。それと同時に関口と3人の暴走族風の男に取り囲まれていた。周囲に一瞬緊張した空気が流れた。何も言わずに沢田は一番背が低い男に体当たりして全速力で走って行った。
「待て!」
関口は言って追おうとするが
「追わなくて良い!」
と翔太は言った。
「どうして追わないのですか?」
関口が言うと。
「今日はここまででいい。」
翔太ははっきりとした口調で言った。
俊之は太田道彦が経営する整体治療院の受付に立っていた。
「こんにちは。」
俊之が声をかけた。
「高村さんは元気だったかな?」
太田が受付に顔を出して明るく言った。
「おかげさまで元気です。」
俊之が言った。
「身体の歪みを取って健康を維持するのは日頃の努力だよ。」
そう言って太田は俊之を促した。
「今日もよろしくお願いします。」
俊之が言った。
「まかせなさい。」
太田は明るく言った。
「太田さんにはいつも励まされますよ。」
俊之が言うと太田は。
「それより高村さん早く結婚しないといけないね。」
と冗談交じりに言った。
「そればかりは相手がいる事ですからね。」
俊之は照れて言った。
「お先に失礼します。」
久美子は言った。
「お疲れ様。」
ひとみが言った。小百合も
「お疲れ様でした。」
と言う。
「それでは明日。」
と久美子は言った。時間が来るとすぐにトレンドカフェのフロアーを出てエスカレーターに乗った。これから純子と会う約束をしていたのだ。久美子は、夕食をしながら純子の意見を聞こうとした。久美子は純子には少し頼りないところがあると思っている。そんな事をいったら純子に叱られそうだが本当のところだ。そんな純子は久美子にとってかけがえのない親友であった。今回の相談は純子の得意分野ではあるので少しでも参考になればと思っていた。久美子は駅のホームで電車を待った。時間があるので純子に電話をかけた。
「私だけどこれから電車に乗るからね。」
久美子は言った。
「先に店に入って待っているね。」
純子が電話の向こうで言った。
「少し遅れるけど待っていてね。」
久美子は言って電話を切った。ちょうど久美子が待つホームに列車が入って来たのだった。
雨のあとni虹 その34
俊之は織田の会社を出た。少し時間に余裕がるからゆっくり移動しても間に合う。天気が良い日はゆっくり散歩をするのも良いと思っていた公園でも散歩しようか?名度々考えて都心のビルの谷間を歩きながら高層ビルを見ていた。自分も以前はあのようにビジネスマンとして組織の一員として仕事をしていたのだ。そんな事を考えていた時である。
「高村くん。」
言われて声のする方を見る。 俊之が三友商事に在籍中の上司が目の前にいたのである・
「山本さん。」
俊之は言った。
「久しぶりだね。」
山本は言った。山本は50歳を少し過ぎたばかりである。
「ご無沙汰しております。」
俊之は言った。山本の顔を見ると懐かしさがこみ上げてきた。
「少しやせたようだが元気そうじゃないか?」
山本が言った。
「山本さんもお元気そうで何よりです。」
俊之は言った。
「あのあと本社が湾岸沿いに移転してね。」
山本は言った。
「それは存じています。」
俊之が言う。
「一度会社に顔を出さないか?」
山本は言った。
「それは構わないですよ。」
俊之は言った。
「高村くんとはあらたまって話がしたい。」
山本が言って俊之に名刺を差し出した。俊之は名刺を受取り
「近いうちに是非お邪魔させていただきます。」
と言って自分の名刺を山本に渡した。山本は俊之の名刺を受取って
「時間がないからまたゆっくり会おう。」
と言った。
「はい!」
俊之が言い終わらないうちに山本は待たせていた車に乗った。車はスタートするとスピードを上げて走り去って行った。俊之は山本を乗せた車を見送っていた。
「少し時間があるから高村の事で俺が知っている事を話しておくよ。」
矢島は社長室で妻の早苗に言った。
「どんな事なの?」
早苗は言った。早苗は以前から興味があったので早く聞きたくなったのである。
「高村のご両親は今で言うできちゃった結婚だったそうだ。」
矢島が言うと
「あの時代に大変だったでしょうね。」
早苗は言った。
「おかあさんが妊娠された時におとうさんは中絶させようと思っていたそうだ。」
矢島が言うと早苗は
「かわいそうに!」
と言った。
「おとうさんはそうとうな遊び人だったらしい?」
矢島が言った。
「そうだったの?」
早苗は言った
「おかあさんはいざ病院へ行こうと思うと母性が働いたためか高村を生みたくなったそうだ。」
矢島は言った。
「女ならみんなそういうものよ。」
早苗は言った、
「おかあさんは中絶して金持ちの御曹司と見合いをする予定だったそうだがね。」
矢島が言った。
「仕方がないわよ。」
早苗が言った。
「妊娠した事を自分の親とおとうさんの親にも何らかの方法で伝えたらしい。」
矢島が言うと早苗は
「こういう噂は広がるのが早いのよ。」
早苗は言った。
「いろいろと両家の家族で話し合って最終的には結婚して高村を生んで育てる事にしたそうだ。」
矢島が言うと早苗は
「一番良い方法よね。」
と言った。
「おとうさんは怠け者だったのでおかあさんは苦労したらしい。」
矢島が言うと早苗は
「男として最低だわ。」
と言った
「それはそれでも時間と言うものは家族を創り上げるもので妹さんの静江さんも生まれ周囲から見ると平凡な家族に見えていたそうだ。」
矢島が言った
「良かったじゃないですか?」
早苗が言う。
「その時点ではそうだな。」
矢島は言った。
「高村さんはかわいそうね」。
早苗は言った。
「高村のご両親は静江さんを可愛がったが高村はそんなに大事にされかったらしい。」
矢島が言うと早苗は
「そんな事って!」
と言った。
「学校も妹さんは幼稚園から私立だが高村は公立だった。」
矢島は言った。
「それは成績の違いからなの?」
早苗は言った。
「高村は頭が良かったから首都圏大学に入学したけどな。」
矢島が言った。
「首都圏大学とは優秀ね。」
早苗は言った。
「俺も高校に入ってから知合ったから噂を聞いただけだけどな」
矢島が言うと
「本当ならかわいそうだわ。」
早苗が言った。
「高村はそんなハンデを克服して首都圏大学から三友商事に入社するのだが高校時代に俺に変な事を言ったな。」
矢島は言った。
「変な事って?」
早苗が言う。
「親と言うのは子供の帰りが遅かったら心配するものなのか?とね。」
矢島が言った。
雨のあとに虹 その33
「おはようございます。」
久美子は言った。開店時間までもう少しである。
「ちょっといいかしら?」
ひとみが言った。
「はい。」
久美子は言ってひとみが指を指した方に歩いて行った。フロアの隅に行くと
「例の高村さんとはどうなっているの?」
ひとみは言った。
「先日食事をしました。」
久美子は言った。
「あれはもういいわ。」
ひとみが言う。
「もういいって?」
久美子が言うと
「もう普通にしていて。」
ひとみは言った。
「そういわれても!」
久美子が言うと
「中年男が本気になるとしつこいから普通のお客として扱っていいわよ。」
ひとみが言った。言い終わるとひとみはさっさと持ち場へ着いたのである。久美子はなんとも割切れない気持ちになっていた。確かに最初は興味本位で俊之に親しくしたがそれは最初だけである。ストーカーの及川に付きまとわれたとは違って俊之にアプローチしたのは久美子の意志でもあったのだ。自分の気持ちはどうなるのだろう?ひとみは自分の気持ちは考えてくれなかったのだろうか?自分が俊之と親しくした事がひとみにとって何か意味があるのだろうか?少なくても自分には何かがあるように思う。そう考えていた久美子はこれから何かが始まるような気がしていた。そんな複雑な気持ちを抑えて久美子は持ち場へ戻って仕事が始まった。
「いらっしゃいませ。」
久美子は言って顔を上げた。見ると及川がニヤニヤして立っていた。久美子は背中がゾクッとするのを覚えていた。
「堀川さんはこっちをお願いね。」
小百合が言った。久美子とさゆりが入れ替わっていた。ひとみも異様な空気を悟って
「どうしたの?」
と言った。
「それは経営者側の都合ですよ。」
俊之はいつになく厳しく言った。
「そうですか?」
織田は言った。
「社員を雇用する以上は条件をきちんと提示しなければいけないですよ。」
俊之が言った。
「結果が良ければ給料だって上がるし歩合でもいいと思います。」
織田は言った。
「それでも最低労働賃金を支払わないとダメですよ。」
俊之は言った。それでも織田は
「そんなものですか?」
と言う。俊之は
「正社員に時給はありえないですよ。」
と言った。
「条件は良いと思うけどね。」
織田は首を傾げて言った。
「織田さんが望むのは社員ですよね?」
俊之は言った。
「そうですよ。」
織田は力なく言った。
「共同経営者ならそれでも良いけれど社員は守られているわけです。」
俊之が言っても
「うん。」
と織田は言うだけだった。
「みんな就職に来ているわけです。」
俊之が言った。
「それは解るけどね。」
織田が言うと
「経営をしたいと思う人は面接には来ないで会社を始めますよ。」
俊之が言うと織田は
「そうなものかな?」
と言った。
「社員のみなさんは就職のために来る事をよく理解してください。」
俊之は言った。
「もう帰ったみたいよ。」
小百合は言った。
「ありがとう。」
久美子が言うと小百合は
「お互い様よ。」
と言った。
「背中がゾクッとして動けなかった。」
久美子が言った。
「あの人顔は良いから普通にしていればもてるのにね。」
小百合が言った。
「そうかな?」
横からひとみが言った。