ムスリムの教え | ひろじの物理ブログ ミオくんとなんでも科学探究隊

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インドS氏
 

 2005年にインドで開かれたICPE(国際物理教育会議)に行ったときの話。

 テロが頻発する時だったので、メイン会場では、自動小銃を持った兵士に迎えられ、ボディチェックを受けて入場。そのとき、ぼくが腰からぶら下げていたモーター式の蚊取り線香が問題になり、「これはなんだ」と足止めをされました。「モスキートバスター」と答えたら、大笑い。無事通されましたが・・・

 歓迎の挨拶はインドの大統領だったので、ものものしい警戒もこれか・・・と納得。

 ぼくらが行った二週間後に、よく物見に行ったコンノートプレースで爆破テロがあったので、運が良かったのかなあ・・・

 ぼくらのツアーガイドはS氏(タイトルイラスト)。日本語が堪能な彼は、有名企業の重役さんたちの名刺をいっぱい持っていて、ぼくらに見せてくれました。

 インドはさまざまな宗教の人たちが、カースト制とは別の階層をなしていて、非常に複雑な状況。テロはムスリムの一派が起こしていたのですが、インドは人口ではヒンドゥー教徒が圧倒的多数。他に金持ちケンカせずのシーク教徒、貧乏なイスラム教徒、それに仏教徒がいます。ガイドのS氏はヒンドゥー教徒で、ベジタリアン。教養の高い人たちの間では、ベジタリアンであることが徳の高い人間の印、みたいな風潮があるようです。

 カースト制は表向きは撤廃されたことになっていますが、実際は根強く残っています。とある会場で、のらねこのメンバーが実験の用意をしていて、床に卵を落としてしまいました。雑巾を借りて拭こうとしたのですが、下働きの青年が呼ばれて掃除しました。それは会場の責任者の仕事ではなく、その青年の仕事だったわけです。

 さて、こういった会合の合間に、ぼくとワイフが単独行動をしたときの話を少々。

 ・・・ですから、今回は物理や自然科学教育とは直接関係ない話になります。ご了承を。

 交流会の帰り道、宿泊している「ハンザ・プラザ」というホテルに戻ろうと、ワイフと二人で歩いていたら、道に迷いました。道路が放射状に造られているので、歩いているうちに方向感覚が狂うんでしょうね。

 インド門から遠ざかるうちに、アパートや住居が建ち並ぶ、地元の町並みに出てしまいました。

 観光地では髭もじゃで愛想がよく、日本人を見ると「トモダチ」と叫んで近寄ってくるヒンドゥー教徒のリキシャ運転手は見あたりません。リキシャ乗り場へ行くと、ムスッとしたムスリム(イスラム教徒)の運転手ばかり。

 その一人に声をかけて、リキシャに乗せてもらい、ワイフが「ハンザ・プラザ」と行き先を告げると、二十代半ばに見える運転手は、ちょっと頷いてリキシャを発進。この若者も一目見てムスリムとわかる、こざっぱりとした髪型と短い髭の顔。一言も喋らず、黙々と運転。

 風景がどんどん変わり、やがて、みたこともない大きな陸橋を渡り始めたので、ぼくとワイフは顔を見合わせました。「どこか遠くへ連れて行かれて、帰りの代金を請求されるんじゃないか?」

 様子を見ていたら、やがてリキシャは巨大な建物のある敷地に入って止まりました。

 運転手は「着いた」という。代金を聞いたら100ルピー。インドでは結構な金額だけど、走った距離からしたら妥当な線。

 「ここはハンザ・プラザじゃない」というと、運転手は「ここがハンザ・プラザ」だと答える。押し問答が続いたので、ホテル名が書かれている部屋のキーを見せると、運転手の顔色が変わりました。

 「これはハンス・プラザだ。ここはハンザ・プラザ。あんたの奥さんの発音が悪かったので、間違えた。おれのせいじゃないぞ」

 彼の発音する「ハンザ・プラザ」なる建物をよく見ると、どうも「アルハンブラ・プラザ」という名のデパートとわかった。でも、彼が発音すると、何度聞いても「ハンザ・プラザ」と聞こえます。これで、とんでもないところに連れてこられた原因がわかり、ほっと胸をなで下ろすことに。単純な聞き間違えが原因だったわけです。

 「戻って欲しい」
 「じゃあ、帰り道の100ルピーを追加してくれ。そっちが言い間違えたんだから」
 「聞き間違えたのはそちらだから、タダで戻るべきだ」

 またまた、押し問答。正直なところ、金銭的にはぼくらにとっての100ルピーはそれほどの金額ではないので、払っても痛手は少ないのだけど、理不尽な代金を払うのはいやだったので、さらに交渉。ねばっていたら、運転手がうんざりした顔をして、こういいました。

 「俺はムスリムだ。ムスリムの教えを守って生きている。ムスリムの教えでは、何かトラブルがあったときはどちらも悪い(フィフティ・フィフティ)んだ。俺はムスリムの教えに従わなくてはいけない。俺も聞き間違えたが、あんたの奥サンの発音も悪かった。どちらも悪いんだから、あんたも帰りの代金を支払うべきだ」
 「OK。ぼくもムスリムの教えを守る。帰りの代金を払うよ。50ルピーだ」
 「よく聞け。ここまで100ルピーかかったんだから、帰りの代金も100ルピーだ。日本人は計算が苦手なのか」
 「ムスリムの教えでは、悪いことがあったときはフィフティ・フィフティだといったじゃないか。だから、帰りの代金もフィフティ・フィフティ。100ルピーの半分は50ルピーだ」

 運転手はしぶしぶ、リキシャを発進し、ホテルに戻ってくれました。リキシャを降りる時、彼は悔しそうに「奥サンにちゃんと発音するように、あんたからいっておけよ」と忠告してくれました。

 ムスリムは真面目なんだなあ、と感心。結局、彼はごまかそうと思えばいくらでもごまかせたのに、それをしなかったんですから。

 別れ際に、ぼくはチップを別に渡して「アッラー・アクバル(神は偉大なり)」といったら、彼は満面の笑み。最後は握手して分かれました。

 次の日、のらねこのメンバーがぼくたちが迷い込んだデパートに行きたいというので、リキシャを探すことに。髭もじゃのヒンドゥー教徒運転手が近づいてきて「5ルピーで行く」という。ぼくは「そんな金額で行ける場所じゃない」といったんだけど、みんなはさっさと乗り込んでしまい、同行することに。

 着いた先は、デパートではなく、小さな土産物屋。

 ぼくが「ここは違う。ぼくたちが行きたいのはアルハンブラ・プラザだ」といって、地図を示すと、髭もじゃ運転手たちはそれを見て「そこは今日は休みなんだ」と笑う。

 流しているリキシャ(もちろん、運転手がムスリム)を捕まえて聞くと、「休みじゃない、やっているよ」との返事。行ってみたら、ちゃあんと開店していました。

 真面目なムスリムは貧乏で、平気で人を騙すヒンドゥー教徒は羽振りがいい。

 ガイドのS氏は「あなたたち日本人は王様。金持ちが貧乏なものに恵むのは、インドではその人の徳になると考えられている」という。つまり、平たくいえば、騙されてやって、お金を払ってやりなさい、ということ。

 まあ、このS氏はヒンドゥー教徒だけど、信頼がおけるかな・・・

 その人が、インドの旅の終わりに案内してくれた店があったのですが、その店を見てぼくらはぎゃふん、となりました。

 あの日、雲助運転手たちに連れて行かれた店でした。

 ちゃん、ちゃん。

 

 

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