2回目のデート | Thinking and Sinking

2回目のデート

わぁ。

2回目のデートの約束をした。

二人きりで男の人とごはんなんか食べに行くのは前の彼氏と別れて以来だし、それ以来恋愛どころか異性とは無縁の生活だったし。

急に知り合って急にデートするようになって、なんかのアクシデントみたいに、とつぜんこんなきもちになった。

こんなきもちって言っても、まだ相手に対してどういうきもちでいるのか実は全然わからないし、ましてや好きかどうかなんてますますわからないし、
相手が私のことどう思ってるかはこれまたわからないし、だってまだ2回しか会ったことないんだからあたりまえ。

そんな、冷静に相手を見極めて関係を深めるかどうか考えなくてはいけない大事な局面で、全然地に足が着かなくて、あほみたいなお祭り気分ばかり盛り上がって、そんでそれが楽しいんだから手に負えない。


本当は、今はもっと、互いのコアな部分を知り合いたいし、その上で私自身も彼と自分について冷静に深く考えたりしたいわけなのに。

でも、実際は、メールの絵文字に一喜一憂したり、うすっぺらい言葉にどきどきさせられたりすることで手一杯。

毎日メールでコントみたいな幼稚な言葉の応酬をして。

「歯が痛いの?早くよくなるといいね」

なんて、人の歯が痛むかどうかなんて、この世で一番どうでもいい。

だけど、さも心配そうに、絵文字なんか使って、世界一関心のないことに関するメール作文にものすごい関心を寄せたいんだ今は。

そういう浮かれた気分に私のすべてが支配されて理性の出る幕がない。

なんか、よくもわるくも恋だなぁってかんじ。

恋にまつわることって全部、なんで自分の思うとおりにできないんでしょう。


おそらく女性という人種にほぼもれなく装備されている恋モードが発動してしまって、振り回されてしまう。

恋モードの前では自分の冷静な本当の気持ちとか、自分がこうしたいと思う希望とか、つまり「いつもの私の思考法」はまったく発揮できなくなって、ただ、甘ったるくて刺激的な脳内物質が放出されまくって、すべてを恋気分で処理してしまう。

そして毎度おなじみ
「彼がすきなのか恋に恋してるだけなのかわからなくなった」っていう例のパターン。

でもだってほんと、彼のこと考えてるわけじゃなくて、恋してる自分の状況のことにより浮かれてる気がするもんなぁ。

この恋モードって、たぶん性格とか趣味とかみたいに個人差の激しいものじゃなくて、もう女性には万人に一律で同じものが装備されてんじゃないかな?と思う。

考え方や生き方を歌う歌で心に響くものは人それぞれだけど、恋愛のことを歌う歌って、たいてい誰もがみんな共感できちゃう気がする。
 

そう思うと、これは本当に私がしてる恋だろうか。

たぶん、今、日本中で同時に100万人がまったく同じ体験をしてると聞かされてもまったく驚かない。

それくらい、恋してるときに会話や思考の中で出くわす感情や言葉は、ありふれていて、万人共通。

みんな同じな気がするというか、あまりにも浮かれた自分がいつもの憂鬱な自分とかけ離れていて、自分じゃない人の恋みたい。


なんだろ。

これって遺伝子?

恋は楽しいけど、自分らしくなくなるのが嫌だな。


あーあ。

ふわふわ、彼のことを考えて浮かれれば浮かれるほど、こういうかわいくない日記を書きたくなる、むずかしい年頃の私です。