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和菓子職人のひとりごと

和菓子職人halの日記。和菓子だけでなく、おいしいもの、好きなこと、子供たちのことなど色々です・・・。

今日は七夕星

織姫様と彦星様はまた今年も会えないのかな~汗

すでに雨ふってるもんね。。。


いや雲の上で逢ってるのよね。私達が見えないだけで。

雲の上では、星も月も太陽もいつも光り輝いているんだものね。



というわけで、七夕のお菓子は錦玉羹製“天の川”  雨でも作ります。

先日のお茶会用には織姫様と彦星様をイメージしたピンクとブルーの練きりを入れてみたんだけど、見た目ちとうるさいし、錦玉羹の固まるタイミングがうまく合わず、透明な上部と葡萄果汁で染めた下部が分かれてしまい、失敗(>_<)作りなおしました。

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今販売してるのはこちら☟

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錦玉羹 ですから、見た目以上に甘いですよ。
寒天はある程度砂糖を加えないと透明感が出ません。
冷蔵庫のない時代のお菓子ですので、見た目で涼を感じる、それが和菓子の粋なのです。
爽やかさを出すために葡萄果汁で色付けしてみました。
でも甘いよね~。

なんて言ってたら、茶道のサイト にこんな一言を見つけました。

「・・・充分に甘いと感じさせながら甘いというよりも「美味しい」と感じてもらうように作るのが菓子屋の腕であります。」

はっ( ̄□ ̄;)
そう、やっぱり「腕」なのですよビックリマーク腕磨かないと!!




こちら、息子の七夕の絵。

なんかよくわかってないよね汗サンタと勘違いしてる人サンタさん

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一緒に描いてた女の子は短冊に「がんばろう日本!」とか書いていて感心しましたよ。

こちらは娘の代筆。欲張りさんだなにひひ
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あたしもあいたいよ!!

保育園に飾られた短冊を見るのは楽しいです音譜いろ~んなお願いがあって。


でも「やせて」って。。。あせる3歳児の夢なんだからさ、そんな現実的にならなくても。。。ね、ママえへへ…

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先日、気まぐれ八百屋「だんだん」店主 の近藤さんが清野を訪れて くださいました。

「かわいい店長さん」てあたしのこと?

店長じゃないけど恐縮です(;^ω^)ありがとございました(〃∇〃)


でもってご縁ができて、今度は私が「だんだん」さんに伺って来ました。

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店先に無農薬野菜が並び、

店内には自然食品や伝統技術で作られた和物雑貨のコーナーがありました。

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奥にはお座敷があり、ここでは地域の子供たちや大人たちも集まる寺子屋や、ランチ会などいろんなイベントが行われるそうです。

なんだか、とっても居心地の良いスペースでした。


「気まぐれ八百屋だんだん」さんは、「安心して産み、育て、育ち、仕事をして生活をし、年老いていける大田」を目指し、食へのこだわりを通じて地域コミュニティの拠点となる活動をしています。


店主の近藤さんに健康茶をごちそうになりながら、地域力、商店街力が低下していることで、安心して子育てをしたり、安心して老いることができなくなっているよね、なんとかしたいよね、というような話で盛り上がりました。私は自分の地域(商店街)に絶望感に近い思いを抱いてるんだけど、近藤さんに清野ともコラボしてなんか元気になることをやっていこうよ!と嬉しいお言葉をかけて頂き、ちょっと前向きな気持ちになりました^^


今日はこれから、朝市に行って来ます!

私達のご縁を結んでくださった、ポルカドットさんもいらして「フライパンでパン焼き」なんて楽しそうです♪

お近くの皆さん、よかったら足を運んでみませんかー!



気まぐれ八百屋だんだん の朝市】

7月の朝市を3日に開催いたします。

ぽるかさんのフライパンでパンを早い時間から焼く予定です。

また、「こぶたの家クッキー」も初参加、とにかく美味しいメロン、

島根のまさおくんの小梅ぼし、山崎君からも野菜が届く予定です。

午後には、第四回だんだん寄席を開催いたします。

救急キットも販売します。どうぞお立ち寄りくださいね。

10時から4時ごろまでやっています。うちわを差し上げま~す。


6月最終日、晦日です。
今年も半分終わりました。
前半は社会的にも個人的にも本当に大変な半年間でしたね。
まさに怒涛のように過ぎていきました。

水無月 を食べたからって本当に厄が祓えるわけではありませんが、
水無月でも食べて心穏やかにこれからの半年、少しでもいい方向に全てが進むよう祈りたいものです。

さて私の誕生日だった6月7日には、
聖徳オープンアカデミー(SOA) の和菓子講座がありました。


この日のお題は「水無月」と「枇杷」
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水無月は材料混ぜて蒸すだけ、簡単♪氷室型に切ってしあげます。
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練きりでの枇杷作りは、とーっても盛り上がりました!

大きさといい、練きりの肌合いといい、本物の枇杷そっくりに仕上げることができるので、私は練きりの枇杷を作るのが好きです。

生徒さん達は、難しい難しいといいながらも、最後には枇杷らしく仕上がっていました。


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それにしても、この講座で作る練きりは、我ながら本当においしいです。

だって北海道産の極上の白いんげん「大福豆」を茹でるところから始めて、白あんに練り上げ、更に練りきりに仕上げるまで3~4時間しかかかってないのですから当然です。

豆の香りがものすごいです。

こんな練きり餡は世界中探しても食べられません。


試食会ではみなさん感嘆の声をあげ、満足そうに帰っていかれました。


こんな感じで、今年の誕生日もいつも通り忙しく過ごしました。

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近所の枇杷の木、今年は特に沢山なってた気がするなぁ。。。

我が娘は保育園のお散歩の途中、この木をみあげながら先生が「このオレンジの実は何でしょう?」というと「ママがくつった(作った)お菓子!」と元気いっぱい答えたそうです!(´▽`;)

6月は水無月といいますね。
梅雨の時期なのに、なぜ水の無い月なんでしょう?

それは、旧暦の6月は7月下旬~8月)にあたり、梅雨明け後で水不足の季節だからと聞いたことがあります。


そしてこの水無月の名を冠したお菓子があります。

東京ではあまりなじみがないかもしれませんが、京都では6月になるとどこの和菓子屋さんにもこのお菓子が並びます。30日に一日限定で販売する老舗も多いです。


6月30日は1年の半分が終わるということで晦日といいます。(12月31日は大晦日ですね) この日、1年の半分を過ごした疲れを癒し、これから訪れる夏の盛りの暑さを健康に過ごせるようにと祈りをこめて“水無月”を頂くそうです。


旧暦6月1日は、氷室(ひむろ)の節句といって、王朝時代の宮中では、氷室の氷を食べるならわしがありました。
この宮中でのならわしが、京都の町衆にも広がり、小豆を散らした外郎を三角形に切ったものが食されるようになりました。

うらやましかったんでしょうねぇ~、冷蔵庫のない時代、夏に氷なんて!でもお砂糖も貴重だったその時代はそのお菓子でさえ食べられたのは、町衆と言えども一握りのお金持ちでしょうね。

白い外郎(ういろう)は氷、三角形は氷室の形をあらわし、小豆は氷室に敷かれている藁屑などを表わしていま

す。また小豆の赤い色は、魔除けの意味もあり、厄祓いの願いも込めています。


当店でも、今月不定期でこの水無月をおつくりしています。


やはり、ご存知ないお客様がほとんどですが、説明して差し上げると外郎が好きだからとお買い上げくださるお客様が多いです。 外郎好きな方,意外に多いんですね。


国産の小麦粉、本葛粉などを蒸し上げた外郎に北海道産大納言小豆の甘納豆をたっぷり散らしました。さっぱりとした甘さともっちりとした食感が人気です。

和菓子職人のひとりごと-image.jpeg ¥150.


今年は上質な抹茶をたっぷり練り込んだ抹茶味もあります!

和菓子職人のひとりごと \160.
本日28日と30日に販売致します!


あ、氷に見立てたお菓子ですが冷やさないでくださいネ。硬くなりますので。硬くなったらもう一度蒸し直すともっちり感が蘇ります。

『How would Michael Jackson have done it? マイケルならどうする?』


この言葉、立川シネマツ―の「MJ MEMORIAL WEEK 2011」 のテーマであり、キーワードになっているそうです。


こちらでのファン企画 には被災地支援のためのチャリティリストバンドの販売と、「被災地に音楽CDを届けよう!」の受付もありました。

和菓子職人のひとりごと 和菓子職人のひとりごと
この日の息子のスム―スクリミナル衣装のイメージカラー、白と青のリストバンドを買ったのですが、

帰りの車で寝てしまった息子を駐車場から部屋に運ぶ間に落としてしまったようで、青が紛失中あせる

マンション内にあるはずなので必死に捜索中ビックリマーク

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リストバンドにはHOW WOULD MJ HAVE DONE IT?と刻印されてます。


ずいぶん昔に尊敬する先輩から「人生 道に迷ったり、行き詰ったりしたときは、自分が師と仰ぐ人を思い、その人ならどうするだろう?と考える。そういう意味でもその道の師匠と仰げる人物に出会うことが大事」という話を聞いて、以来自分もそう心がけてきました。


もちろんマイケルファンなら。。。

特にこの震災後は。。。

マイケルなら、マイケルが生きていたなら、きっと大好きな日本のために最大級の支援と愛を送ってくれただろうと思ったことでしょう。

そして実際にその思いを実現させようと行動を起こしているファンがたっくさんいます。

マイケルが旅立った後すぐにも彼の歌とパフォーマンスでメッセージを伝えながら社会貢献をするというファンによるボランティアグループがいくつも出来ています。



2009年の10月、映画THIS IS ITを観て以来、マイケルに関して私は、後悔と懺悔と感動と感謝の日々を送っているワケですが、
今回また、今こそ変わらなければ!彼の思いを受け継がなければ!と改めて心に誓ったのは私だけじゃないはず。 (そして何もまだ出来てない自分をまた猛省汗


たぶん多くの人が思っていることだと思うけど、

THIS IS ITのコンサートがもし実現したとして、その会場に行けるのは世界ツアーを行ったとしても数百万が限度、でも映画やDVDになったことで、私を含め数千万単位の人々がマイケル・ジャクソンの創り上げたかった世界、そのメッセージを知ることになったのです。
マイケルがずっと訴え続け来た「愛」と「地球の未来を子供達に」という大切なメッセージは、皮肉だけど生きていた時よりも遙かに多くの国で、多くの民族に速く強く伝わることになりました。


マイケルは映画の中で「あと4年で地球を何とかしなければ・・・」と言ってました。


そして2年後のこの日本の現状。。。


やはりMichael Jackson という天使は、まさに“命”を“使”って、私達に大切なことを教え、素晴らしい遺産を遺し、この世での“使命”を果たして(果たすために?)旅立って行ったんだね。。。


と自分に納得させてはみるものの、あの3人の子供達のことを想うとやっぱり生きてて欲しかった。ステージのダディのを実際に見せてあげたかったなぁ。


和菓子職人のひとりごと

This is itやキャプテンEOなどを観る度に、マイケルの子供達はこれらを観るだろうか?まだ観ることはできないかな?とか考えてしまうのです。

私の父もマイコ―と同じ50才で逝きました。でもその時私は成人してたし、マイコ―と父ではあまりにもスケールというか次元が違いすぎて、その気持ちは考えても計り知ることはできないけれど、

父亡き後20年以上経って、その間、生前父が心をかけた人々が、色んな形で父への感謝の気持ちを返してくれるように私達を守ってくれたりすることで、短かったけど父は自分の人生を生ききったんだな、幸せだったんだなと心から感じれるようになったように、

もっともっと偉大で大きな父の存在、愛を感じて成長していくに違いないと信じています。


そんな取りとめもないことを考えていた昨日、6月24日は亡き父の誕生日。その父の愛した美空ひばり(享年52歳)の命日でもあります。

そして日付変わりました。


今日、Michael Jacksonが旅立って2年になります。