Thinking and Sinking -2ページ目

自信

自分に自信がないのは、なんでだろうと思ったとき、私は割とすぐに

「今、きちんと仕事してないからだな」

と仕事のせいと言うことで安易に片付けてしまうところがあった。

で、自信がある状態って言うのを思い浮かべると、仕事をしてばりばり働いてる状態のことだった。

でも、もうちょっと具体的なものが今日分かった。

今日、大好きな友達が電話をくれた。

彼女は私の思うことに、きちんと彼女なりの思うことを返してくれて、それがいちいち的確で、彼女らしくて、だから彼女との会話は楽しい。

だけど、私は彼女の思うことに、沈黙してしまうことが多くて、きちんと返せないことが多くて、私はこういうときにいちいち的確で私が思うことを言う人になろうと思った。

それは、今から身に着けてなるもんじゃなくて、たぶん意識すれば、変わるもの。

私は彼女に届く言葉と、届ける方法を持ちたいと思った。

それが、できない今は、私は何かに足りないのであって、その足りなさが、私から自信を奪ってるのだと、思い至った。

そこが足りないことに、気づかせてくれた、彼女に感謝。

電話を切ったときの冷や汗と、消えたくなる気持ち。

だけど、私はいちいち完璧であろうとしすぎるんだ。

英語もそう、日本語もそう。

伝えることが大事であって、完璧な言葉と方法で伝えなくても。

思うことは、あるのでしょ?

それを口にするだけ。

恋に酔う女の女友達のあり方

女は悲劇のヒロインになって酔いたいみたいなところが結局ある。

本当に好きだったのになぁ~なんてポロポロ泣きたいとき、そういうときって

「本当に好きだったから苦しい」

んじゃなくて

「本当に好きだったのになぁ~なんてポロポロ泣きたい」

だけなんだ。

そういうとき、そのシチュエーションのカラッポさ、舞台の書き割ばりにペラッペラで、舞台みたいに芝居がかった苦悩は、後で思い出せば自分自身「あほくさ!」となること請け合い。

ドラマ見ててそんなシーンになったら間違いなくチャンネル変えてる。

そんな、自分に酔い酔いのシチュエーションで、どっちの友達にいて欲しいか。

まず、そのペラさに気づかないふりをして、そのお芝居に付き合ってくれて無条件で肩を貸してくれる友達は大事でしょう。

友「がんばってたもん。今はつらい気持ち、分かるけど、そういうのって無駄にはならないよ。きれいになってぇ見返してやろーよ」

自分「私また恋ができるかなぁ?」

友「大丈夫だって。絶対。ちょっと心を休ませて、そんでまた傷が治ったら、そんでもっといい男みつかるって、ね?」

みたいなー。

はたまた、その自分に酔ってるだけのペラさをわざわざ見破って、突きつけて、こっちに恥ずかしい思いをさせる友達も、たぶん大事なんだ。

友「はぁ?悪いけど、あんな男のために泣いてたら女下がるよ。しかもさぁ、あんたああいうときめっちゃツメ甘いよね。あたし今回全然同情できないわー」

みたいなー。

私は、友達としては、前者です。

しかも毎回、後者になりたくて後者的な毒づきを心の中で繰り広げながら、前者のようにやさしくなぐさめる、ゆがんだ友達だわぁ。

どっちがいいとは言わないけど、どっちも、正解だと、私は頭で考える。

だけど、後者みたいな人の胸をえぐるやり方は、正解だけど、やられたほうは傷つく。

私はこの後者みたいな友達に、この間傷をえぐられた。

彼女のやり方は、正解だって分かってる。

自分に酔ってるような輩の鼻ちょうちんは、早目にパチンと割ったほうが親切なときもある。

きちんと現実見ようね。と。

だけど、正解がいつも心に優しいわけじゃないし、正解がいつも、正解とは限らない。

かといって、なんの薬にもならない甘いだけの優しさがいつも正解なわけでもなく。

むずかしいよねぇ。

正解が正解なのか?そんなことを思うことは他にもあって。

私の大好きな友達に、友達の大好きなアーティストのライブに誘われて、それはうれしいけど、友達と同じ温度で感動できる自信がなくて、その場合、「多少がんばって友達と同じ温度で感動する」のが正解か、「感動できなかったのを正直に表に出す」のが正解か、分かる?

たぶん、どっちも正解だし、後者なんてばっちり正解でしょう。

でも、私は迷う。

正解はいつも喜ばしいものじゃないし、呪いたくなる正解もある。

そんなもんか?

うん。

心に嘘のない行動なら、それは長い目で見たらツジツマがあって、正解になる。

人生、長く生きてみないとわからないことって多いんだろうな。


恋愛と自分の両立

毎日毎日、私は待ち続けていて、満たされない。

たいてい若い人はそうだろう、満たされまくって豊かですべて手にしているような若者に出会ったことがない。

飢餓感、足りない感じ、ここではないどこかへ。

それが青臭きソー・ヤングってもんだろう。

しかも、不思議なもんで、なにかを手にすればするほど、飢餓感や、満たされない思いは、逆に募っていく。

彼氏と浮気相手がいて、それで満たされない、不幸だと嘆いていた友達の話を聞いたときは目が点になったけど、なるほど、なにかを所有することで、逆にそれに縛られて、なにも持っていないときよりもずっと満たされなくなるということは、実際あるのだな、と今なら分かる。

そして、なにかを持っているのに満たされないようなとき、その「持っているもの」は本当はいらないものなんだと、思う。

いらないんだけど、見栄やしがらみやさみしさや心に渦巻くぶよぶよした気持ちのせいで、手を離せなくなってしまっているだけで。







まただ。

成長がない、と思う。

このブログを始めた理由は、「恋愛と自分の両立」だった。

恋愛をしてるとき頭の中が恋愛のことばっかりになってしまう自分が嫌で、恋愛しながらもキチンと自分自身の人生を楽しみましょう、という目的で書き始めたんだった。

彼氏と別れ、ブログのテーマは迷走し、そしてまた彼氏ができたら、元の木阿弥。

また、恋愛恋愛恋愛恋愛になっている自分がいる。

なんの成長もない。

自分の重い気持ちと、相手の恋愛に対する軽々しい気持ちに、ギャップがありすぎて苦しい。

全然満たされない。

私は浮気だの不倫だのは頭から否定派だけど、それでも彼氏のことを好きすぎて、でも満たされないからよそで浮気するという気持ちには100%共感できる。

行動に移さないだけだ。

今日、デートだった。

もう全然無理になっている。

会うたびに、ドツボにはまるように好きになっていって、まったく気持ち悪い。

おそらく、私は彼のことが好きなのではない。

まだなにも知らないし、外見が好みなわけでもなく、好きなところをあげることはたぶんできない。

つまり、私は彼のことが好きなのではなくて、「依存できる相手」が欲しいだけなんだろう。

なにかに依存したいだけだ。

でも冷静にそんなことを考えたところで、そんな結論になったところで、何の意味もない。

そうであったところで、実際、彼に対する思いが募っていって、決壊しそうで、恋愛に重きを置かない彼に対して満たされない苦しい気持ちになっているという現実はなんもかわらない。

面倒くさいくらい苦しい。

自分で自分の性格がうっとうしいわ!!!

もっと、恋愛に対して冷めてたいなぁ。







なんか、ものすごく誰かによっかかりたいのだけど、私はたぶん感情を重さに換算するとスーパーヘビー級なので、たいていの人は私につぶされてしまうと思う。

友達にも、彼氏にも、やっぱりほんの少し寄りかかるにも躊躇してしまう。

大事な友達であり、大事な彼氏であることには違いないのだけど。

これはもう私の生き方のクセなのかな。

そういえば、前の彼氏には曲がりなりにも全力で寄りかかってたなぁ。

と、感傷に浸りそうになる自分に警鐘。

だって、だからケンカが絶えず失敗に終わったわけでしょ?

全力で寄りかかれる相手であるということが必ずしも最高のパートナーであるとは限らないわけです。






なにも持たないと、執着も持たないですむ。

なにかを持ってしまうと、執着してしまう。

執着は、いいときもあれば、今の私みたいに、悪く作用することもあるわけでケースバイケース。

寝るのもつまらない。

起きるのもつまらない。

一日のうち、メールの鳴っていない23時間以上をすごす時間が、つまらない。

末期だな。


嵐を呼ぶ男

うぎゃあああ。

頼れないだけでなく、心臓を太くしておかないといけないらしい。

今回の恋愛は。

うぎゃあああ。

よく、わかりま、せん!!

対人スキルが下がってるとか、言ってられない、のっぴきならない、状況。

彼は奔放というか、自由というか、勝手気ままで自分のルールで動くはた迷惑男で、周囲を強引に巻き込んで台風みたいに進むので、それにまじめについていくと私が恥と汗をかいて彼のしりぬぐいをすることになるのだ!!!

一歩離れて傍観が一番いいタイプだと、真横に行ってから気づいた。

しかも、勝手に機嫌悪くなったり、機嫌よくなったり、単細胞の考えることはさっぱりわからん!

たまらん。

たまらんよ。

頼れないわ、巻き込まれるわ、いたたまれないわ。

なんだあの男は。

今だけを見る。

いつのまにか「大好き」に近い感情。

これはもうすぐ「大好き」に育ってしまうんじゃないだろうかっていう感情。

だけど、なんだろう、一度家具・家電付きのマンスリーマンションで一人暮らしをしたことがあるけど、それに似た「しょせん借りもの」感。

近いうちにお返ししなきゃいけない、感じ。

彼は私のものじゃない、と強く思う。

かといって、彼女がいるだの、奥さんがいるだの、そういう意味で誰かのものではないけど。

そうではなく、彼は、彼のものなんだよなぁ。

だから、あんまり頼れないし、頼ってしまうと逆に怖いよね。

今は、彼といて楽しむことに執心しよう。

将来のことは後回しだ。


人生を選べ

あれっ、始まったばかりの恋なのに、終わらせ方が分からないとはこれいかに。

終わらせるべきなのか?もう少し様子を見るべきなのか?

性格も合うし、楽しいし、やさしいし、彼のことは好きなんだけど、付き合い初日(!)の彼からのカミングアウトに思いっきり引いてしまった自分がいて。

それは彼のかなり尊敬できない点で、人の本質の部分にかかわることだったので、やっぱりのみこめなかった。

早くも終わらせるべきなのか?

と思う。

結構彼のことは好きだけど、将来が想像できない。

はぁー。

でも、一緒にいると楽しい。

人間の欲は、大事なものを見えなくさせる。

私が今見ているものは、なんだろう。

彼との今はニセモノにすぎないこの関係を打ち切って、本物を探すこともできるし、今の彼との関係を、ニセモノから本物に変えることもできる。

「人生を選べ」

っていう映画のキャッチコピーがあったなぁ。

よし、選ぼう!

デート

おれの家で映画でも見ない?

っていうメールに対して、一刀両断の断り方をしてしまったら、メールがこなくなった。

だってまだ早い、と思ったんだけど、友達はみんなそんなの普通だよって言う。

友達に、だってまだ付き合ってないし、と言ったら、まじめだね、それがいいところだけど。と妙に納得されてしまった。

たぶん、私は今ゆっくりじゃないと心がついていかないんだろうなぁ。

私の大好きな友達は

「してみて分かることっていっぱいあるんだからまずしてみたら?」

と言う。

でも、恋愛上手とは言えない私にとっては、してみて分かることより、してみて分からなくなることのほうが多いと思う。

本当に彼は私のことを好きなのか?

彼はこれを本当に恋だと思っているのか?

すべて、見失って、疑心暗鬼になって、結局うまくいかなくなる。

だから、子供っぽいのかもしれないけど、時間をかけたい。

たぶん、もっと自分に自信のある人か、逆に体を必要とされることで満たされるおめでたい人でなければそのやり方はうまくいかないと思う。

これで縁が切れるならそれまで。

流されないで自分らしく進んだ結果ならしかたない。

と思うことにしたけど、胸がきりきりして、心臓がたぶん倍くらいの大きさになって胃を圧迫するので食欲は一気になくなった。

いつか、ああいうこともあったわぁ、どうしてもっとうまくやらなかったのかしらねって笑えるようになるよと自分を慰めたけど、いつかの未来の話なんかしたところで今現在の傷に対してはなんの効果もない。

すきだったなぁと、思った。

そうしたらメールが来た。

じゃぁ、新宿で会ってコーヒーでも飲も?って。

会いたいって。

もう、気持ちがぐわんぐわんしてて、さっきまで重い鉛みたいだった心臓が今度は太鼓みたいにドキドキして、明日会ったら、もう開口一番だいすきって言ってしまいそう。

しあわせ

その話になる前は、彼女のしあわせな話をうまく聞けるか、ねたんでしまわないか、みにくい心が渦巻いて心配だったけど、その話になると、彼女はその中で「しあわせです」なんてことは一言も言わず、ただただ、「しあわせそう」だった。

たたずまいや、あいづち。

「しあわせそう」であるということは、「私、しあわせなの」って告げるより、しあわせを人に伝えるなぁと思った。

しかも、そういうしあわせは、見ているこっちの心をまっすぐにする。

本当に彼女がしあわせなのだと分かって、その彼女の脚色や演出のないしあわせさが、私をしあわせにしたと言ったら、それは言いすぎ。

だけど、そのおかげで私の心はまっすぐ、ねたむことなく、彼女をうらやましいと思った。

とっても、うらやましい。

「私、しあわせなの」という人の話は、聞くのが面倒だけど、「しあわせそう」な人の話は、せかしてでも聞きたい。

2回目のデート

わぁ。

2回目のデートの約束をした。

二人きりで男の人とごはんなんか食べに行くのは前の彼氏と別れて以来だし、それ以来恋愛どころか異性とは無縁の生活だったし。

急に知り合って急にデートするようになって、なんかのアクシデントみたいに、とつぜんこんなきもちになった。

こんなきもちって言っても、まだ相手に対してどういうきもちでいるのか実は全然わからないし、ましてや好きかどうかなんてますますわからないし、
相手が私のことどう思ってるかはこれまたわからないし、だってまだ2回しか会ったことないんだからあたりまえ。

そんな、冷静に相手を見極めて関係を深めるかどうか考えなくてはいけない大事な局面で、全然地に足が着かなくて、あほみたいなお祭り気分ばかり盛り上がって、そんでそれが楽しいんだから手に負えない。


本当は、今はもっと、互いのコアな部分を知り合いたいし、その上で私自身も彼と自分について冷静に深く考えたりしたいわけなのに。

でも、実際は、メールの絵文字に一喜一憂したり、うすっぺらい言葉にどきどきさせられたりすることで手一杯。

毎日メールでコントみたいな幼稚な言葉の応酬をして。

「歯が痛いの?早くよくなるといいね」

なんて、人の歯が痛むかどうかなんて、この世で一番どうでもいい。

だけど、さも心配そうに、絵文字なんか使って、世界一関心のないことに関するメール作文にものすごい関心を寄せたいんだ今は。

そういう浮かれた気分に私のすべてが支配されて理性の出る幕がない。

なんか、よくもわるくも恋だなぁってかんじ。

恋にまつわることって全部、なんで自分の思うとおりにできないんでしょう。


おそらく女性という人種にほぼもれなく装備されている恋モードが発動してしまって、振り回されてしまう。

恋モードの前では自分の冷静な本当の気持ちとか、自分がこうしたいと思う希望とか、つまり「いつもの私の思考法」はまったく発揮できなくなって、ただ、甘ったるくて刺激的な脳内物質が放出されまくって、すべてを恋気分で処理してしまう。

そして毎度おなじみ
「彼がすきなのか恋に恋してるだけなのかわからなくなった」っていう例のパターン。

でもだってほんと、彼のこと考えてるわけじゃなくて、恋してる自分の状況のことにより浮かれてる気がするもんなぁ。

この恋モードって、たぶん性格とか趣味とかみたいに個人差の激しいものじゃなくて、もう女性には万人に一律で同じものが装備されてんじゃないかな?と思う。

考え方や生き方を歌う歌で心に響くものは人それぞれだけど、恋愛のことを歌う歌って、たいてい誰もがみんな共感できちゃう気がする。
 

そう思うと、これは本当に私がしてる恋だろうか。

たぶん、今、日本中で同時に100万人がまったく同じ体験をしてると聞かされてもまったく驚かない。

それくらい、恋してるときに会話や思考の中で出くわす感情や言葉は、ありふれていて、万人共通。

みんな同じな気がするというか、あまりにも浮かれた自分がいつもの憂鬱な自分とかけ離れていて、自分じゃない人の恋みたい。


なんだろ。

これって遺伝子?

恋は楽しいけど、自分らしくなくなるのが嫌だな。


あーあ。

ふわふわ、彼のことを考えて浮かれれば浮かれるほど、こういうかわいくない日記を書きたくなる、むずかしい年頃の私です。



フリーフォール

会社のすごくやさしい先輩をイライラさせるほどのミスをしてしまい、週頭から自己嫌悪と緊張と恐怖で、絶不調。

緊張と恐怖が伝わるのか、慣れてきた人間関係もギクシャク。

と思いきや、会社のダンディなおじさまに、機嫌よく話しかけられて、舞い上がってドキドキ。

と思いきや、話の途中でダンディなおじさまの好きなミュージシャンのことを知ったかぶってしまい、しかもそれが知ったかぶりだとバレてしまい、恥ずかしさの極地。

でもそのおじさまと話してたおかげで人が集まり話が弾み、ちょっとギクシャクしてた人間関係も再び円滑になり。

話の最後におじさまに「みどころがあるね」と言われて、また舞い上がり。




いろんな感情が、フリーフォールの落差と速さでかわりばんこに訪れて、そうだ、これが人間関係ってやつだなぁと思いだした。

帰りの電車でも今日を反芻してこみあげてくるいろんな感情に巻き込まれて、読むのを楽しみにしてた本も、目が文字をすべってとらえられない。

こういうの、すきかどうかちょっとわからない。

一人で、自分でコントロールできないものはなにもない世界で過ごすほうが性に合ってるような気もする。




だけど、ひとつ思ったのは、いろんな感情に巻き込まれると、その反動でものすごいエネルギーが生まれて、私をなにかに駆り立てるってこと。

降ってきたいろんな感情に、押され負けしそうになって、このままじゃワリに合わない!っていう、なんだかよくわからない気持ちっていうか衝動みたいなものがこみあげてきて、いても立ってもいられなくなって、私は今日お風呂でむくみとりのマッサージをしてみたりマニキュアを塗っては落とし、塗っては落とし、って3度も塗りなおしてみたりしたのでした。

あほ。