福井崇時先生の放射線特別講義顛末記〜福井先生を偲んで | ひろじの物理ブログ ミオくんとなんでも科学探究隊

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 福井崇時(しゅうじ)先生が今年(2018年)の5月に亡くなられていたという話を、知人からメールで教えていただきました。

 

 福井先生は有名なスパークチェンバー(*1)の開発者で、放射線研究の第一人者でした。

 

 2011年の秋に、ぼくが勤めていた高校に校長宛の一通の手紙が届きました。

 

 それを読み、社会(地歴)が専門の当時の校長は、ぼくに相談したいことがあると連絡をしてきました。校長室へ行くと、校長はその手紙をぼくに見せてくれました。その手紙の要旨は次のようでした。

 

***

 

 3月11日の東日本大震災の津波で福島原発が事故を起こしたあと、マスコミにあふれる放射線についての間違った情報が問題だと思っている。その間違いを正す行動を起こしたいが、まず自分の住む地域から始めるべきだと思うので、貴校の若い人たちに正しい知識を伝えたいが、機会を作っていただけないか。

 

***

 

 ・・・というような内容でした。(表現はこの通りではありませんが、内容はこれで間違いないと思います)

 

 その手紙の差出人の名前を見て、ぼくはびっくりしました。

 

 福井崇時。

 

 あの、スパークチェンバーの開発者、福井崇時先生です。

 

 校長は「どういう人かわからないんだが、内容から見て物理なので、あなたの意見を聞きたい」・・・

 

 ぼくは「あの福井先生ですよ。ノーベル賞級の物理学者です!」と返事。

 

 結局、福井先生の申し出を受けることができないか、行きがかり上、ぼくが調整することになりました。ほんとうはぼくがやるべき仕事ではないのですが、この貴重な機会は頼んでも得られないものだったので、引き受けたのです。

 

 結局、2年生の「総合」の授業の一環として、福井先生の放射線特別講義を行うことになりました。

 

 福井先生からは「講義中に生徒に実験を見せたいが、自分は高齢なので、アシストしてもらえる先生をつけてほしい」との要望。事前の準備はぼくが用意し、クラスごとの特別講義のアシスタントは、空き時間のある理科教員が行うことになりました。

 

 この準備が、ひさびさに学生時代が思いだされた、ハードな日々になりました。

 

 福井先生は、妥協しません。

 

 やるとなったら、とことんやる。

 

 電子線(陰極線)が飛んで、真空度の低いガラス管が蛍光するところを見せたいとおっしゃるのですが、その実験のレベルが一桁以上精密なんですね。さすが、一流の実験家。

 

 ぼくらが、高校の物理の授業で見せている低気圧放電(一般には真空放電と呼ぶ)で、なんとかガラスの蛍光が見えるというレベルでは、満足していただけません。

 

 

 福井先生「これでは、蛍光がはっきりしない。この真空ポンプなら、もっと真空度が上がるはずです」

 

 結局、真空ポンプの手入れが悪いことを指摘されました。福井先生の研究室では、ことあるごとに真空ポンプを分解して掃除し、真空度を上げているとのこと。

 

 いや・・・それは、高校ではムリです・・・

 

 もう、十年以上前に購入され、一年に一回使われるかどうかという真空ポンプです。あちこちにホコリやゴミが入り、オイルも汚れています。

 

 さらに、放電管の内部にこびりついたオイルの白濁した汚れも、気になると。このオイルの白濁は、高校の物理教師なら一度はやったことがある失敗でできたもの。放電管の実験をした後、放電管のバルブを開き忘れて放置すると、放電管中が低圧のため、真空ポンプ内のオイルが圧力差で上がってきて、しまいには放電管を半分くらい満たしてしまうのです。(ぼくも一度、やりました)

 

 一度ついたオイルの汚れは簡単にはとれないのですが、先生はいくつかの溶媒を挙げ、一言「白濁が落ちるよう、いろいろ試して下さい」・・・放電管を工夫して溶媒に浸すこと何日か・・・溶媒をいろいろ変えても、あまり効果はありません。毎日夜遅くまであれこれを試した挙げ句、結局「すみません、うまくとれませんでした」・・・

 

 まあ、しかし、それでも少しは効果があったみたいで、放電管の真空度は上がり、最初の写真の通り、ガラス管が黄緑色に光るのがかなりはっきり見えるようになりました。電極近くで電子が飛んだ結果の、蛍光リングもはっきり見えます。

 

 「まあ、これくらいなら、いいでしょう」

 

 ようやく、先生のお許しがでたのは、予定されていた第一回の特別講義の直前でした。

 

 ひさしぶりに、学生時代の気分を味わいました。次の写真は、うまくいく直前の写真。

 

 

 部屋が明るいので見づらいのですが、放電管のふちがうっすらと黄緑色に輝いているのが見えます。部屋の明かりを消すと、肉眼ならはっきりわかるほどになります。

 

 そのとき、福井先生からは「こういうふうにミノムシクリップをつけてはいけない」とご注意を受けました。ふつうに高校の現場でやる方法ですが、なぜいけないのか、わかりますか?

 

 理由は簡単で、クリップでしっかりはさんだ状態で、どこかに何かがひっかかれば、機器を強く引っぱり、破損させてしまうことがある、とのこと。そのため、昔は放電管などの端子には細い導線をつけ、その導線をクリップではさんだという話をお聞きしました。こうしておくと、コードが引っぱられても、細い導線からクリップが離れるだけで、機器の本体は傷つかないということです。

 

 ほかにも、放電管のバルブにシリコンを塗るときのやりかたなど、具体的なご教授をさずかりました。いやあ、勉強になったなあ・・・

 

 ちなみに、あとで知ったのですが、福井先生はあのスギさんの学生時代の指導教官だったそうです(笑)・・・いやあ・・・数奇な巡り合わせですねえ・・・

 

 肝心の福井先生の特別講義の内容を書けなくて、すみません。また、べつの機会に書きます。

 

 最後に、福井先生の講義中の写真を、林ヒロさんが撮ってくれていましたので、ご紹介しておきます。

 

 先生の表情、いきいきされていますね。

 

 

 

 結局、福井先生の特別講義は、この年だけでなく、校長の要望で、次の年も行い、その次の年は自然科学部との特別談話という形になりました。(当時の自然科学部のメンバーはラッキーでしたね)

 校長会でも同様な内容の講義を行ってもらうことになり、会場まで真空ポンプを運送したのは、いまでは笑い話まじりの苦労談になっています。

 

 本当に残念なのは、福井先生にぼくが今年出した2冊の本『いきいき物理マンガで実験』『いきいき物理マンガで冒険』を献本できなかったことです。

 

 人と人の出合いは、まさに一期一会、ですね。

 

 

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