「串かつ 玉家」で軽く串かつをいただいた後、今日の目的のお店「ラ・リーモ」へ。一番人気のオムレツカレー(1000円)をいただきます。玉子を3個使用した ふわ・とろのオムレツに欧風カレーがかかったとてもおいしいカレーです。カウンターでいただきましたが可愛いディスプレーにも心が和みます。ごちそうさまでした♪。

 

 

ラ・リーモ

海津市平田町三郷

 

今日はいつもの大垣への水汲みの日。途中おちょぼさんでお昼を食べに寄りました。東口の無料駐車場に車を停めて、先ずは「串かつ 玉家」の串かつ(ミソ・ソース)(各110円)を3本ずつ2人でいただきます。

 

 

 

やっぱりおちょぼさんの一番人気だけあって平日でもとても混んでいます。このキャベツと一緒に食べるのがなんともおいしいです♪。ごちそうさまでした♪。

 

串かつ 玉家

海津市平田町三郷

 

あらすじ
亜紗は茨城県立砂浦第三高校の二年生。顧問の綿引先生のもと、天文部で活動している。コロナ禍で部活動が次々と制限され、楽しみにしていた合宿も中止になる中、望遠鏡で星を捉えるスピードを競う「スターキャッチコンテスト」も今年は開催できないだろうと悩んでいた。真宙(まひろ)は渋谷区立ひばり森中学の一年生。27人しかいない新入生のうち、唯一の男子であることにショックを受け、「長引け、コロナ」と日々念じている。円華は長崎県五島列島の旅館の娘。高校三年生で、吹奏楽部。旅館に他県からのお客が泊っていることで親友から距離を置かれ、やりきれない思いを抱えている時に、クラスメイトに天文台に誘われる――。コロナ禍による休校や緊急事態宣言、これまで誰も経験したことのない事態の中で大人たち以上に複雑な思いを抱える中高生たち。しかしコロナ禍ならではの出会いもあった。リモート会議を駆使して、全国で繋がっていく天文部の生徒たち。スターキャッチコンテストの次に彼らが狙うのは――。哀しさ、優しさ、あたたかさ。人間の感情のすべてがここにある。


ひと言
2020年1月15日に国内でコロナの感染者が初めて確認されてから、日本では3380万人が感染し、約7万5000人の方がなくなったコロナ(2023年11月現在)。2023年5月に感染症法上の位置づけが5類に移行になってからは、少しずつ元の生活を取り戻しつつあるが、この3年間を学生として過ごし、コロナ禍に翻弄されたすべての人に贈りたいと思って辻村 深月さんが筆を取った作品ということだが、とりわけ中高生に読んでもらいたいと思った作品でした。

コンクールが中止になった友達に、かけたい言葉。電話しようかと思ったけど、残る形になってほしくて、美琴にLINEを送る。『悲しみとかくやしさに、大きいとか小さいとか、特別とかないよ』すぐには返せなかったけど、たぶん、亜紗はこういうことが言いたかった。強豪だから悲しむ権利があるとかないとか、そういうことでもない。だって、誰とも比べられない。すぐに言えなくてごめん、と念じていると、すぐに、美琴から既読がついた。返事が来る。『ありがと』それからすぐにもう一文。『亜紗に会いたいな』会いたい、という言葉が、こんなに意味を持つようになるなんて。スマホを握りしめて、亜紗は静かに深く、息を吸い込む。学校に行きたい、なんて気持ちが自分の中にあるなんて夢にも思わなかった。
(第一章 ”いつも”が消える)

「皆さん、北極星はすぐわかるよね? こぐま座で一番明るい、α星のポラリスと呼ばれる星。だけど、実は、北極星は時を経て、かわっていきます」マスクをしたままの皆の口から、は? と声が洩れるのがわかった。円華の近くにいた小山と武藤も目を丸くしている。館長が続けた。「皆さんもご存じのように地球は傾いたまま自転しています。北極星はそもそも北極を地球の自転軸に沿って延ばした先にある星のことば言うとですけど、実は、その自転軸が長い時間の間に向きを変えてしまうとです。地球には月や太陽などの引力が働いとるけん、そこから自転軸を立て直そうと約二万六千年の周期で首振り運動をする。現在の自転軸上で北にある明るい星がポラリスで、今から約三千年前はこぐま座で二番目に明るい、こっちの――」ポインターの光がこぐま座の下の方に移動する。「こぐま座β星のコカブがその時代の北極星でした。五千年前はりゅう座のα星ツバンがそう。そして、将来はこのはくちょう座のデネブが北極星になります」「将来ってどれくらい先?」武藤が手を挙げて質問すると、館長が嬉しそうに頷いた。「約八千年後。そして、その後は、『織姫』である、この、こと座のベガが一万二千年後に北極星になる。夏の大三角形の星は、将来の北極星ば見とると思うとまた不思議な感慨がある」「――北極星って、ずっと固定ってわけじゃないんですか?」円華の口からも自然と声が出た。この天文台の和やかな雰囲気の観測会は、驚くほど気軽に発言ができるのだ。……。……。

館長が楽しそうに頷き、ポラリス―― 私たちの時代の北極星の方に顔を向けて言った。「もっとも、私たちが生きとる間は、ポラリスが北極星であり続けるわけですが。それでも、八千年後の世界では、デネブを北極星にする文化になるんだと思うとおもしろいでしょう。どうあがいても私たちの寿命は尽きるけど、想像することくらいはできるから」ずっと、何があっても変わらないものの象徴のようだった星も、移り変わっていく。八千年、という遥か先の年月に圧倒されながら ―― その頃には、今いる誰も生きていないのだという事実に目が眩むような思いがした。その先を見届けたい、そこまで生きられないことを寂しい、と思うこともまた初めての感情で、これは、今、この星空の下にいるからこそ湧き起こってきた気持ちだとはっきり思った。
(第三章 夏を迎え撃つ)

自転車のペダルをぐんと踏み、坂道で立ち漕ぎの姿勢を取ると、夏の濃い草の匂いがした。少し前まで赤い鬼百合が囲んでいた山道は、今は白い百合の花が咲き始めていた。白い花が目立ち始めた山道を、汗だくになりながら、ただ、登る。自転車が山道を抜けて、海が見える高台の上に出る。太陽の光が惜しみなく降り注ぎ、眩しく照り返す海が見えてくる。家を出る時からずっとしていたマスクが息苦しくなって、途中で外した。風があたって気持ちよく、一気に呼吸が楽になって、空気を大きく吸い込んだ。ああ、気持ちいい、と思った次の瞬間、去年までは、これが。”当たり前”だったなんて信じられない気持ちになる。
(第四章 星をつかまえる)



 

2023年11月11日、2016年以来の7年ぶりの浜田省吾のアリーナツアーに行ってきました。名古屋、大阪のチケット申し込みにはずれ、追加販売の名古屋、大阪は完売で追加販売はなく、横浜のステージサイド席が当たり横浜アリーナでのコンサートです。

 

 

今回はTVのCMなどでよく流れているスマートEXを利用しての新幹線移動です。スマートEX専用改札口を通ると、この座席のご案内の紙が出てきてびっくり。とても便利でこれからの新幹線移動ではスマートEXを使わせてもらいます。

 

 

東京での地下鉄移動は5路線が乗り入れている大手町駅からの移動の方が楽なので、丸の内口から大手町駅まで歩きます。すっかり変わった東京駅をバックに記念撮影。

 

 

先ずは東西線で九段下駅の靖国神社にお参りします。東京で特に行きたいところ(おいしいお店は別)はあまりないのですが、「靖国で会おう」と誓い合って戦禍に倒れた方々に手を合わさずにはいられません。時間があるときは訪れたい場所です。

 

 

帰り「靖国八千代食堂」の前を通りかかったとき特攻の母 鳥濱トメの玉子丼の看板を見つけました。日本橋の「つじ半」の海鮮丼をお昼に食べようと決めていたのですが、迷わずお店へ。戦時中はとても貴重だった玉子、当時はこんなにたっぷりの玉子を使った玉子丼ではなかったと思いますが、こんなにおいしい玉子丼を最後に食べることができて特攻に飛び立てたんだなぁと思うと感慨深いです。

 

 

日本武道館にも立ち寄り、こちらも前から行きたかった千鳥ヶ淵の戦没者墓苑にも初めてお参りします。ボランティアの方でしょうか、祭壇の周りをきれいに清掃されている方がおられました。祭壇においしそうなお重やおにぎりがお供えしてあって、1959年、ほぼ私と同じ年に建てられた墓苑ですが、今でもこうしてきれいにおまつりし、お供えを欠かさない方々の想いに胸が熱くなります。

 

 

東西線で日本橋駅まで移動し、東野圭吾さんの「麒麟の翼」で有名になった日本橋の麒麟にご対面。ここは日本の道の起点。あの翼にここから日本中に羽ばたいていけるようにという思いを込めて作られた像です。映画では「麒麟の翼は勇気の翼なんだ」という言葉が印象的でした。靖国で玉子丼をいただきましたが、日本橋の高島屋近くにある「つじ半」の海鮮丼もいただきたいと立ち寄りましたが、すごい行列でおあずけとなりました。残念。それにしても外人さんが多いのにびっくり。先日の大阪心斎橋のオムライスの「北極星」のときも思いましたが、外人さんの方がおいしいお店をよく知っているのかもしれません。

 

 

新横浜駅近くの横浜アリーナに到着。さあ7年ぶりのアリーナツアー思いっきり歌って踊って楽しむぞ!

 

 

浜省のコンサートではいつも着ているジャンバーの後ろ姿で記念撮影です。

 

 

昔のコンサートではステージ横にせり出し少し高くなった踊り場のようなものがあり、少し観にくかったステージサイド席で心配したのですが、2011年からのアリーナツアーではセンターステージに変わり、とても見やすい席で大満足です♪

 

 

横浜アリーナは2階席と1階席が階段でつながっており、会場全体の一体感がすばらしいし、多くの人を収容できるので、「横浜アリーナ」という名の通りアリーナコンサート会場としては最高の会場かもしれません。今回は名古屋や大阪のチケットが外れて横浜に来ましたが、次は横浜が第一希望も十分ありだと感じました。

 

 

最後に今回のセトリ(セットリスト)です。赤字の曲は同じ会場の1日目と2日目で曲名が変わります。10曲目のMONEYが終わった所で途中休憩が入りセンターステージに変わります。セトリは 86年発売の J.boyまでの曲ばかりで、私のような OLDファンには涙、涙のコンサートでした。

 

 

今年は38年ぶりの阪神タイガースの日本一を味わえた最高の一年。もう7年もコンサートツアーがなく、浜省も71歳でもうファンミーティング以外の多くの人が参加できるアリーナツアーはもうないのかなぁと淋しく思っていたところのON THE ROAD 2023ツアー。90%以上の人が40代後半の男女で、みんな若かりし頃の思い出を重ねながら、すごい一体感で浜省と一緒にこのコンサートを作っているんだと感じました。ありがとう浜省。また次のツアーを楽しみにしています。体には十分気をつけてください。ほんとうにほんとうにありがとう。最高のコンサートでした。

 

2023年11月05日 38年ぶりに阪神タイガースが日本一に輝きました。

 

 

タイガースが3勝2敗で日本一に王手をかけた11月02日、11月04日に甲子園球場でパブリックビューイングを行うとの発表があり、ダメもとでアクセスすると繋がりチケットをゲットすることができました♪

 

 

4日、甲子園へ向かう途中、大阪難波で下車し「天ぷら 大吉 なんば店」でボリューム天丼(1050円)と名物あさりの味噌汁(460円)で腹ごしらえです。

 

 

こちらのお店は大吉と名前が縁起いいので行く前から今日はこのお店にしようと決めていました。地元堺の魚市場が発祥の名店で、食べたあさりの貝殻を足元に捨てるというユニークさもグッド。

 

 

店員さんもタイガースとオリックスのユニホームを着て、この日本シリーズを盛り上げてくれているのもうれしい。甲子園へ行く前に道頓堀で記念撮影。

 

 

相変わらず戎橋(ひっかけ橋)は大混雑です。

 

 

阪神なんば線で甲子園へ。初めて利用したけどとても便利です♪ 

 

 

先ずはライトスタンドの後方にある甲子園すさのう神社へお参りし、今日の日本一を祈願します。

 

 

お守りをいただきます。

 

 

甲子園歴史館にも入館し、1985年の日本一の立役者 44ランディ・バースに力を貸してくださいとお願いします。

 

 

出口付近には今年のペナントレースの盾が展示されていました。

 

 

一緒に観戦する甥と入場ゲート前で待ち合わせ。

 

 

3塁側の前から5列目のとてもいい席でした。試合前に甥と記念撮影。

 

 

 

 

試合は5-1でオリックス勝利。山本由伸の好投が光りました。残念ながら今日の日本一はおあずけです。5日10時からの甲子園のパブリックビューイングも取りたかったのですが、そんなに世の中甘くはありません。おみやげに阪神梅田本店のスナックパークにある「阪神名物 いか焼き」のイカ焼き(冷凍)を購入。

 

 

難波から近鉄に乗る前に、オムライス発祥のお店と云われている「北極星 心斎橋本店」に立ち寄り、チキンオムライス(1080円)のラージ(300円)をいただきます。オムライス発祥のお店だけあって懐かしい昔ながらのオムライスでした。

 

 

午後4時30分ごろ、家に着き、TVで第7戦を観戦します。この一年間、元気と勇気と感動をタイガースからたくさんたくさんもらいました。ほんとうにありがとう。

 

 

昨日に引き続きシェルドンの3ランホームランが飛び出し阪神リード

 

 

最後は岩崎が締め、岡田監督の胴上げの後、横田のユニホームを持った岩崎も胴上げ。

 

 

38年ぶりの日本一。もう言葉にできないくらいうれしい♪。

 

 

後日のニュースでは日本一決定の瞬間最高視聴率は関西では50%とのこと。いかに関西人がタイガースの日本一を心待ちにしていたかがあらわれた数字でした。

 

 

阪神タイガースほんとうにお疲れさまでした。そしてほんとうにありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テレビで激安の魚屋さんとしてよく取り上げられるナルミ杉本が出店した評判の海鮮料理店「海鮮処 杉本」へお昼を食べに行ってきました。20分ほど並んで、ほとんどのお客が注文しているナルミ杉本海鮮丼(1000円)をいただきます。海鮮もたっぷり盛られているし、茶碗蒸し、お味噌汁、小鉢もついて1000円はお値打ちで、おいしいです♪。ごちそうさまでした♪。余談ですが、こちらのお店はとんかつの超有名店「とんかつあさくら」が閉店後にすぐに入ったお店で、「あさくら」のとんかつ食べたかったなぁ。

 

名古屋市緑区滝ノ水1

海鮮処 杉本

 

 

 

あらすじ

井沢釈華の背骨は右肺を押しつぶす形で極度に湾曲し、歩道に靴底を引きずって歩くことをしなくなって、もうすぐ30年になる。両親が終の棲家として遺したグループホームの、十畳ほどの部屋から釈華は、某有名私大の通信課程に通い、しがないコタツ記事を書いては収入の全額を寄付し、18禁TL小説をサイトに投稿し、零細アカウントで「生まれ変わったら高級娼婦になりたい」とつぶやく。ところがある日、グループホームのヘルパー・田中に、Twitterのアカウントを知られていることが発覚し——。
(第169回芥川賞受賞)
 

 

ひと言
運のいいことに図書館で結構早くに借りることができました。全93ページであっという間に読めて、もう一度付箋を貼ったところを何度か読み返しました。「ハンチバック」直訳すると差別用語に当たる「せむし」ということらしい。市川さんだから書ける「本を読むたび背骨は曲がり肺を潰し喉に孔を穿(うが)ち歩いては頭をぶつけ、私の身体は生きるために壊れてきた」というフレーズはとても重い。

米津知子はポリオの後遺症で装具を付けた右足を引き摺っていたリブ活動家だ。重なり得ないと嘯(うそぶ)きつつも、東京国立博物館にやってきたモナ・リザに赤いスプレ ーを引っ掛けようとした彼女には、少なからず共感する。当時、中絶規制の法改定の動きを巡って、障害者を産みたくない女性団体と殺されたくない障害者団体が激しくぶつかり合っていた。殺す側と殺される側のせめぎ合いは「中絶を選ぶしかない社会」を共通のヴィランとすることでアウフヘーベンして障害女性のリプロダクティブ・ライツにまで辿り着き、安積遊歩(あさかゆうほ)の回路演説を生んだ。1996年にはやっと障害者も産む側であることを公的に許してやろうよと法が正されたが、生殖技術の進展とコモディティ化によって障害者殺しは結局、多くのカップルにとってカジュアルなものとなった。そのうちプチプラ化するだろう。だったら、殺すために孕もうとする障害者がいてもいいんじやない?それでやっとバランスが取れない?健常と障害の間で引き裂かれる心の苦悩をモナ・リザにぶつけた米津知子の気持ちそのものに重なることはできない。だが私なりにモナ・リザを汚したくなる理由はある。博物館や図書館や、保存された歴史的建造物が、私は嫌いだ。完成された姿でそこにずっとある古いものが嫌いだ。壊れずに残って古びていくことに価値のあるものたちが嫌いなのだ。生きれば生きるほど私の身体はいびつに壊れていく。死に向かって壊れるのではない。生きるために壊れる、生き抜いた時間の証として破壊されていく。そこが健常者のかかる重い死病とは決定的に違うし、多少の時間差があるだけで皆で一様に同じ壊れ方をしていく健常者の老化とも違う。本を読むたび背骨は曲がり肺を潰し喉に孔を穿(うが)ち歩いては頭をぶつけ、私の身体は生きるために壊れてきた。生きるために芽生える命を殺すことと何の違いがあるだろう。
(P44)

私は田中さんの顔を見なかったし表情に興味もなかった。同じくらい田中さんも私の身体に興味などないだろう。施設や病院という抑圧された場における同意のない異性介助と違って、この状況は私が自分の意志で許可した。障害者は性的な存在ではない。社会が作ったその定義に私は同意した。自分に都合よく嘘を吐いて同意した。幸いにも、嘘がバレない程度にはマスクが顔を隠してくれるご時世だ。
(P48)

私は気にしなくても、向こうは嫌だったのだろう。断れなかったんだろうか。断ってくれれば良かったのに。攻撃性を隠しきれなくなるほどのストレスを私の入浴介助で感じたのなら可哀想だ。だけど紗花のアカウントを覗いていたのは昨日今日の話じゃなさそうだ。ならば私の裸の身体にはどのくらいの重みがあったのか。
田中さんは金のためと割り切って重度障害女性の入浴介助に入り、見たくもない奇形の身体を洗っている時も、金の塊を磨いているつもりだったのだろう。親の遺産で生きている私という人間が不労所得の金の塊にでも見えているのだろう。でもそれは手に入らない金だ。彼の言葉は赤いスプレーなのだ。とすると私はモナーリザということに――。
(P56)

 

 

あらすじ

神奈川県川崎市にあるチョーク製造会社・日本理化学工業株式会社は、昭和12年に小さな町工場からスタートした。昭和35年に二人の少女を雇い入れたことをきっかけに、障がい者雇用に力を注ぎ、「日本でいちばん大切にしたい会社」として全国から注目を集め続けている。現在も社員83名のうち、62名が知的障がい者。一人一人の能力に合った仕事を作ることで、彼らが製造ラインの主戦力となり、社員のほとんどは定年まで勤め上げる。同時に、彼らの作るダストレスチョークは業界シェア1位を誇る。
今でこそ福祉と経営の両面で注目を浴びるが、ここに辿り着くまでには数々の苦悩と葛藤があった。本書は、日本理化学工業の会長や社長、働く社員、さらには、普段語られることの少ない障がい者のご家族へのインタビューを通して、「働く幸せ」を伝える一冊。

 

 

ひと言

以前同じチョーク製造会社 日本理化学工業を紹介した「日本でいちばん大切にしたい会社」という本を読んで感銘を受けました。図書館でこの本を見つけて、すぐに借りました。以前の被るようなフレーズは除きましたが心に残る言葉がいっぱいでした。最近目が見えにくくなって、本から少し離れてきたように感じますが、こういう本と出会えるともっともっと読みたいなぁという気持ちにさせてくれます。ありがとう

 

「人間の幸せは働くことによって得られると、私は信じています。『経済』の意味をご存じですか。中国の古典に登場する言葉ですが、語源は『経世済民』です。文字通り『世を経め、民を済う』の意味なのですよ」富の獲得とは別な、本来の経済を実践したいと願った大山会長は、強い信念で理想とすべき社会の形を作り上げた。
「私が提唱しているのは『皆働社会』です。日本国憲法第13条には『すべての国民の幸福追求を最大限に尊重する』とあり、さらに第27条で『すべての国民ぽ勤労の権利と義務を負う』とある以上、重度障がい者だから福祉施設で一生面倒を見てもらえばいいというわけではありません。つまり、健常者が障がい者に寄り添って生きる『共生社会』ではなく、『皆働社会』なのです。そのことに気付いた私は、福祉施設改革による『皆慟社会』の実現を経営理念の一つにしました」

(序章)

 

工場の敷地内には彫刻家・松阪節三が日本理化学工業に寄贈した彫像「働く幸せの像」がある。その台には、大山会長の言葉が刻まれている。
《働く幸せ

導師は人間の究極の幸せは、大に愛されること、大にほめられること、人の役に立つこと、大から必要とされること、の四つと云われた。働くことによって愛以外の三つの幸せは得られるのだ。私はその愛までも得られると思う。
日本理化学工業株式会社
社長 大山泰弘 平成10年5月》

(第1章 日本でいちばん大切にしたい会社とよばれて)

 

「あるとき、福祉という漢字をそれぞれ漢和辞典で引いてみました。福と祉。二つとも示偏が付いていますが、これは神様が人間を幸せにする恵みを与えていることを表していると書いてありました。”福”という字は『神様が人間が生きていくうえで、食べていくのに困らない幸せ』を与えてくださっていることを表し、また”祉”という字は、止まると書いてありますが、これは『神様が人間の心に留まって、心を幸せにする』ことを表す言葉なのだそうです。人間の幸せは、物に不自由しない幸せと、心が満たされる幸せ、その二つが必要なのです」

(第4章 チョーク屋に生まれて)

 

 

あらすじ

東京での暮らしに見切りをつけ、亡き父の故郷であるハヤブサ地区に移り住んだミステリ作家の三馬太郎。地元の人の誘いで居酒屋を訪れた太郎は、消防団に勧誘される。迷った末に入団を決意した太郎だったが、やがてのどかな集落でひそかに進行していた事件の存在を知る。連続放火事件に隠された真実とは?

 

ひと言

中村倫也さん主演で木曜ドラマ「ハヤブサ消防団」が放送され、その原作本ということで借りて読みました。本を読んでこれがどういう風にドラマ化されたのかわかりませんが、また機会があればドラマも観てみたいと思いました。

 

「家が燃えたんじゃない。人生の一部が燃えたんですよ」はっとしたように中山田は目を大きく開いたが、後に続く言葉は飲み込まれて出てはこない。片付けを手伝うために歩き出した太郎の胸に、「居酒屋△」で中山田が唱えていた般若心経の一節が過(よぎ)った。―― 色不異空、空不異色、色即是空、空即是色  形あるものに実体はなく、実体のないものに形はあるのだとしても、この世の中には悟りを開けぬ愚かな人間たちが確実に存在する。太郎もそのひとりだ。形あるからこそ実体であり、その実体は形であり、そして我々にとってかけがえのない存在である。そのひとつが失われ、燃え尽き、雨に打たれて足下でがれきと化している。太郎の足下に、半分燃え、雨に濡れている「山原林業」の看板が転がっていた。この看板が見てきた歴史の最後がこの光景だとしたら、こんな悲劇があるだろうか。怒りがあるだろうか。

(第四章 山の怪)

 

縁側と座敷は続きになっていて、座敷の大きなテーブルの上には、さっきまで太郎がかかりっきりになっていた大きな地図が一枚、広げてある。ハヤブサの地図であった。「なあ、太郎くん。あの地図はなんなの」「あれは、いままで火事に遭った人たちが売った畑や山の地図だ」この数日、太郎は宮原の許可を得て、消防の聞き取りという名目で被害者宅を訪ね、話を聞いて回った。
地図には、ところどころ色エンピツで囲んだ土地がある。「青いところが、被害者の家が売った土地」「赤は?」勘介がきいた。
「赤も同じく売った土地。だけど、少し意味が違う。赤は、火災の後に売った土地だ」「火災の後に売る……?」「火事で家や納屋、クルマを失った人たちは、建物を造り直したり、新たなクルマを買ったりするためにお金が必要だった。だから土地を売ったんだ」「ちょっと待って」勘介が怪訝そうに顔を上げ、色エンピツで囲んだ地図上の土地を指さす。「ここはたしか……」「太陽光発電になっている」勘介がいわんとするところを先回りして、太郎はいった。「土地はハヤブサのあちこちに点在しているけど、共通していることがひとつある。どれも同じ業者が買い上げたということだ」「それって……」唖然とした顔を上げた勘介に、太郎は静かに告げた。「タウンソーラー。あの真鍋っていう営業マンが、どの家にも土地の売却を提案していた。事前に売
ったところもあるし、売らなかったところもある。だけど、火事になった後は、みんなお金のためもあって、かなりの土地を手放している」それは赤く囲んだ土地が多いことからも明らかであった。唯一の例外は、賢作だ。賢作の家を訪ねて聞いたところ、賢作は「太陽光発電には一切土地は売ってないし今後も売らん」、と断言したのである。「江島さんには、上田市のアパートまで行って話を聞いてきたよ」それは昨日の話であった。「あの火災の後、生活費を得るためにタウンソーラーに新たな土地を売却したらしい。ずっと売るのを躊躇っていたけれども生活のためには売るしかなかったという話だった」「ということは、なに? 火事になった家はみんな太陽光発電に土地を売っとったってこと?」太郎は縁側に戻り、案の定、稲光りし始めた空を見あげながらいった。

(第六章 夏の友だち)

 

あらすじ

高校で図書委員を務める堀川次郎と松倉詩門。ある放課後、図書室の返却本の中に押し花の栞が挟まっているのに気づく。小さくかわいらしいその花は――猛毒のトリカブトだった。持ち主を捜す中で、ふたりは校舎裏でトリカブトが栽培されているのを発見する。そして、ついに男性教師が中毒で救急搬送されてしまった。誰が教師を殺そうとしたのか。次は誰が狙われるのか……。「その栞は自分のものだ」と嘘をついて近づいてきた同学年の女子・瀬野とともに、ふたりは真相を追う。

ベストセラー『本と鍵の季節』(図書委員シリーズ)待望の続編

 

 

ひと言

最近は老眼が進んできて、小さい文字がほんとうに見えない、見えにくくなってきて読書のペースがとても遅くなった。この本もかなり前に読み終えていたのだが、心に残るフレーズがほとんどなくこのブログを書くのが遅くなってしまいました。

 

「もし奈々美が栞をばら撒いているなら、ひっぱたいてでも止めないといけない。それが、ここまで来た理由」「なぜ止めるんですか」「むしろ訊きたい。なんでこんなことをしてるの?」問われ、和泉乃々花は手を広げた。ランタンの明かりに照らされ、傷んだ壁に大きく影が映る。「だって、とてもすてきな考えじゃないですか。一人一枚、切り札を持つ。何があっても、誰にどんなことをされても、お前が生きていられるのはわたしが生かしてやっているからなんだと思うため、どんなに弱いわたしたちにも、切り札を。そしてお姉ちゃんは実際、幸せになった」和泉乃々花は、ふと真顔になって、瀬野さんを見つめた。「わたし、先輩を尊敬しています。すばらしい方法だと思う」瀬野さんが組んだ腕に、わずかに力がこもる。「だから、あなたが引き継いだって言いたいの?」「そうです」「学校に花壇を作ったのは? わたしたち、そんなことはしなかった」苦心の工夫に気づいてもらえた子供のように、和泉乃々花ははにかんだ。「ささやかなアレンジです。トリカブトの栞が弱いわたしたちの切り札になるのなら、それがいつも近くに咲いている環境こそ、誰も虐げられない場所なんじゃないかって。世界に花を、つて感じですね」 思い入れたっぷりの言い草だったが、瀬野さんはさして感銘を受けた様子もなく、別のことを訊いた。「それで、栞は何枚配っだの」話に乗っでこなかったことに失望したのか、和泉乃々花は表情に不満を漂わせる。「それは内緒です。いえ……先輩になら、話してもいいですね。十一枚です。もっと作りたかったんですが、花が咲いたのがそれだけで」「……そのうち、使われたのは何枚?」
和泉乃々花の口許に、笑みが戻る。「さあ。一枚ではないですね」もう、誰か死んでいたのか。遅かったのか。

(第四章 栞と嘘)