「ゲゲゲの謎」は矛盾だらけ

 

「ゲゲゲの謎」矛盾・疑問点まとめ


「ゲゲゲの謎」パクリまとめ

 

「ゲゲゲの謎」を原作史実だと思っておられる方へ。

 

 

 

※このブログに書いた情報に関してはできるだけ出典を調べる努力をしていますがやむなく伝聞に頼っているものもあります。

 

このブログを読んで「ここに書いてあることって本当かなぁ?」と思われた方。

「オカチイナ?」と思われた際はぜひご自身でも調べてみてください。

 

大切なのは自分の目で確認することです。

情報を鵜呑みにするのはいちばん危険なことです。

ゲゲゲの謎 検索画面

 

水木しげる作品ではおなじみ「サラリーマン山田」のモデルで出版社の社長をしておられたは桜井昌一さんは、水木しげるという作家の本質をこう評価されたという話をしました。

 

 

だが、水木しげるさんは、流行と本質をとりちがえるような、おろかなことはなかったのです。

 

創作する上の、もっとも重大な、個性と思想にみがきをかけ…

 

今日まで、どの作家も描けなかったものであり、新しい漫画を開拓する一つのメドとしても、大きな価値を持つものと思います。


枝葉にとらわれず、常に根幹に視点をおく。

 

(大(oh!)水木しげる展パンフレット77ページ)

 

これは桜井さんだけでなく、大泉実成さんや京極夏彦さんといった、しげる先生と深い交流のあった著名人の皆様も異口同音に同じことをおっしゃっているという話を先日しました。

 

 

 

 

桜井昌一さんの記事を書いており、奇しくも同じ桜井という苗字の偉大なクリエイターのニュースが飛び込んできました。

「星のカービィ」「大乱闘スマッシュブラザーズ」等で有名なゲームクリエイター桜井政博さんはゲーム業界についてこう述べておられます。

 

 

 

ただ大変残酷なことを言いますけれども、独創性ってあんまり売上に影響がないんですね。

 

もう優先度としては下の方だと思っています。皆さんもそうですよね。例えばコンビニの飲み物とかを片っ端から新製品が出たら試してみようっていう人はあんまいないはずです。慣れれば慣れるほど定番に近づくというか、好みの、期待通りの味であるということを望まれるもんだと思います。

 

ですが、こういう独創性みたいなものを失った業界というのはやっぱりゆっくりと〇んでいくだけなんですね。

 

今までも新しい発明があり、 新しい喜びがあり、そういうのを開拓した人がいるから、今の業界が成り立っているものだと思います。

 

 

さすが一時代を築いた方の言葉は重みが違います。そして、これはゲーム業界に限った話じゃない、と思いました。

 

 

水木しげる先生も貸本の「墓場鬼太郎」「悪魔くん」はまったく売れませんでした。

桜井政博さんの言葉をお借りすれば

 

 

独創性ってあんまり売上に影響がないんですね。

 

 

 

なにせ昭和39年に発刊された貸本版悪魔くんにも

「水木先生の絵もスキですけどストーリーが大好きです。あんなストーリーを考えるぐらいならヨッポドの〇〇か頭のいい人かですネ」

という投書が来たというのですかその独創性たるや語るまでもありません。

(「水木しげる貸本漫画傑作選 悪魔くん(下)248ページ 解説「悪魔くん」の復活より)

 

 

しかしそのあとはどうなったか?

鬼太郎も悪魔くんも、日本史に残る一大ジャンルを築き上げました。

 

 

 

今までも新しい発明があり、 新しい喜びがあり、そういうのを開拓した人がいるから、今の業界が成り立っているものだと思います。

 

 

 

〇水木しげるの独創性とは?

 

 

 

独創性とか個性とか思想とか、それって結局何なのでしょう?

 

 


現在我々が思い描く「妖怪」というモノ、「妖怪」という概念は、正確にいうなら水木しげる以前にはなかったものなのである。


水木しげるは自分の大好きな「怪しいモノゴト」をエンタテインメントに仕立てて世に送り出すために、民俗学や風俗学、芸能や映画、様々な江戸期の娯楽作品、果てはSFやシュールレアリスムまで総動員して、「妖怪」という枠組みを創り出したのである。

 

連綿と描かれ磨かれてきた江戸の化け物に、明治期以降に培われた民俗学的な粉飾を加え、綿密な背景と卓越したフォルムを与えられることによって「妖怪」は創造され、大衆文化にしっかりと根づいたのである。

「大(oh!)水木しげる展」パンフレット 6ページ)

 

 

 

こちらは京極先生が「大(oh!)水木しげる展」のパンフレットのために書かれた

 

「水木しげる大先生の限りない魅力を伝えるために」

 

という論文です。

 

 

やっぱり水木しげる先生の最大の独創性、個性、思想は「妖怪さま」に尽きます。

しげる先生は「妖怪」を「妖怪さまという守り神」だと崇め人間はその偉大な守り神にあやつられているだけのちっぽけな存在だと考えるようになりました。

 

 

 

さらにしげる先生といえばその快活なお人柄です。

実際にしげる先生にお会いになった方は皆「しげる先生はたいへん朗らかな方だった」と懐かしまれます。

鬼太郎アニメ3期と4期を担当された清水賢治プロデューサーはこう仰います。

 

 

水木しげるさんの持ってる一番良いものは非常にノホホーンとした暖かさ

戦う鬼太郎よりみんな良い話を見たいわけよ。

 

 

 

しげる先生の親友の荒俣宏先生は

 

水木しげるは「怪」人ではなく「快」人なのである。

 

 

妖怪とは、水木しげる大先生が幸福に浸っておられるお姿、そのもののこと、なのである。

 

 

と仰いました。

 

 

 

「妖怪」「ノホホーンとした朗らかさ」を抜きにして「水木しげる大先生の限りない魅力を伝える」というのは麺も醤油も無しで醤油ラーメンの味を伝えるようなものだと私は思います。

 

 

 

そんなことをしていたらそれこ桜井政博さんのおっしゃる通りになってしまうのではないかと私は危惧しています。

 

 

 

こういう独創性みたいなものを失った業界というのはやっぱりゆっくりと〇んでいくだけなんですね。