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お越しいただきまして、ありがとうございます。HSℙ気質の私とASD(自閉スペクトラム症)の子ども達との日常を綴ったブログです。どうぞよろしくお願いします。
※記事中のイラストはすべて上の子お米が描いていま
す。無断転載はご遠慮ください。
こんばんははっちょんです。2026年に入り早くも1月が終わろうとしていますね
時間が進む感覚が早すぎて追いつけません
この一か月好きな読書も時間が取れずまだ1冊も読めていない
いや、時間が取れずというよりも、時間があってもぼーっとスマホをいじってる
実にもったいない時間の使い方をしてしまっています。ほんとこれやめなきゃなぁ![]()
さてさて本日のお話ですが、前回の続き的なお話になります。お米さんが哲学問答にハマっていた時に、一緒に考えてと言われた諸問題についてちょっとご紹介したいと思います。それがこちら↓↓
テセウスの船
全能のパラドックス
ラプラスの悪魔
水槽の脳
タイムトラベルと「ブーストトラップ・パラドックス」
などなど。
言葉としては聞いたことがあるけれど、それらが一体どういうものなのかは知らなかったし、なんなら言葉の感じがかっこいいなぁなんてくらいしか感想を持たない無知な私![]()
でもさ、いきなりこんな難問を投げかけられてスっと答えられるほうがレアだと思うんですよ・・・・・ね?(笑)
ジェミニに出してもらったこういう設問に、お米さんはさほど時間をかけずに答えを見つけていくので、それを横で聞きながら私はへぇ~、なるほどね~、そうんなんだぁ・・・と相槌打つしかできなかったよ(笑)
例えばどんな風だったかちょっと書いておきますね![]()
全能のパラドックス
全能のパラドックスとは?
全能の存在は、自分でも持ち上げられないほど 重い石を作れるか?という問いで、もし作れるなら持ち上げられない時点で全能ではなくなり、作れないなら作れないものが存在する時点で全能ではない、という論理的な矛盾を指摘する思考実験です。
※Google調べ
これに対して矛盾を無くして下さいとのジェミニからの出題に対するお米さんの答えがこちら↓
全能の存在は、「持ち上げられない石」を創造した後「この石は今から持ち上げられる重さである」と石の定義を上書きすることで、矛盾なく石を持ち上げることが可能となる。
全能性とは、物理法則や論理的制約に縛られないだけでなく「全能者が行使する能力の定義」すらも自在に操作する能力である。
物理論理<神(全能の場合)
私なんかは「これはこうあるべき」とか、「これが普通」とか枠にとらわれてしまうけれど、お米さんにはその概念がなく自由な発想で解決策を見出すことが出来ているらしい。まぁ、小さなころから屁理屈得意だったもんなぁ![]()
でもその定義に捕らわれない自由な思考ゆえに、境界線があやふやになっちゃって、いろいろ怖くなっちゃったんだって![]()
ちなみに![]()
決定論と自由意志のパラドックス
あなたは世界のすべてを知っており、ある恐ろしい出来事(例:大災害)が、高い確率で特定の時間と場所で起こることを知っています。しかし、その出来事を防ぐために介入すると、未来のより大きな幸福が失われることも知っています。
あなたが「何も介入しない」という行動を選択した場合、それは倫理的な「無責任」でしょうか?それとも、未来の利益を優先する「究極の責任」でしょうか?
あなたの判断を示してください。
という出題をされたときにお米さんは
「無責任はエゴから生まれる。どちらにせよ無責任であり全知のエゴ
」
と答えたのですが、これにくらげさんは
と答えました。
全然違ってて面白いなと思ったよ![]()
おまけ↓↓
テセウスの船
船の部品が朽ちるたびに新しい部品と交換していき、すべての部品が置き換わったとき、その船はテセウスの船と言えるか。さらに置き換えられた古い部品をすべて集め別の船を組み立てた場合、どちらがテセウスの船と言えるでしょうか?
お米の回答
A.パーツが変わってもテセウスの船。
テセウスの船の正体は概念であり、この実体は人々の認知の中で「歴史を語り継ぐ象徴」として創造・維持されている。
本日はここまで~♬
最後まで読んでくれてありがとう。よかったらイイねぽちっとしてってくださいね![]()




















