雨のあとni虹 その32
天門の事務所を出て駅へ向かう俊之の携帯にメールが来た。育子からであったメールは
「今週末も競馬はしっかり当てたいですね」
と書かれていた。俊之は
「競馬はお互いしっかり当てましょう。」
と返信した。
育子から
「それから再来週はいよいよ卓球の試合ですから応援に来てください。」
とメールが着た。
「卓球の試合は必ず見に行きますのでプレッシャーを押しのけて自分のペースで戦ってください。」
と俊之は返信した。
久美子は部屋に帰ってきた。そろそろ年末の忙しさがやって来る。大きなイベントクリスマスが終われば新年を向かえ成人する。ここ一ヶ月くらいで急に周囲の動きが変わってきた。良い事なら大歓迎だが嫌な事は起こって欲しくない。それは誰もが同じ考えだろうが「トレンドカフェ」のバイトを始めてからいろいろな事が起こるようになってきた。もちろん良い事もあるのだ。
「あのストーカーが今日は現れなくて良かった。」
と呟いていた。悪い事ばかり考えていてもしょうがないのである。それは解かっている。そこに携帯が鳴る久美子が出ると。
「私だけど。」
と純子が言った。
「純子。」
久美子が言った。
「久美子は競馬に興味ある?」
純子が言った。
「競馬って面白そうだね。」
久美子が言うと
「よければ今度競馬場に行かない?」
純子が言った。
「いいけど私競馬はぜんぜん知らないよ。」
久美子は言った。
「そんなのすぐに覚えるよ。」
純子は言った。
「みんなやっているみだいだね。」
久美子が言うと
「どうせ行くのは年明けだけだよ。」
純子が言った。
「気分転換に行きたいね。」
久美子が言うと
「その時になったら誘うね。」
純子が言った。
電話を切ってから
「競馬は意外と恐いかもしれない?」
久美は呟いた。俊之は競馬をしているが久美子には俊之が競馬をする姿は想像できなかったのである。
晴れわたった青空がきれいである。たまには都心部でも空気が澄んでいることがある。特に冬場は北風が吹くと鮮やかな青空が見える。俊之は織田が経営するイーエンジニアに顔を出した。
「おはようございます。」
俊之が言った。
「社長は外出中していましてもうすぐ戻ると思います。」
野村が言った。
「織田さんはいつも朝からがんばっているね。」
俊之が言うと
「社長は仕事面では尊敬するけど僕たちとはコミュニケーションが取れない状態が続いていましてね。」
野村が言った
「そうだったの?」
俊之が言うと
「最近は特ひどいですよ。」
野村が言った。
「コミュニケーションは難しいからね?」
俊之が言うと野村が
「高村さんも力を貸してくださいよ。」
と言った。
「僕からも時期をみて話をするよ。」
俊之が言った。
「ところでイブの日は何か予定がありますか?」
野村が言った。
「イブ?」
俊之が言うと
「クリスマスですよ。」
野村が言った。
「僕にはあまり関係ないかな?」
俊之が言った。その時に俊之の携帯が鳴った。
「どうぞ」
ど野村が言った。
「失礼」
俊之が言って携帯に出た。
「吉田です。」
電話の向こうで未来が言った。
「おはようございます。」
俊之が言った。
「突然だけどイブの予定は空いている?」
未来が言う。
「今の他の人から聞かれたけど特にないですね。」
俊之が言う。
「だったら先日の恵まれないあすなろ会で子供たちとクリスマス会を開くけど来てくれない?」
未来が言った。
「勿論いいですよ。」
俊之が言う。
「よかった。」
未来が言った。
「楽しそうですね。」
俊之が言うと
「間違いなく予定を空けておいてね。」
未来が言った。
「了解しました。」
俊之が言って電話を切ると野村がニヤニヤしながら俊之を見て
「イブはしっかり彼女とデートですね?」
と言った。
「そうじゃないけどね。」
俊之が言うと
「暇なのは僕だけですね。」
野村が大きなため息をして言った。
雨のあとni虹 その31
「遅くなりました。」
俊之が言った。
「高村さん急にすまないね。」
天門が言った。
「とんでもありません。」
俊之は言った。
「どうしても話しておきたい事があってね。」
天門は言った。俊之は天門の事務所を訪れる時には俊之からアポをとるのが通常である。だが今回は天門の方から会いたいと言ってきたのである。あらたまってのことで俊之は緊張を隠せなかった。
「何かありましたか?」
俊之は言った。
「その事だけどね。」
天門が言った
「はい」
俊之が言う。
「仕事運は上がってきているはずでそろそろ何かの動きがあるはずです。」
天門が言った。
「それでしたら以前にお話した友人である矢島の会社に顧問に入りましたよ。」
俊之は言った。
「建設会社の矢島さんだったね?」
天門が言った。
「高校からの親友です。」
天門が言った。
「他にもっと大物が現れそうだね。」
天門が言った。
「大物ですか?」
俊之は言った。
「それと恋愛運はまだ先かな?」
天門は言った。
「その件ですけどね。」
俊之は言った。
「何か進展があったかな?」
天門が言う。
「実は珈琲ショップでミートソースを運んできた店員さんが身体のバランスを崩して僕のズボンにこぼされましてね。」
俊之がそこまで言うと
「そのあとに店員さんと仲良くなったようだね。」
天門は言った。
「不思議ですがそうなりました。」
俊之が言った。
「その店員さんの名前は?」
天門は言って鑑定を始めた。
「堀川久美子さんです。」
俊之が言うと天門は
「その堀川久美子さんは微妙ですね。」
と検定結果を見て言った。
「微妙ですか?」
俊之は言った。
「もう少し様子を見た方が良いかもしれないね。」
天門が言った。
「それと以前にお話した笹川翔太さんですけどね。」
俊之が言うと
「笹川翔太さんはしばらく現状の付合いを続けた方がいいね。」
天門が言った。
「解りました。」
俊之が言った。
「それとここからが重要ですが運気が上がる時には反動もあるからね。」
天門が言った。
「反動ですか?」
俊之が言うと
「高村さんのご両親の事や12年前の事にも触れなくてはならないかもしれない。」
天門が言うと俊之は
「その件は仕方がないと思っています。」
俊之は言った。
「辛いでしょうが乗りきってください。」
天門が言うと
「ありがとうございます。」
俊之は言った。
「これからが正念場だよ。」
天門は言った。俊之は
「僕はその都度に最良と思う方法を取ってきました。」
と言うと天門は
「そうだったね。」
と言った。
「誰に何を知られても決して恥ずかしい事はありませんので大丈夫です。」
俊之が言うと。
「それを聞いて安心したよ。」
天門が言った。本来鑑定士とは私情を持たずに事務的に結果を出すのだが天門は弟を見るような目で俊之見た。
「先生のアドバイスが私にとって何よりの道標です。」
俊之が言うと
「高村さんは私と同世代だから人生まだまだこれからだよ。」
天門が言った。
「どんな事でも逃げないでがんばります。」
俊之は天門と目を合わせて言った。
雨のあとに虹 その30
翔太は三友商事の本社ビルの前に立っていた。中の様子を伺いながら携帯を手にした。
「関口か?」
と言った
「笹川さん。」
関口が言う。
「今日は時間が取れないからお前らで高村さんと久美子さんを護衛してくれ。」
翔太が言った。
「まかせてください。」
関口が言った。
「しっかり頼むぞ!」
翔太が言うと。
「大丈夫ですよ。」
関口が言った。
「かすり傷ひとつ負わせるなよ。」
翔太は言うと電話を切った。関口はかつて暴走族であったがい今はフリーターとしてまじめに働く青年である。20歳という年齢にしては大人であった。
「笹川さんがあれほど真剣に関わる高村さんはどんな人なのだろう?」
関口は言った。
純子の誘いを断って久美子は講義が終わるとすぐに北西大学を後にした。気に向かう途中に考えが頭をよぎった。ひとみに頼まれたとおり俊之とは親しくしている。昨夜は食事をして楽しかった。だがどうしてひとみは自分に俊之と親しくほしいと頼んできたのだろうか?トレンドカフェの開店日に俊之はふらりと珈琲を飲みにやって来た時にひとみは俊之をじっと見つめていた。久美子は思わず
「どうかしたのですか?」
と声をかけたものだった。そして3回目くらいに俊之が来た時に自分がパスタを俊之のズボンにこぼしたのだ。あの時に自分を押したのは誰だったのだろうか?偶然に押されたのだろうか?ひとみは久美子に軽く注意をしただけで時給まで上げてくれた。久美子にとってはありがたい事だった。俊之は決して悪い人ではない。それは久美子にもすぐに解った。でも俊之は他人にはあまり心を開いていないようだ。誰に対してもあのようにきちんとした言葉遣いを崩さないのだろうか?久美子を乗せた電車は都心のビルに近づいて来た。買い物をするために久美子は途中下車をする事にした。
俊之は郊外の墓地に佇んでいた。墓参りの季節ではないが「入江麗子」とかかれた墓の前俊之の姿があった。俊之はじっと動かず一点だけを見つめている。もし誰かが声をかけようとしても声をかけるタイミングがつかめないはずだ。それほど一点を見つめる俊之には隙がなかった。
「君は亡くなってしまったけど僕は未だに生きながらえているよ。」
俊之は呟くように言った。しばらくそうしていたがやがて意を決したように俊之は歩き出した。俊之からかなり離れた所に沢田が立っていて俊之を眼で追っていたのだった。
「これから練習を始める。」
矢島の声が大きく響いた。
「はい。」
一同がいっせいに返事をして段取りがはじまった。矢島は月に数回柔道場で稽古をつけているのだ。建設会社の社長としての顔もあるが地域活動にも積極的な矢島であった。矢島は柔道3段の猛者であるため必要以上に相手を圧倒する凄みがあった。大きな身体で角刈りのいかつい顔は周囲を迫力がある。ここが俊之と違うところだ。俊之はとても喧嘩などするようには見えないが矢島は矢島は見るからに豪傑であった。矢島に喧嘩を売る者がいたらよほどの人物だと思われる。
「今日はこれまで!」
矢島の声が響いた。
「ありがとうございました。」
一同が挨拶をした。稽古が終わると矢島は柔道場を出た。一汗流したあとはビールが一番だがまだ時間が早いからそうはいかない。矢島が大通りから道へ入った時であった。矢島は人の気配を感じて足を止めた
「俺に用か?」
矢島が言った。物陰から現れて矢島の後に姿を現したのは翔太だった。
「これは失礼しました。」
翔太が言った。
「いったい何の用だ。」
矢島が言った。
「ひとつお願いがあるのですが。」
翔太が言うと
「突然で不躾な奴だな。」
と矢島が言った。
「申し訳ありません。」
翔太が言う。
「厄介な頼みはならお断りだぞ。」
矢島が言うと
「簡単です。」
翔太が言った。矢島は
「どんな事だ?」
と言うと
「これからどんな事があっても高村さんの味方でいてください。」
翔太が言った。
「当たり前だ。」
矢島は言った。
「高村さんはご友人でしたね。」
翔太が言うと
「友人を見捨てたりはしない。」
矢島が言うと翔太は
「それを聞いて安心しました。」
と言い終わるとすぐにどこかに姿を消した。矢島が後ろを振り向くともう誰もいなかったのだ。
「俺が親友を見捨てるわけがないだろう!」
矢島は言った。