物理教育の未来〜故ジョージ・マルクスさんの講演1 | ひろじの物理ブログ ミオくんとなんでも科学探究隊

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 「教師は死なず。あなたは、あなたの生徒の中に、生き続ける」

 

 物理サークル通信1993年9月号に、ハンガリーの物理学会の会長・ヨーロッパの物理教育研究会の会長(当時)である故ジョージ・マルクスさん(冒頭のイラスト)が、愛知物理サークルで講演した記録が記載されています。

 

 マルクスさんは、物理教育の国際会議でも基調講演をするなど、世界的な物理教育の牽引車的存在でした。

 

 ぼくたちは、たまたま日本とハンガリーで共同の物理教育会議が行われたときに参加し、マルクスさん、そしてその右腕であるエステルさんと知り合いました。

 

 

 共同会議ではエステルさん(上図)が縦横無尽に活躍し、会を成功に導いています。実りの多い会だったと思います。

 

 この会がきっかけで、ハンガリーの物理学会が毎年選んでいる名誉ある賞にぼくたちのらねこ学会メンバーを受賞させたいとの申し出があり、実質的な代表は存在しない会なので、橋渡し的な役割だった K氏(今は愛知物理サークルのメンバーではありません)が授賞式に出席しました。(このとき、いろいろサークル内では受賞を受ける受けないですったもんだがあったのですが、そのへんの事情は、今回は割愛しておきます)

 

 古い講演記録ですが、今読んでも示唆に富む内容なので、紹介したいと思います。

 

 ブログのスペースで書くには少し長いので、2回にわけて紹介します。

 

 紹介と通訳は笠耐先生(当時上智大学)が行われ、それをメモして通信に記録したのはサークルのメンバーである川田さんです。

 

 以下の記録は、サークル通信から。句読点や漢字等、言葉遣い等は、読みやすいように口語表現に変えてあります。

 

***   ***   ***

 

【紹介】笠先生

 マルクス教授は専門が素粒子で、ハンガリーの物理学会の会長とか、アカデミーの会長を務められてきました。1965年、日本に研究にこられ、湯川先生や坂田先生とも親しく、名大でも講義をされました。

 先生は研究だけでなく、教育にも関心が強く、ここ20年来、中学・高校の先生といつもコンタクトをとって、新しいカリキュラムの開発とか、教科書を書くとか、アクティブに活動してこられました。

 

 ハンガリーは、地理的にもそうですが、思想的にも西側に門戸を開いた国で、いわば東西のブリッジの役割を果たしてきました。従って、国際的な教育の会議も毎年のようにハンガリーで開かれています。私も1978年からハンガリーに行っています。

 マルクス先生は、国際的な物理教育学会の副会長で、ヨーロッパの物理教育研究会の会長を務められています。先生は高い見識を持っておられますので、講演内容も多岐にわたると思います。

 

 以上で、紹介を終わります。

 

【講演】マルクス教授

 昔は、社会の変化が非常にゆっくりしていましたから、時間というのは社会の変化にそれほど影響を与えませんでした。建築とか、彫刻とかが、永遠に残る芸術として尊重されましたし、人間の理想とされました。

 その時代は、数学でいえば幾何学でありまして、宇宙も変化がなく、要するに時間に関係のないものが、地中海文化でありました。

 変化の少ない時代においては、社会的な経験を伝達する方法は、親の世代の真似をさせることでした。父親が絶対的な権力を持ち、「子供が父から学ぶ」という、この方法は、何千年何万年もの間、うまく機能していました。

 

 500年前、大航海時代に入り、アメリカ大陸が発見されました。

 その後、産業革命が起こり、機械を使った生産が始まります。

 芸術の方では、人々は動きのあるものが美しいと感じるようになり、音楽や演劇が好まれるようになりました。

 

 それは、物理学では、静力学に変わって動力学が登場し、時間の変化に伴って位置の変化が論じられるようになりました。生物学では、「種の起源」が提唱されるようになりました。

 この大西洋文化の時代では、社会の変化と新技術に対応するためには、家庭教育だけでは不十分となり、「公教育=学校」の役割が重視されるようになりました。

 父親に変わり、教師が権威者となり、社会の変化が世代交代の速さと足並みをそろえるようになりました。

 大西洋文化においては、物理学が重視され、王様に代わってニュートン、ガリレイ、ファラデー、シュレーディンガー、コペルニクス等の物理学者が、紙幣に使われるようになりました。

 

 20世紀後半になりますと、現代科学は新しくハイテクを作り出すようになりました。

 このハイテク革命が、100年かかった変化を10年かそれ以下に短縮してしまいました。

 社会の変化は、世代交代より速い速度で起こるようになります。

 

 その結果、社会に新しいトラブルが持ち込まれました。

 ジェネレーションギャップが激しくなり、お互いに理解できなくなり、父親はもちろん、教師も権威者ではなくなりました。

 

 同じ社会にあっても、世代によって違った世紀を生きています。19世紀に生きている人もいれば、20世紀に生きる教師もいます。そして、子どもたちは21世紀に生きようとしています。

 

 現在、世界の国々は、一番いいモデルを探しているわけですが、大西洋文化から、「経済第一主義」の太平洋文化に注目し始めているように思われます。

 

 昨年、リオで環境問題についての地球サミットがありました。

 違った環境の中では違った生物が速く適応して育っていく、との報告がありました。

 社会においても、子ども自身に多様性が出てきており、21世紀的な能力を発揮していく場面もあるでしょう。

 どれか一つの道しかない、ということはありません。お互いに矛盾する考えとか、宗教とか、思想とかが、お互いに影響しながら、共存を許していくことが大切です。子どもたちに、異なる思想、異なる文化を育てていく必要があります。

 

 一昔前、鉄鋼産業が重視され、鉱石やエネルギーをいっぱい使って、生産が行われました。

 今はむしろ、ハイテクが重要になってきました。

 例えば、日本では、高性能で小型のビデオ、コンピューターが作られています。

 

 物質には「保存則」があって、生産する場合、資源が必要ですが、情報には「保存則」がありませんから、いくらでも新しく作り出すことができます。

 コンピューターのチップはシリコンで作られ、シリコンは砂からとられます。

 DNAを並べ替えるだけで、人間に有用な生物を作り出すことができます。

 

 「新しい情報」を作り出すのは、今の子どもたちです。

 私がいつも、先生方にお願いしていることは、子どもを決まった方向に指導するのではなく、子どもたちの好奇心や探求心をつぶさないで育てて欲しいということです。

 

***   前半、ここまで   ***

 

 マルクスさんの主張は、当時、日本で孤独だったぼくの授業実践に自信を与えてくれました。

 

 幽霊から超能力、大道芸、UFO、宇宙人と、それまでの物理学の枠組みから外れた題材を組みこんで、定時制での挑戦的な物理の授業をしていたぼくは、変わり者ぞろいの愛知物理サークルでさえ「浮いた」存在だったと思います。

 それまでの質問リレーの経験をもとに定時制の授業を組み、かなりの手応えも感じていたのですが、他に似たことをやっている人は皆無でした。

 

 マルクスさんがハンガリーでの基調講演で、OHPの画面にUFOやスターウォーズ(映画ではなく、実際の米ソの宇宙抗争)の絵を描き始めたとき、英語は半分もわからなかったのですが、マルクスさんのいいたいことはじゅうぶんすぎるほどわかりました。

 

 まさか、遠い異国の地で、味方を得るとは思わなかったですね。

 

 では、今回はこのへんで。

 

 マルクスさんはずいぶん前に亡くなってしまったので、残念ながらぼくの『いきいき物理マンガで実験』を見ていただくことはできませんでした。

 

 スプーン曲げの秘密だけは、亡くなる直前に教えて差し上げることができたので、少しは恩返しできたかな。

 

 『いきいき物理マンガで実験』にも、それを思いだしながら、スプーン曲げのことを描きました。

 

 ハイテク好きなマルクスさんなら、あちらの世界でもスマホを手に入れて、Kindle版の『いきいき物理マンガで実験』を読んでくれるかも・・・

 

 次の本『いきいき物理マンガで冒険』も半分くらいできているので、秋頃になったら、見ていただけるよう、このブログでマルクスさんに報告したいと思っています。

 

 

 

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