How would Michael Jackson have done it? | 和菓子職人のひとりごと

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『How would Michael Jackson have done it? マイケルならどうする?』


この言葉、立川シネマツ―の「MJ MEMORIAL WEEK 2011」 のテーマであり、キーワードになっているそうです。


こちらでのファン企画 には被災地支援のためのチャリティリストバンドの販売と、「被災地に音楽CDを届けよう!」の受付もありました。

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この日の息子のスム―スクリミナル衣装のイメージカラー、白と青のリストバンドを買ったのですが、

帰りの車で寝てしまった息子を駐車場から部屋に運ぶ間に落としてしまったようで、青が紛失中あせる

マンション内にあるはずなので必死に捜索中ビックリマーク

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リストバンドにはHOW WOULD MJ HAVE DONE IT?と刻印されてます。


ずいぶん昔に尊敬する先輩から「人生 道に迷ったり、行き詰ったりしたときは、自分が師と仰ぐ人を思い、その人ならどうするだろう?と考える。そういう意味でもその道の師匠と仰げる人物に出会うことが大事」という話を聞いて、以来自分もそう心がけてきました。


もちろんマイケルファンなら。。。

特にこの震災後は。。。

マイケルなら、マイケルが生きていたなら、きっと大好きな日本のために最大級の支援と愛を送ってくれただろうと思ったことでしょう。

そして実際にその思いを実現させようと行動を起こしているファンがたっくさんいます。

マイケルが旅立った後すぐにも彼の歌とパフォーマンスでメッセージを伝えながら社会貢献をするというファンによるボランティアグループがいくつも出来ています。



2009年の10月、映画THIS IS ITを観て以来、マイケルに関して私は、後悔と懺悔と感動と感謝の日々を送っているワケですが、
今回また、今こそ変わらなければ!彼の思いを受け継がなければ!と改めて心に誓ったのは私だけじゃないはず。 (そして何もまだ出来てない自分をまた猛省汗


たぶん多くの人が思っていることだと思うけど、

THIS IS ITのコンサートがもし実現したとして、その会場に行けるのは世界ツアーを行ったとしても数百万が限度、でも映画やDVDになったことで、私を含め数千万単位の人々がマイケル・ジャクソンの創り上げたかった世界、そのメッセージを知ることになったのです。
マイケルがずっと訴え続け来た「愛」と「地球の未来を子供達に」という大切なメッセージは、皮肉だけど生きていた時よりも遙かに多くの国で、多くの民族に速く強く伝わることになりました。


マイケルは映画の中で「あと4年で地球を何とかしなければ・・・」と言ってました。


そして2年後のこの日本の現状。。。


やはりMichael Jackson という天使は、まさに“命”を“使”って、私達に大切なことを教え、素晴らしい遺産を遺し、この世での“使命”を果たして(果たすために?)旅立って行ったんだね。。。


と自分に納得させてはみるものの、あの3人の子供達のことを想うとやっぱり生きてて欲しかった。ステージのダディのを実際に見せてあげたかったなぁ。


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This is itやキャプテンEOなどを観る度に、マイケルの子供達はこれらを観るだろうか?まだ観ることはできないかな?とか考えてしまうのです。

私の父もマイコ―と同じ50才で逝きました。でもその時私は成人してたし、マイコ―と父ではあまりにもスケールというか次元が違いすぎて、その気持ちは考えても計り知ることはできないけれど、

父亡き後20年以上経って、その間、生前父が心をかけた人々が、色んな形で父への感謝の気持ちを返してくれるように私達を守ってくれたりすることで、短かったけど父は自分の人生を生ききったんだな、幸せだったんだなと心から感じれるようになったように、

もっともっと偉大で大きな父の存在、愛を感じて成長していくに違いないと信じています。


そんな取りとめもないことを考えていた昨日、6月24日は亡き父の誕生日。その父の愛した美空ひばり(享年52歳)の命日でもあります。

そして日付変わりました。


今日、Michael Jacksonが旅立って2年になります。