早川忠孝の一念発起・日々新たなり 通称「早川学校」

早川忠孝の一念発起・日々新たなり 通称「早川学校」

弁護士・元衆議院議員としてあらゆる社会事象について思いの丈を披歴しております。若い方々の羅針盤の一つにでもなればいいと思っておりましたが、もう一歩踏み出すことにしました。新しい世界を作るために、若い人たちとの競争に参加します。猪突猛進、暴走ゴメン。

(社)鴇田くにビヨンドXプロジェクト早川学校 第1号奨学生 黄美花のブログ



○早川忠孝オフィシャルホームページ

弁護士早川忠孝の一念発起・日々新たなり  通称「早川学校」-横バナー


◎著者の連絡先


〒102-0093
東京都千代田区平河町1-7-10

大盛丸平河町ビル3階太陽コスモ法律事務所内、弁護士早川忠孝(東京弁護士会所属、元東京弁護士会副会長、元衆議院議員、一般財団法人日本救護救急財団会長・理事、動態的憲法研究会代表、新しい選挙制度研究会代表、一般社団法人産業法務研究会代表理事、国士舘大学大学院客員教授)



参照ブログ


笑顔とやる気の伝導師ビヨンドXプロジェクト(旧鴇田くに奨学基金ビヨンドXプロジェクトのブログ)
http://ameblo.jp/tokitakuni/


新しい選挙制度研究会
http://senkyo.doorblog.jp/
動態的憲法研究会の憲法フォーラム
http://kenpouforum.seesaa.net/


主な出版物


「早川学校―ほんのちょっとの勇気と知恵でキミは輝く」
東大から自治省を経て弁護士となり、衆院議員時代は「穏健保守」を自称した著者のブログから、人生に役立つメッセージを抜粋・再編集しました。戦直後の長崎での幼少期、「良識派」として全共闘に対峙した大学時代、三度の落選を経て当選した議員時代、様々な経験をした著者が、ブログを続ける中で読者とともに考えた、厳しい社会状況にあっても勇気を持ち挑戦をつづけるための知恵。マジメに生きてきた姿は大人も共感できるはず。


動態的憲法研究

早川 忠孝 (著), 南部 義典 (著)
『動態的憲法研究』シリーズ

選挙の神様

『選挙の神様』シリーズ

『震災から一年後の被災地レポート-ビヨンドXプロジェクトの軌跡

被災地


NEW!!


(社)鴇田くにビヨンドXプロジェクト早川学校 第1号奨学生 黄美花

泥沼に足を取られて藻掻いているのはロシアだけではなく、アメリカもそうだろう。

 

NATOの後ろ盾があるウクライナはロシアに屈服することはないだろうから、結局はどこかでウクライナとの戦いを終結せざるを得なくなるだろう。

 

他方、イランを相手に戦争を始めてしまったアメリカは、どうやら泥沼に足を取られたまま現状を維持するしかないようだ。

イランの国民の大半が血の報復を誓っているようだから、こちらの方はどうも出口が見えなくなっている。

 

今日の事態は、いずれも自国が招いたもの。

国際社会が何か手を出せるようなものではない。

 

私たちは、オロオロしながら事態の推移を見守っているだけ、ということになるのかも知れない。残念ながら。

 

既に警察当局が動いているはずだから、その内に事態は急変するだろう。

 

福岡県民の皆さんだけでなく、日本の国民の大方が福岡県議会の闇に目を向けている。

独特の個性の持ち主が次々と登場しているから、いずれテレビの画面に様々な人が登場することになるはずだ。

 

皆さん、絵になる方々ばかりである。

 

さて、来年の統一地方選挙で地元の有権者の皆さんが、どういう審判を下すか。

 

皆さん、眠っていては駄目ですよ。

とりあえず、書を置いて、街に出ることにする。

 

電車の中で本を読むようなことはしない。

かつては電車の中で本を読んで思索に耽るようなこともあったが、今はそういう習慣はない。

電車の中で見かけるのは、只管手元のスマートフォンに見入っている人ばかり。

大体の人は、周りの人に関心がなく、自分の世界に没入しているようだ。

 

何かしら、皆さん急いでいるようで、しかも大分疲れているようだ。

そんなに生き急ぐことはありませんよ、と声を掛けたくなるが、そういう会話も、皆さん、お断りだろう。

 

どこかには安らぎの場があるはずだが、ひょっとしたら、皆さん、どこにも本当の安らぎの場がないのかも知れない。

 

ちょっと気の毒だなあ、と思いながら、私自身は結構気儘に自分自身の時間を楽しませてもらっている。

ありがたいことだ。

 

19日頃から数日、青春切符18で旅に出る心づもりをしているところである。

 

 

随分粗い議論で皇室典範改正の作業が進められており、どうやら今国会でとりあえずの皇室典範改正が実現するようだ。

 

皇位継承問題には今般の改正では手を付けないということだが、やはりいずれかは決着を付けなければならなくなるだろう。

世の中がもう少し落ち着いて静謐な環境が整ってから改めて議論することにすればいい。

 

私は、養子案には疑念を持っているので、現時点では立憲民主党の皆さんの基本的考え方を支持しているが、最終的に結論を出されるのは主権者である国民の皆様である。

 

最終的に結論が出されるんがいつになるのか分からないが、くれぐれも今回のような拙速な手続きになりませんように・・。

ご本人が役に立とうとして懸命に何かをやろうとしているのだが、どうやら何もやらなかった方がいい、という可哀想な結果になりそうである。

 

気の毒なことになっているなあ、と同情している。

 

多分どこからか抜擢されて現在の仕事を担当されることになったのだろうが、与えられた仕事がどうもよくなかったようだ。

ここは、さっさと現在の職務から解放してもらった方がいい。

 

とにかく一生懸命頑張ったことは認めよう。

運が悪かったんでしょうね。

興味がないことをダラダラと書かれている文章は、確かに眠いし、最後まで読むことはしない。

 

中身のない文章も然り。

 

出来るだけ簡潔で要を得た文章を書くように努めているつもりだが、やはり取り上げるテーマに偏りがあるのだろう。

読者の皆さんの知的好奇心にアピールしなくなっていることはやはりそれなりに反しした方がいいだろうと思っている。

 

さはさりながら、今の私には目が覚めるような話は難しい。

 

やはり、このあたりであちらあこちらを見て回った方がいいのかも知れませんね。

書を捨てて、旅に出よ、というところかも知れない。

10年以上私のブログをフォローしてくださっている読者の方がおられる。

 

自分自身では気が付かなかったが、私のブログがそれなりに賑わっていた時期があったようだ。

 

お、今でも続いているのか、と驚きの眼で私の最近のブログを読んでくださっている方もおられれば、惰性でやっているんでしょうね、と率直な感想を寄せてくださる方もおられる。

 

惰性でやっているのだろうというちょっとだけ辛辣風味のコメントを寄せられた方は、私の最近のブログ記事にかつてほどのドキドキ感や新鮮味を感じることが出来ず、私の記事の陳腐さに気付いて多少ガッカリされたのかも知れない。

 

まあ、ネタに新鮮味がないから私のブログが切っ掛けでご自分の思考がドンドン拡がって新しい発想に辿り着けないな、という一種の悲鳴に近いものが底辺にあるのかも知れない。

 

まあ、これは仕方がないのかな、と思わないでもないが、一見変哲もないような私のブログ記事だが、後で振り返ると結構役に質かも知れない情報も中には混じっているかも知れない。

 

継続は力なり、と言う。

その内に、私のブログが結構政治の世界の先読みになっていることが分かるかも知れない。

 

単なる考えるヒントではなく、それぞれの方の行動の指針みたいになっていれば実に幸いだ。

 

薬ではないので、苦くも甘くもない。

いつになったら役に立つのか、それともいつになっても役に立たないかも分からない。

 

ただ一つ言えることは、私のブログに付き合っていただいていると、その間は、皆さん、それぞれに平穏無事の時間を過ごせることである。

無用の用、みたいなものですね。

百家争鳴を歓迎される方もおられるとは思うが、私は国論を分断させるような状況は結果的に国民を不幸な状況に叩き込んでしまうようなことになりかねないので、出来るだけ避けるべきだと考えている。

 

足して2で割るとか、何でも丸く、丸く、という主義ではないが、何事にもほどほどに丸く収める途も手段もあるに違いないと思っている。

 

大方の人を納得させるにはどうすべきか、という問題意識がある方は、大体は物事の進め方が丁寧で、物腰が柔らかく、人当たりもいいものである。

いい仕事をしても、手柄は他人に譲るようなところがあって、そういう人が調停者、仲介者になれば、多少の紆余曲折があっても最後はどこかで折れ合うことが出来ることが多いのが現実である。

 

交渉事が不得手な人は、大体が一本調子で、懐も狭く、結局は何でも一方通行、一方的で、かつ独裁的になり易い。

 

現在の日本の政治があちらこちらで行き詰っているように見えるのは、多分、難しい問題の処理に不得手な、その交渉方法に問題を抱えている人が交渉の担当者に何らかの掣肘を加えているからだろう。

 

日本が現在直面している隘路を突破するためには、これまでえリベラルと呼ばれていた人たちと穏健保守と呼ばれていた人たちが手を繋ぐことが必要なのかも知れない。

物言わぬは腹膨るる技なり、という言葉がある。

 

時と場所を選ぶ必要があるが、幸い私のブログのコメント欄はどなたにも開放されているので、皆さん、皆さんの本当の思いを私のブログのコメント欄で吐露していただいて結構である。

 

大体はどこからも反応がなく、どこからも反応がないことで反って虚しさが募ってしまうことがあるだろうが、ご自分の中に積もった本当の思いを外に吐き出すことで案外ご自分の思いがスッキリするものである。

 

共感してくれる人が一人でもいればめっけものである。

 

呟き方はそれなりに工夫された方がいいことも多いだろうが、呟き方が少々拙くてもスッキリ感が残れば儲けものだと言っていいだろう。

これからは人望がある人の周りに人が集まる時代だろう。

 

旧安倍派の人が一つの塊になることはもうないだろうと思っている。

野心家の方々は自分が中心になって大きな塊を作りたくなるのもだが、旧安倍派の方々が一つの大きな塊になることはもう無理だろうと私は思っている。

 

ポストをチラつかせることでそれなりの人数を集めることは出来るだろうが、しかし支配することは出来ない。

皆さん、それぞれに対等な仲間として処遇することである。

当選回数も年齢も一旦忘れてしまうことだ。

 

仲間は作った方がいいことは間違いない。

一人では大した仕事が出来ないのも事実だ。

 

新しい時代が既に始まっている。

そのことをよく踏まえて旧安倍派に属しておられた皆さんは、それぞれに新しい道を探されることだ。