ケルヴィン卿はなんでも屋の天才〜『マンガで冒険』第4話「暴走!エネルギー島」裏話 | ひろじの物理ブログ ミオくんとなんでも科学探究隊

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とっぴ「やほーっ」

ひろじ「やあ、ひさしぶり。科探隊、勢揃いだね。あ、ミオくんも」

ミオ「きょうは『マンガで冒険』の裏話だっていうから、特別出演」

さり「わたしもついてきちゃいましたです。いいです?」

あかね「いいんじゃない? さりちゃん、とっぴの何倍も頼りになるから」

ろだん「あかねは、あいかわらず、とっぴにキツイな」

むんく「これが、あかねととっぴのフツウ」

 

 

ミオ「今回は、第4話『暴走! エネルギー島』の裏話だから、特別ゲストを呼ぶよ。(時計のリューズをカチリと鳴らして)じゃじゃ〜ん、この人、ウィリアム・トムソンさん!」

トムソン「おや、前に会った子たちだね。うん? かわいい女の子もいるぞ」

さり「はじめましてですです! よろしくお願いします」

トムソン「元気な子だね。こちらこそ、よろしく」

ひろじ「この話はエネルギー保存則を扱った話だから、普通ならエネルギー保存則を作ったといわれているマイヤー、ヘルムホルツ、ジュールの3人をゲストにするんだろうけど、ぼくはあえてトムソンさんにしたんだ」

 

 

あかね「それは、どうしてなんですか?」

ひろじ「じつは、エネルギーという概念をちゃんと理解して言葉として広めたのはトムソンさんなんだよ。運動エネルギーという言葉も1856年にトムソンさんが提唱したものだし」

トムソン「うほん、まあ、そうだな。ほかにも、ジュール氏とともに、エネルギーの共同研究もした」

とっぴ「ジュールって、だれだっけ?」

ミオ「熱が力学エネルギーや電気エネルギーと同じように、エネルギーの仲間であることを、精密な実験で示した人だよ。科学者じゃなくて科学の好きな一般の人だったから、すべての学会誌から論文の掲載を断られ、ようやく学会で発表の機会を得た。その発表も注目も浴びなかった。たった一人、その場に居合わせたトムソンさんだけが、ジュールさんの発表の重要性に気がついた。トムソンさんがジュールさんの研究の意味をあちこちで紹介して、ジュールさんの研究が日の目を見たんだ」

トムソン「あれほど重要な実験の発表だったのに、みなそれに気がつかなかった。当時、私はまだ23才の若造だったが、すぐれた研究はすぐれた評価を得るべきだと思ったのだ。たしか、この学会の後、私はすごく興奮して、知人への手紙に、ジュール氏の研究は非常に重要なものだと思うと、書いたほどだよ」

ミオ「おかげで、ジュールさんは有名になって、王立協会員に選ばれ、英国科学技術振興会の会長にもなった。でも、ジュールさんは教授にはならず、最後まで家業の醸造業を営んでいたよ」

あかね「人の出会いって、大きいのね」

トムソン「私にとってもジュール氏との出会いは大きかった。彼との共同研究は、大きな成果が得られたしね」

さり「なにをしたんですか?」

ミオ「<ジュール・トムソン効果>といわれる現象を発見したんだ。これは、期待を真空中に自由膨張させると、温度がわずかに下がるという現象だよ。これは、気体分子同士が小さな力を及ぼし合っている証拠となった。いわゆる分子間力の存在を証明する実験だよ。これは、のちに、超低温を得るための装置の原理として使われるようになったから、じつに偉大な発見だった」

トムソン「うほほん、まあ、そうなるかな」

 

むんく「トムソンさんは、たしか、数学の天才・・・」

トムソン「それほどではないよ。父が数学者だったからね」

ミオ「トムソンさんはマクスウェルさんと同じで、小さい頃から数学の才能を発揮していた。8才のときに父親の数学の講義を楽しんで、10才のときに最初の数学論文を書き、11才でグラスゴー大学の数学科に入った」

とっぴ「えーっ! 11才で大学生!?」

さり「す、すごいですう〜!」

トムソン「すごくないよ。卒業の時の順位は2番だったし」

とっぴ「その時の一番の人って、だれ?」

ミオ「その人は数学者になったけど、この年の卒業生で一番業績を上げたのは、トムソンさんだよ。学校の順位なんて、研究者としての業績とは関係ないんだ。ファラデーさんなんて、大学にすら行ってないからね」

トムソン「ファラデー氏はすごい。彼の『電気実験』は精密な実験とはこういうものだと示す名著だ。マクスウェル氏が研究テーマを探していると手紙をくれたとき、まっさきに紹介したのがこの本だよ」

ろだん「次々に有名な科学者の名前が出てくるなあ」

とっぴ「トムソンさんって、友だちが多いんだね」

トムソン「科学の世界では、研究を通じて知り合いができる。友だちは人間性のつきあいだから、ちょっと違うかな。まあ、しかし、マクスウェル氏は年が近い、弟みたいな存在だったから、ちょっと面倒をみちゃったかな」

ミオ「マクスウェルさんも、トムソンさんと同じ数学の天才だったからね。15才のときに数学の論文を書いている」

さり「なんか、科学者の人って、別世界の人みたい。すごいです」

トムソン「人それぞれさ。科学の世界にはじつにさまざま、いろんな人がいる。さっきのジュール氏もそうだし、ファラデー氏なんて子供の頃は製本屋の丁稚奉公だからね」

 

 

さり「トムソンさんって、エネルギーの人なんですか?」

ひろじ「一般には、絶対零度と絶対温度の人、かな」

さり「?」

ミオ「トムソンさんは、シャルルが発見した、気体の温度が1度下がるごとに0℃のときの体積の1/273ずつ減る法則を研究し、1848年に気体の分子の運動エネルギーが、−273℃でゼロになるという説を提唱した。これが、絶対零度だ」

トムソン「それで、温度をその絶対零度から測り直す必要があると考えて、絶対温度を提唱した。今でもそれが温度の本質的な目盛りとして使われているのは、誇らしいね」

ミオ「トムソンさんは1892年に爵位をもらって、生まれ故郷のケルヴィン川から、<ケルヴィン卿>となった。それで、その絶対温度はK(ケルヴィン)で測られるようになったんだ」

トムソン「絶対温度は、熱と温度の研究では、欠かせないものになった。やはり、分子の熱運動エネルギーと絶対温度とは、切り離せない密接な関係にあったんだ」

ミオ「トムソンの弟分マクスウェルさんは、トムソンさんの研究を発展させ、運動エネルギーと温度との関係を明らかにして、気体分子運動論に革命を起こした。熱の研究は、エネルギーの側面ではジュールさん、分子運動の側面ではトムソンさんが、道を切り開いたことになる」

とっぴ「なんか、トムソンさん、すごい人に見えてきた」

あかね「もともとすごい人なのよ。失礼でしょ、とっぴ!」

 

 

あかね「トムソンさんって、いろんなことされてきたんですね」

トムソン「まあね。自分から興味の湧くものを探して研究したけど、頼まれたものもある。大西洋海底ケーブルの電線研究は、フィールド氏から頼まれたものだ」

ろだん「海底ケーブル? それ、どんな研究っすか?」

トムソン「ケーブル線での電気信号の減衰が大きくて使い物にならないので、理論計算をして実用化したんだ。のちに爵位をもらえたのは、このときの功績が評価されたものだよ。あと、アメリカのベル氏の電話をイギリスに紹介したのも、大きかったな」

あかね「ほんとうにいろいろやっているんですね」

トムソン「なんにでも興味が湧くんでね。ぼくは父と違って、数学より、自然科学の方が向いていたみたいだ」

ひろじ「たしか、ファラデーさんの場の理論を最初に数式化したのも、トムソンさんだったよ」

むんく「電気力線を数式にしたの、マクスウェルさんでは」

トムソン「マクスウェル氏は私の研究を引き継いでくれたんだ。私は何にでも興味が湧くが、覚めるのも早くてね。マクスウェル氏は私がファラデー氏の電気力線を数式化している研究に興味を持って、それをより完璧な形で成功させたんだ。彼の電磁方程式が予言した電磁波の存在は、1888年にヘルツ氏が実験により確認された。残念ながらマクスウェル氏はその9年前にガンで亡くなっていたから、それを知ることはできなかったがね。そうそう、そのヘルツ氏はヘルムホルツ氏の弟子のような存在だよ」

とっぴ「いろいろやるのって、飽きっぽいから?」

あかね「なんてこというの!」

トムソン「まあ、そういうところはあるかもしれないね。羅針盤を改良したり、海の潮汐の理論を研究したり・・・楽しんだ人生だったから、悔いはないよ・・・そうだな。唯一悔いがあるとしたら、年をとってから保守的になって、物理学上の発見はもうこれ以上なされないだろうって発言してしまったことかな」

 

 

とっぴ「アレ? トムソンさんって、なくなったのは、いつ?」

ミオ「1907年。それより前、19世紀末には、放射線や放射性崩壊が発見されたけど、トムソンさんは、最後までそれに大反対した」

あかね「意外ね」

トムソン「うおっほん、それは、まあ、そういうこともある、ということだな」

さり「がんこあたま?」

とっぴ「さりちゃん、ぼくより、ひどい」

さり「あーっ、ごめんなさい」

トムソン「いいよ。年を取ればだれだって頑固になる」

ミオ「パラダイムシフトが起きるときには、だいたいそうなるよ。古い時代の大家は、新シ時代の駆け出しのアイディアは否定するんだ。あの革新的な相対性理論を生んだアインシュタインだって、のちに量子力学の新しい解釈には大反対した。若さって、新しい世界を作る重要な要素なのかもね」

トムソン「マクスウェル氏だって、私くらい長生きしていれば、いっしょになって批判しただろう」

ミオ「トムソンさんが19世紀末に、物理学上の発見はもうないって発言してから、10年くらいで、放射能が発見され、相対性理論が発表され、量子論が始まった。発見はもうないどころか、革新的な発見が次々になされていったんだ」

トムソン「むむむ・・・その通りだ。じつに悔やまれる」

ひろじ「トムソンさんの業績は大きいよ。高校の物理だと、絶対温度の単位がケルビンっていう位置づけだけど、エネルギーの概念を定着させ、さまざまな理論計算で他の研究者に影響を与え、海底ケーブルを実現させる実行力も持っていた。じつは、天才科学者って、業績の割に認められず、悲惨な結果を迎える人が多いんだけど、トムソンさんは業績が生きているうちにまっとうに評価され、社会的な地位を得ることができた人なんだ。これもすごいことだよ」

さり「がんこあたまっていってしまって、ごめんなさいです」

トムソン「がんこさも、科学者には必要な才能の一つだ。褒め言葉と受け取っておくよ」

さり「わあっ、わたし、トムソンさん、大好きになっちゃいましたですです!」

 

 

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