「未明の砦」感想 | 無敵動画堂高田のブログ

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無敵動画堂 というサークルで、アマチュアアニメを製作している者が、アニメや特撮について語ります。

 太田愛さんの小説「未明の砦」の感想です。

 

 読了後も、なかなか感想が書けずにいましたが、昨日色々吐き出したので、その勢いで書いてしまおうと思います。

 

    ↓未明の砦

 

 

 

  大手自動車メーカー:ユシマの生方第三工場に非正規工員として勤めている

 矢上達也(26)、脇隼人(26)、秋山宏典(30)、泉原順平(25)の4人。

 この4人の行動は、密かに、そして完全に警察の監視下にあった。

 接触した人間も、スマホでの通信も全て把握されていた。

 

 12月8日、4人逮捕のXデー。

 矢上、脇、秋山の3人は昼食のホットドッグを購入し、泉原が待つ彼らの「アジト」:朝日荘202号室に向かっている。

 4人揃った時が、逮捕の瞬間だ。

 指揮を執る警視庁組織犯罪対策部警視・瀬野徹は、逮捕はあっけなく終わると考えていた。

 そしてこの逮捕劇によって、瀬野の名は日本の警察史に残るものになるのだ。

 ところが、街のタイ料理店で火災が発生したその時、3人は混乱に紛れ姿を消した。

 さらに、傍受班員から鋭い声が発せられた。

 「泉原に矢上からメッセージが着信。 文面。『飛べ』」

 即座に朝日荘に張り付いている捜査員たちに泉原確保の命令が下るが、泉原もまた逃走した。

 つい先程まで、4人が警察の動きに気付いている様子は全く見られなかった。

 一体何が起こったのか?

 

 所轄の刑事:薮下哲夫は、本庁の組織犯罪対策課が被疑者である4人の罪状を明かさずに捜索を要請してきたことに、疑念を覚えた。

 なぜ警察組織内部でさえ捜索対象の罪状を秘匿するのか?

 薮下と組む若手刑事:小坂剛は「テロではないか?」と推測するが、テロならば組織犯罪対策課ではなく公安警察が動くはずだ。

 この4人は一体何をやらかしたのか?

 

 「週刊真実」の記者:溝渕久志とカメラマン:玉井登は編集長から急な連絡をうける。

 荻窪の同じ寮で暮らしているタイ人留学生たちが、事情聴取の名目で警察に集団連行されているという。聴取の目的は不明。

 密輸か? 組織的な不法就労か?

 

 そして、警察の手からバラバラに逃げ回っていた矢上たち4人は、千葉県の笛ヶ浜にある、ある家で再会を果たした。

 4ヶ月前、4人は共にここで夏休みを過ごした。

 その夏から、すべては始まったのだ……。

 

 

 以上がこの作品の第1章のあらすじです。

 

 昨日も書きましたが(「「未明の砦」の感想が書けない。先に吐き出しておくべきことがある」参照)この作品は抜群に面白い娯楽作です。

 で、その面白さを支えている大きな柱が「構成の素晴らしさ」です。

 

 この作品の主人公は矢上たち4人なのですが、まずは矢上ではなく警視庁組織犯罪対策部の警視・瀬野の視点でスタート

 4人の逃走で、読者は「この4人は何者なのか? 何をやったのか?」と、興味を持つことでしょう。

 しかしそれが明かされないままに、作品は所轄の刑事:薮下、週刊真実の記者:溝渕、と次々に視点(語り部)を変えていってしまうのです

 他にも4人の逮捕阻止計画の中心人物らしい日夏という謎の人物や、ユシマ副社長:板垣の視点で描かれる段もあり、読者は第一章を読んだ時点で、この作品が矢上、薮下、溝渕、日夏、板垣……実に様々なキャラクターの複数の視点で紡がれていく作品なのだと理解することになります

 そして第一章のラストになって、ようやく主人公である矢上の視点で描かれるパートとなり、主役である4人のキャラクターが見え始めます。

 しかし肝心の

この4人は一体何をやったのか?

は、伏せられたまま

 

 第二章は主人公である矢上の視点で語られます。

 「4人が何をやったのかが明かされるかな?」と思いきや、そうではなく、4ヶ月前、夏休みをこの4人がどう過ごしたのかを通して、人物像を掘り下げていく章になります。

 ごく普通の青年たちです。

 とても、警察に追われることをやるような人物には見えない。

 ただ、今後何かをやる動機に繋がっていくであろう心境の変化は描かれます。

 

 そうなんです。この作品、「4人が一体何をやったのか」を伏せたまま、そこに至る「4人の動機」……「動機の成立過程」にこそ重点が置かれているのです。

 

 ああ、骨太の社会派作品らしく、動機の部分はじっくりと描いていくのね、と。

 ただ、この作品は娯楽作としての側面も持っています。 エンタメ作品なのです。

 主人公たちの心情を丁寧に描くだけでは、やや娯楽要素が弱い作品になってしまうと思うのですが……ここで構成の素晴らしさが光ります。

 4ヶ月前の4人を矢上の視点で描写した後に、舞台を再び現在(第一章での逃走劇後)に戻し、今度は4人を追う警察の薮下の視線で物語が語られるんですね。

 それにより、追跡劇、逃走劇の面白さもがっちり見せてくれるのです。

 

 この作品、様々なキャラクターの複数の視点で語られるだけでなく「過去と現在が激しく交差して描かれる」という特徴も持っています。

 

 語り部も時系列も激しく変化する作品なんて、ものすごく難解なのでは? と思われるかもしれませんが、そこは「4人の動機の成立過程を描いていく」という芯が通っているので、混乱しません

 薮下が語り部となる章は、単に追跡劇のサスペンスを盛り上げるパートなのではなく、4人を追う薮下が彼らの行動をトレースすることで、彼らが何を思い、何を考えているのかを知っていく話になっています

 薮下だけでなく、4人に共感する者、敵対する者、事象のみを追う者、4人を見て自分の過去に思いを馳せる者……実に様々な人物の視点で、過去と現在を交差させながら「4人の動機の成立過程」が描かれていきます。

 主人公の矢上のみの視点で語られるよりむしろ、読者も4人の行動を外から客観視している感覚を得られ、より深く4人の心情を理解していくことになるという構成です。(共感するかどうかは、読者によるでしょう)

 

 そして、語り部となるキャラクターたちは、実によく練りこまれていて、魅力的です。

 薮下と小坂の警察コンビ、溝渕と玉井の週刊誌コンビなど、彼らが主人公の別作品が書かれても全くおかしくないどころか、むしろぜひ読みたいから書いてくれないですか、と言いたい。

 彼等のやり取りにはクスリとさせられ、活躍には胸躍らさせられます。

 

 そして作品後半いよいよ矢上たちがある行動を始め……というところで、読者も気持ちが盛り上がりはするのですが、同時にある焦燥感も感じるようになります。

 もう、あまりページが残っていないのに、意外と矢上たち4人と他の語り部たちの物語が交差しない……。

 

 数多く登場する語り部たち、皆それぞれに「自分が主人公」のドラマを演じ続けるんです。

 互いのドラマが交じり合い、より大きなうねりを生んで……みたいな展開を読者は期待している(よね?)のに、なかなかその時が訪れない。

 もう残りページから考えて、クライマックスシーンに入らなきゃいけない頃だよ~? と、じれったさが頂点に達した辺りで……

 一気に来ます、怒涛の展開!

 これぞクライマックスってやつでしょ!

 

 キャラクターのドラマが交錯し始めるだけじゃないぞ!

 張り巡らされていた伏線が次々に回収されていく! 爽快!!

 伏せられていたカードが次々にめくられていく! 驚き!!

 そしてそれが人間ドラマとも絡み、感動を呼ぶ! 胸熱!!

 ネタバレするわけにはいかないから具体的な事がなにも書けないのだけれど、ぜひ、このクライマックスは自分で読んで、興奮と感動を味わってほしい。

 

 キャラクターそれぞれの活躍に、私は胸躍った!

 熱いドラマに、涙した!

 そしてこの作品がテーマとして扱っている「労働問題」に関しては

 ……私の過去の経験も私なりに消化して、私なりに考える。これからも。

 

 うん、無理やりテーマの部分を切り離して、娯楽作品としての面ばかりにこだわった感想を書こうとしてきましたが、やっぱりそれって変ですよね。

 やはりこの作品は、娯楽作としても優れている「社会派作品」であって

 テーマの部分をしっかり受け止めるのが、正しい。

 

 いや~、過去のことを思い出して、読んでいて辛くなった時もあるけれども、この作品を読んで本当に良かった。

 素晴らしい読書体験でした。 

 

 

 おまけ

 昔作ったやつ。

 ブログの内容とは、全く関係がありません。

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