あらすじ

井沢釈華の背骨は右肺を押しつぶす形で極度に湾曲し、歩道に靴底を引きずって歩くことをしなくなって、もうすぐ30年になる。両親が終の棲家として遺したグループホームの、十畳ほどの部屋から釈華は、某有名私大の通信課程に通い、しがないコタツ記事を書いては収入の全額を寄付し、18禁TL小説をサイトに投稿し、零細アカウントで「生まれ変わったら高級娼婦になりたい」とつぶやく。ところがある日、グループホームのヘルパー・田中に、Twitterのアカウントを知られていることが発覚し——。
(第169回芥川賞受賞)
 

 

ひと言
運のいいことに図書館で結構早くに借りることができました。全93ページであっという間に読めて、もう一度付箋を貼ったところを何度か読み返しました。「ハンチバック」直訳すると差別用語に当たる「せむし」ということらしい。市川さんだから書ける「本を読むたび背骨は曲がり肺を潰し喉に孔を穿(うが)ち歩いては頭をぶつけ、私の身体は生きるために壊れてきた」というフレーズはとても重い。

米津知子はポリオの後遺症で装具を付けた右足を引き摺っていたリブ活動家だ。重なり得ないと嘯(うそぶ)きつつも、東京国立博物館にやってきたモナ・リザに赤いスプレ ーを引っ掛けようとした彼女には、少なからず共感する。当時、中絶規制の法改定の動きを巡って、障害者を産みたくない女性団体と殺されたくない障害者団体が激しくぶつかり合っていた。殺す側と殺される側のせめぎ合いは「中絶を選ぶしかない社会」を共通のヴィランとすることでアウフヘーベンして障害女性のリプロダクティブ・ライツにまで辿り着き、安積遊歩(あさかゆうほ)の回路演説を生んだ。1996年にはやっと障害者も産む側であることを公的に許してやろうよと法が正されたが、生殖技術の進展とコモディティ化によって障害者殺しは結局、多くのカップルにとってカジュアルなものとなった。そのうちプチプラ化するだろう。だったら、殺すために孕もうとする障害者がいてもいいんじやない?それでやっとバランスが取れない?健常と障害の間で引き裂かれる心の苦悩をモナ・リザにぶつけた米津知子の気持ちそのものに重なることはできない。だが私なりにモナ・リザを汚したくなる理由はある。博物館や図書館や、保存された歴史的建造物が、私は嫌いだ。完成された姿でそこにずっとある古いものが嫌いだ。壊れずに残って古びていくことに価値のあるものたちが嫌いなのだ。生きれば生きるほど私の身体はいびつに壊れていく。死に向かって壊れるのではない。生きるために壊れる、生き抜いた時間の証として破壊されていく。そこが健常者のかかる重い死病とは決定的に違うし、多少の時間差があるだけで皆で一様に同じ壊れ方をしていく健常者の老化とも違う。本を読むたび背骨は曲がり肺を潰し喉に孔を穿(うが)ち歩いては頭をぶつけ、私の身体は生きるために壊れてきた。生きるために芽生える命を殺すことと何の違いがあるだろう。
(P44)

私は田中さんの顔を見なかったし表情に興味もなかった。同じくらい田中さんも私の身体に興味などないだろう。施設や病院という抑圧された場における同意のない異性介助と違って、この状況は私が自分の意志で許可した。障害者は性的な存在ではない。社会が作ったその定義に私は同意した。自分に都合よく嘘を吐いて同意した。幸いにも、嘘がバレない程度にはマスクが顔を隠してくれるご時世だ。
(P48)

私は気にしなくても、向こうは嫌だったのだろう。断れなかったんだろうか。断ってくれれば良かったのに。攻撃性を隠しきれなくなるほどのストレスを私の入浴介助で感じたのなら可哀想だ。だけど紗花のアカウントを覗いていたのは昨日今日の話じゃなさそうだ。ならば私の裸の身体にはどのくらいの重みがあったのか。
田中さんは金のためと割り切って重度障害女性の入浴介助に入り、見たくもない奇形の身体を洗っている時も、金の塊を磨いているつもりだったのだろう。親の遺産で生きている私という人間が不労所得の金の塊にでも見えているのだろう。でもそれは手に入らない金だ。彼の言葉は赤いスプレーなのだ。とすると私はモナーリザということに――。
(P56)