恋愛と自分の両立 | Thinking and Sinking

恋愛と自分の両立

毎日毎日、私は待ち続けていて、満たされない。

たいてい若い人はそうだろう、満たされまくって豊かですべて手にしているような若者に出会ったことがない。

飢餓感、足りない感じ、ここではないどこかへ。

それが青臭きソー・ヤングってもんだろう。

しかも、不思議なもんで、なにかを手にすればするほど、飢餓感や、満たされない思いは、逆に募っていく。

彼氏と浮気相手がいて、それで満たされない、不幸だと嘆いていた友達の話を聞いたときは目が点になったけど、なるほど、なにかを所有することで、逆にそれに縛られて、なにも持っていないときよりもずっと満たされなくなるということは、実際あるのだな、と今なら分かる。

そして、なにかを持っているのに満たされないようなとき、その「持っているもの」は本当はいらないものなんだと、思う。

いらないんだけど、見栄やしがらみやさみしさや心に渦巻くぶよぶよした気持ちのせいで、手を離せなくなってしまっているだけで。







まただ。

成長がない、と思う。

このブログを始めた理由は、「恋愛と自分の両立」だった。

恋愛をしてるとき頭の中が恋愛のことばっかりになってしまう自分が嫌で、恋愛しながらもキチンと自分自身の人生を楽しみましょう、という目的で書き始めたんだった。

彼氏と別れ、ブログのテーマは迷走し、そしてまた彼氏ができたら、元の木阿弥。

また、恋愛恋愛恋愛恋愛になっている自分がいる。

なんの成長もない。

自分の重い気持ちと、相手の恋愛に対する軽々しい気持ちに、ギャップがありすぎて苦しい。

全然満たされない。

私は浮気だの不倫だのは頭から否定派だけど、それでも彼氏のことを好きすぎて、でも満たされないからよそで浮気するという気持ちには100%共感できる。

行動に移さないだけだ。

今日、デートだった。

もう全然無理になっている。

会うたびに、ドツボにはまるように好きになっていって、まったく気持ち悪い。

おそらく、私は彼のことが好きなのではない。

まだなにも知らないし、外見が好みなわけでもなく、好きなところをあげることはたぶんできない。

つまり、私は彼のことが好きなのではなくて、「依存できる相手」が欲しいだけなんだろう。

なにかに依存したいだけだ。

でも冷静にそんなことを考えたところで、そんな結論になったところで、何の意味もない。

そうであったところで、実際、彼に対する思いが募っていって、決壊しそうで、恋愛に重きを置かない彼に対して満たされない苦しい気持ちになっているという現実はなんもかわらない。

面倒くさいくらい苦しい。

自分で自分の性格がうっとうしいわ!!!

もっと、恋愛に対して冷めてたいなぁ。







なんか、ものすごく誰かによっかかりたいのだけど、私はたぶん感情を重さに換算するとスーパーヘビー級なので、たいていの人は私につぶされてしまうと思う。

友達にも、彼氏にも、やっぱりほんの少し寄りかかるにも躊躇してしまう。

大事な友達であり、大事な彼氏であることには違いないのだけど。

これはもう私の生き方のクセなのかな。

そういえば、前の彼氏には曲がりなりにも全力で寄りかかってたなぁ。

と、感傷に浸りそうになる自分に警鐘。

だって、だからケンカが絶えず失敗に終わったわけでしょ?

全力で寄りかかれる相手であるということが必ずしも最高のパートナーであるとは限らないわけです。






なにも持たないと、執着も持たないですむ。

なにかを持ってしまうと、執着してしまう。

執着は、いいときもあれば、今の私みたいに、悪く作用することもあるわけでケースバイケース。

寝るのもつまらない。

起きるのもつまらない。

一日のうち、メールの鳴っていない23時間以上をすごす時間が、つまらない。

末期だな。